表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/114

身体強化魔法講師ギルベルト

身体強化魔法の講師の目処が立ったということで、後期から試験的に身体強化の授業がおこなわれることが決定した。授業といっても具体的なカリキュラムの内容もまだ固まっていないため、今期の授業内容についてはほぼ講師任せとなるようだ。

その講師に就いたのは、春の長期休暇でブルーノとエルマーの二人が教わったギルベルトという男だった。

そしてその身体強化授業の日がやってきた。

一、二組の学生達の前には、よく日焼けした浅黒い男が立っていた。

かなり鍛えられているのだろう、全身筋肉の鎧を纏っているかのようで、筋骨隆々という言葉はこの男のためにあるのではと感じるほどだ。

彼は五十名近くの学生一人ひとりを一瞥していく。


「ひっ!」


その鋭い眼光にマーヤが思わず喉を鳴らす。


「ふん! どいつもこいつもモヤシみたいなひょろい奴ばかりだな。

俺がこの度身体強化魔法を教えることになったギルベルトだ。

俺が教えるからには兵学校の奴らにも負けない、立派な身体強化魔法使いにしてやる。覚悟しておけ!」


「ん!? 身体強化魔法使い??」


まだギルベルトが第一声を発しただけだが、すでに多くの学生の頭の上にクエスチョンマークが灯っていた。周りの生徒と顔を見合わせてザワザワとし始めたところで、ギルベルトの大音声が響く。


「黙れ! 返事は!?」


「は、はいっ!」


「兵学校と違って気合が足りんな。もう一度だ、分かったな!」


「はいっ!!」


「まだ声が小さいが、今日のところはまぁいいだろう。

それじゃ俺の補助をすることになる五名は前に出てこい!」


ギルベルトの高圧的な態度に不信感は否が応でも高まっていくが、それでもディアナ、クラリッサ、アルマ、ブルーノ、エルマーの五名がギルベルトの前に並ぶ。


「何だ、ブルーノ様とエルマー様は分かるが、他は女ばかりじゃねぇか。本当にできるのか?」


「我々の中ではその女性達三名が一番の使い手です。その中でもそこのディアナ嬢の実力は飛び抜けています」


女だと馬鹿にするギルベルトに、苦虫を嚙み潰したような表情でブルーノが答えた。

ディアナを認めるのは癪だが、ギルベルトに馬鹿にされ続けるのが我慢できなかったのだろう。

ブルーノは前期の身体強化の授業で、直接ディアナから指導を受けたがそれが終わってからもお互いに口を利くような関係にはなっていなかった。ただし、以前のような険悪な雰囲気はなくなっていて、どちらかといえば必要なことは喋るが、それ以外はお互いに無視をしている感じには変化していた。


「ふうん……。こんなチビが本当に身体強化をできるのか?」


ディアナのつま先から頭まで舐めるように見たギルベルトは、他と比べて飛び抜けて小さいディアナに不信感を覚えている様子だ。


「まあいい。そこのちっこいの。ディアナと言ったか?

身体強化を使ってあの的を攻撃してみろ」


「ん」


ディアナは軽く頷くと、部分強化で脚力を強化して十メートル先にある訓練用のトルソーへと跳んだ。

一瞬で到達した彼女は、右手に魔力を集中させ火魔法を発動。流れるような動作でトルソーを破壊すると、次の瞬間には元の位置へと戻っていた。

ギルベルトの想像以上に、身体強化を使いこなしたディアナに、一瞬感心したような表情を浮かべたものの、すぐに彼の表情は不機嫌なものに変わる。


「なんだそれは?」


「ん? 言われた通り身体強化を使った」


なぜ疑問形なのか理解できないディアナは、不思議そうに小首をかしげながら説明をする。

だがそのせいでますます不機嫌になったギルベルトが怒鳴り声をあげた。


「俺は身体強化を使えと言ったんだ!」


「だから使った」


「違ぁう!」


ギルベルトの発した突然の大声に、学生達がビクリと身を縮めた。


「そんな誤魔化したようなものじゃなく、全身を強化しろと言ってるんだ!」


大声で威圧しようとするようなギルベルトの態度に委縮することなく、ディアナは真っ向から反論する。


「魔法士に全身強化は必要ない。部分強化で十分」


全身強化を否定されたギルベルトは、顔を真っ赤にして額に血管を浮き立たせた。

そして、さらに高圧的になって叫ぶ。


「部分強化など邪道だ!

そんなものは魔力の少ない者が誤魔化して使うものだ!」


「部分強化は、魔力が少なくても全身強化に対抗できるようにしたもの。決して邪道じゃない」


激高するギルベルトに負けず、ディアナ淡々と反論していく。

その彼女の態度にますます頭に血を登らせ、ギルベルトの顔はますます赤みが増していく。


「何だと! そんなもので全身強化に勝てるわけがないだろうが!」


「やってみればいい。部分強化と魔法士の組み合わせは最強」


「いいか、全身強化する兵士こそ最強なんだ!

離れた場所から魔法をちまちまと放つだけの腰抜けどもとは覚悟が違う!」


ギルベルトの魔法士を全否定する発言をしたことで、今やこの訓練場に彼を味方するものは誰もいなくなっていた。


「魔法士に全身強化は必要ない。それを認めないなら分からせるまで」


「いいだろう。吠え面かかせてやる」


「返り討ちにしてやんよ!」


二人はしばらく睨み合うと、訓練場の左右へと分かれていく。

突然始まろうとする決闘に、クラリッサとアルマは呆れたように天を仰ぎ、他の学生たちははらはらした様子を浮かべて二人を交互に見つめるのだった。


「ディアナちゃんったら、なんでこう血の気が多いの?

