レオニーの呼び出し
アルマは、誕生日会の翌日にホイス村へと帰省していった。
またクラリッサも、父である辺境伯と共に王都に行かなければならないということで、実家に帰ったため、ディアナは寄宿舎で久しぶりに一人となった。
「……」
ディアナはがらんとした食堂で、近くの屋台で買ってきた夕食を、一人寂しく食べていた。
一人で食べる食事は、去年や冬期休暇でも経験していたはずだったが、彼女は話相手のいない食事がこんなに味気ないものなのだと改めて気づかされていた。
そんな彼女は日課に、採取に、はたまた調合にと寂しさを紛らわせるように忙しく過ごした。
そして夏季休暇が終わり、最後の後期授業を迎えた。
「さて、いよいよこの後期が終われば皆さんは晴れて卒業していきます。
多くの方は魔法士として、ビンデバルト領内で活躍していくことでしょう。また成績優秀者は王都での上級魔法学校への推薦もあることでしょう。
後期は引き続き模擬戦や討伐訓練が予定されています。また身体強化魔法の授業も前倒しで導入されることになりました。
引き続き勉学に励み、自分の可能性を高めていってください」
これまでと違い、卒業後の進路などが具体的に語られ始め、学生たちは真剣な目でレオニーの言葉に聞き入った。
そんな中、来季から導入予定だった身体強化魔法の授業は、休暇中に講師の目途が立ったらしく、試験的に行われることになった。それでもディアナ達は引き続き臨時講師として、新任講師の補助をすることになるらしい。
ちなみに新任講師は、冬期休暇中にブルーノとエルマーに個人レッスンをおこなった衛兵上がりの講師だという。
「あの男か……」
すぐに嫌そうな表情を浮かべたのが、ブルーノとエルマーの二人だった。
「どうかしましたの?
二人に教えるほどですから、優秀なのでしょう?」
クラリッサからそう問いかけられると、二人は顔を見合わせて苦い顔を浮かべた。
「確かにあの男は優秀ではありましたよ。ただ……」
「ただ?」
「まぁ授業が始まればすぐに分かります」
ブルーノは含みを持たせたようにそう言うとそっぽを向いてしまった。
どうやら何か問題のある男のようである。
レオニーの訓示が終わり、次の授業のため移動しようとしていた時だ。
「ディアナさん、ちょっと」
ディアナをレオニーが呼び止めた。
「少し話があります。放課後にわたしの部屋に来てくれるかしら?」
そう告げると授業の準備があると言って、足早に去っていった。
「何でしょう? ディアナさんが呼び出されるなんて珍しいですわね」
「ディアナちゃん、わたしたちの知らないところでまた何かやったの?」
「あたしは何もやってない」
クラリッサとアルマから問われるが、ディアナは首を捻るだけだ。
今回の夏季休暇は一人で過ごしたため、探索士協会や回復薬を納品に行くビッテラウフ商会以外では、ほとんど人とも関わらず会話もなかった。
それはそれで寂しいが、珍しくトラブルとは無縁の生活をおくっていたため、アルマが言うようなことは何もないはずだ。
……多分。
打ち消そうとするがもたげてきた不安のせいで、最後には断言できなくなるディアナであった。
そして放課後。
ディアナがレオニーの部屋に行くと、すぐに応接用の丸テーブルへ座るよう促された。
磨き上げられたテーブルの中央には、マンドラゴラの釣鐘状の紫の花があり、クッキーとお茶が用意されている。
「どうぞ座って」
ディアナはすすめられるままレオニーの向かいに腰掛けると、早速クッキーを手に取った。
「いいわよ」
口にする寸前に思い出したようにちらりとレオニーを見たディアナは、彼女が苦笑しながらも頷いたのを見ると、遠慮なくクッキーを食べ始めた。
「それで、話って?」
しばらくクッキーを味わっていたが、レオニーが何も言わないことに我慢できなくなり、ついにディアナから話を切り出した。
「あら、覚えていたのね」