黙っていればこんなことにならないのに」


「ああ見えてディアナさんは気が強いですもの。それに今回はあの子の立場的に黙ってることはできませんわよ」


ディアナが主張する通りに部分強化がカリキュラムに組み込まれることになっていた。それを新任の講師にいきなり全否定されてしまったのだ。これまで部分強化を説いて他の学生に教えていた手前、さすがに黙っている訳にはいかなかっのだろう。


「それもそうだね」


二人は心配そうな眼差しでディアナを見つめた。

目の前では今まさに決闘が始まろうとしていた。ディアナとギルベルトの体格差は歴然で、傍から見ると大人と子供が対峙しているように見える。いや、実際に大人と子供なのだが、小柄なディアナと筋骨隆々で大柄なギルベルトでは、体格差はより際立っていた。


「取り決めた通り、身体強化魔法で攻撃する場合は寸止めで止めること。またディアナ嬢が使える攻撃魔法は低級まで。どちらか一方が戦えなくなるか降参または場外に出ればそれまでとします。いいですね?」


いつの間にか審判をすることになっていたブルーノが、神妙な顔で二人にルールを確認していた。


「ん」


「場外なんかに出してやるものか。ギッタギタにしてやるぜ!」


ディアナの表情は、いつもと同じようにその表情からは何を考えているか分かりにくかった。

対するギルベルトは、講師とは思えない凶悪な表情と言葉でディアナを威嚇していた。彼の好戦的な態度からは、今説明されたルールを守るつもりがあるのかどうかも疑わしい。

ブルーノは一瞬止めた方がいいのではと躊躇するが、もはやここまできて止めることは不可能だろう。




「では始めっ!」


大きく息を吸い込んだブルーノの掛け声と同時に、ギルベルトが猛然とディアナに突っ込んでいった。

身体強化をしているためか、巨体に関わらずその動きは軽やかで早かった。


「食らえっ!」


一瞬でディアナの傍まで到達すると、寸止めルールのことなど忘れたかのように、上から右拳を振り降ろす。


「っ!?」


その速さに虚を突かれたか、ギリギリで何とか躱したディアナ。

だがギルベルトは止まらない。そのままの勢いで身体を一回転させながら、左の裏拳へとつなげる。

これも寸止めする気はないのか、ゴォという空気を切る音が周りにまで聞こえてきた。


「ちっ!」


ディアナはその攻撃に風魔法を合わせ、その勢いを利用して一旦距離を取ろうとする。

だが、攻撃の手を緩めないギルベルトは勝負を決めるつもりなのか、すぐに追撃に移るとあっという間に距離を詰め、今度は身体を沈めてディアナの足を狙った。

地を蹴って空中へと逃れたディアナだったが、それこそギルベルトの狙い通りだった。

凶悪な笑みを浮かべたギルベルトが、空中で身動きの取れないディアナに回し蹴りを放ったのだ。


「ディアナさん!!」


クラリッサが叫び、アルマが息を飲んだ。


「くっ、火よ(フランメ)っ!」


蹴りを食らう寸前、ディアナは咄嗟に火魔法を放つ。


――バンッ!


「うっ!」


火魔法はギルベルトに命中すると同時に弾け飛び、ディアナはそのまま吹き飛ばされてしまった。

床をゴロゴロと転がっていき、訓練場が途切れる寸前にようやく止まる。

目が回った視界を首を振って強引に立て直すと、すぐに次の攻撃を警戒して身構えた。


「ふはは、さすがにあのタイミングで魔法が飛んでくるとは思わなかったぜ」


だがギルベルトは動いていなかった。

全身から煙を上げながら、不敵に笑っている。


「うそ、効いてないの!?」


「一応効いていますわ。ただ身体強化魔法で強化してる分、生活魔法程度じゃダメージが通りにくいかも知れませんわね」


「でもあの速度の中じゃ、攻撃魔法なんて準備できないよ!?」


「ギルベルトは素行や考え方に問題が多いと聞いておりますが、ああ見えて兵士としては優秀だそうですわ」


クラリッサが語ったように、ギルベルトは領兵の中でもトップクラスの実力を備えていた。ただ言動に見られるように、魔法士を下に見ていて馬鹿にする発言も多く、魔法兵団との共同訓練などでは連携をまったく取ろうとしないなど、兵団でも持て余す存在だった。

そのギルベルトが魔法学校で身体強化の講師とは皮肉な話だが、クラリッサの懸念はいきなり現実のものとなってしまった。


「どどどうするの? そんな優秀な兵士とやってディアナちゃん大丈夫なの!?」


「落ち着きなさいアルマさん。今のところどちらの攻撃も決定打にはなっていませんわよ」


心配そうにしているアルマとは違い、クラリッサは二人の戦いを冷静に分析していた。

一見ギルベルトが一方的に攻めているように見えるが、彼の攻撃はディアナにはひとつも届いてはいなかった。それどころかダメージはほとんどないとはいえ、ディアナは魔法を何度か命中させていた。

ギルベルトの身体強化魔法には威力の弱い魔法は効いていないが、近接戦闘のスペシャリストを相手に同じ土俵で戦うディアナは、負けるどころかほぼ互角に渡り合えているのだ。

クラリッサはディアナならば、この状況でもどうにかしてしまうのではないかと考え始めていた。

一般的な身体強化魔法使いと、部分強化を駆使するディアナの戦いです。

後半に続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いつも思うのだけど、対人バトルって相手の頭に水球被せたら勝ちなんじゃね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