「話しがないなら帰る」
可笑しそうに笑うレオニーに馬鹿にされたように感じたディアナが席を立とうとする。だが「お代わりはどうかしら」と追加のクッキーが出てくると、その誘惑に抗うことができずに座りなおすのだった。
するとようやくレオニーが口を開いた。
「ディアナさんあなた、あの魔法はどこで覚えたのかしら?」
「あの魔法? ……どれ?」
まったく思い当たる節のないディアナは首をかしげる。
「魔獣の討伐で最後に使った魔法のことよ。
他の方は風魔法の一種だと思ってるようですけれど、あなたの使ったあの魔法は天候魔法でしょう?」
陽属性に属する天候魔法は、ユンカー魔法学校では教わることはない。
ここで学ぶのは基本四属性の魔法のみだ。陽属性などは上級魔法学校に行かないと学ぶことはないのだ。
これは使用頻度の高い基本属性を、まずはきちんと学ぶことが大事だという考えがある。また、まだまだ成長途上にある十代半ばまでの少年少女には、魔力負担の大きい魔法は、教えるべきではないという国の方針のためでもあった。
特に陽属性と月属性の魔法は、魔力消費が非常に激しく、その属性に適性がある者でさえ、魔力が足りずに使えない者も多い魔法だ。
現に魔力が無尽蔵にあるように見えるディアナでさえ、あの魔法を使った直後に魔力枯渇で倒れてしまったのだ。
「あー!」
思い出したらしく、ディアナはそう言ってポンと手を打った。
「誰にも教わってない。お母さんが使ってるのを見ただけ」
「お母さん……。
そういえばあなたはヘイディの娘だったわね。
そういえばあの子は、一度見た魔法は器用にすぐに使えるようになっていたわね。納得したわ。
あなたもあの子が使うのを見ただけで気流魔法を覚えたのなら、やはり魔法使いとしてのセンスはあるのでしょうね」
レオニーはそう言って懐かしそうに表情を緩めた。
「先生、お母さんを知ってるの!?」
まさかこんなところで母の名が出ると思わなかったディアナは目を丸くする。
思わず立ち上がり、レオニーに詰め寄っていた。
「あら、あなたでも取り乱すことがあるのね」
レオニーはクスクスと笑うと、ディアナを宥めて席に座るよう促す。
そしてディアナが腰を下ろすのを待って、懐かしむように話し始めた。
「わたしがこのユンカーに赴任したとき、最初に受け持った生徒にあなたのお母さん、ヘイディがいたの」
王都で教職についていたレオニーだったが、結婚を機に生まれ故郷のヴィンデルシュタットに戻ってきた。そこで受け持った初めての生徒の中に、ヘイディがいたのだった。
「彼女はあなたと違って攻撃魔法はまったく使えなかったけれど、あなたと同じように魔力量は飛びぬけて多かったわ。
攻撃魔法は最後まで使えなかったけれどその魔力量が見込まれて、あの年はヘイディだけが上級魔法学校へと推薦されたのよ」
ディアナは食い入るようにレオニーの言葉に聞き入っていた。
思いがけないところで、母の学生時代を知る機会になった。
「上級魔法学校で陽属性の魔法を学んでいたと聞いていたけれど、そのころから魔力量の伸びがなくなったらしいわね。
色々試したらしいんだけど、結局学校を辞めて田舎に戻って結婚したと聞いていたわ。あなたの使う魔力循環もそのころ教わったんじゃないかしら。
もし魔力が伸びていれば王級魔法師にまでなっていたかも知れないわね」
レオニーはその後もディアナの求めに応じて、ヘイディの色々な話をしてくれた。
その中には兵学校に通う男の子と恋仲になったという話もあり、ディアナはほっこりとした暖かさに包まれた気分になった。
「あなたやヘイディに起こったことは聞き及んでいます。辛いこともまだまだあるでしょうけど、今のあなたの姿を見ればヘイディもきっと喜んでいるんじゃないかしら」
ディアナはヘイディの話を聞かせてくれたレオニーに感謝すると、彼女の部屋を後にするのだった。




