成人のお祝い
退院からしばらくして、学校は長期休暇に入った。
いつもなら休みに入るとすぐに、出身のホイス村に帰省しているアルマだったが、今回はまだヴィンデルシュタットを離れていなかった。
「アルマちゃん、誕生日おめでとう!」
アルマがこの日までヴィンデルシュタットに残っていた理由。
それはこの日、彼女の誕生日のお祝いが開かれていたからだ。彼女は入院中に十五歳を迎えていた。
先日の魔獣を討伐した際、モニカの店に招待されていたものの、その後の聴取や後片付け。何よりディアナ達三人が、そのまま入院となってしまった。そのためあらためて夏季休暇となったこの日、誕生日会を兼ねた祝勝会が開かれたのだった。
この日モニカの店は貸し切りとなっていて、ディアナやクラリッサはもちろんモニカやマーヤの他、討伐訓練時にアルマとパーティを組んでいた女の子二人も招待されていた。
クラリッサを除いた全員が、一組の平民グループで全員が女子だった。
クラリッサは元より平民に対する偏見や忌避感はない。
教室でも彼女は身分を気にすることなく、気さくにしゃべりかけていたが、それでもモニカ達からすればお貴族様に変わりはなく、最初はどことなく距離感があった。
そのため最初はあまり積極的に話しかけようとしなかったモニカ達だったが、ディアナやアルマが普通に会話しているのを見て、少しずつ話しかけられるようになってきていた。
「アルマちゃんはもう成人なんだね」
「ん、身体に年齢が追いついた」
「ディアナさんの言い方、なんかいやらしいですわね」
「クレアちゃんとマーヤちゃんは来年? 再来年だっけ? モニカちゃんはその次だったよね」
「そう、わたしは来年」
「わたくしは再来年ですわ」
「あたしはまだまだ先」
年齢の話になると、ディアナは皆と年が離れているためか、若干寂しそうな様子をみせる。
「でもディアナちゃんはこのままだと、最年少で主席取れるんじゃない?」
「実践はよくても、座学はクレアやブルーノに敵わない」
魔法では一目置かれるようになったディアナだったが、座学の成績ではクラリッサやブルーノら貴族には敵わなかった。
「そうねぇ。ディアナちゃんは座学が苦手だものね。クラリッサ様は小さい頃から勉強していたって本当なんですか?」
「ええそうですわね。貴族は普通、五歳か六歳になれば家庭教師がついて勉強が始まりますわ」
「小さい頃から勉強するなんてやっぱりお貴族様ってすごいのね」
「わたしそのくらいの時って何してたんだろう?」
「わたしは村の皆と採取してたわね。ディアナちゃんはもうそのころには魔力循環してたんでしょ?」
「えっすごいディアナちゃん! 本当?」
「ん。あたしもアルマと一緒で、皆と採取してた。魔力循環を始めたのは三歳くらいから。でも魔法はずっと苦手だった」
そう言って食べ物を頬張るディアナに、モニカ達は驚きを見せる。
「魔法が苦手だったって嘘でしょ!?」
「普通に魔法が使えるようになったのは八歳になってから。それまでは全然」
豊富な魔力とブルーノと渡り合える実力、そして魔法士の戦い方を、根本から変えると言われる身体強化魔法を使いこなすディアナ。
そんな彼女が、実はほんの数年前まで魔法が苦手だったとは、とても信じられず、確認するようにアルマやクラリッサに目を向けた。
「信じられないわよね?」
「わたくし達でも、今のディアナさんを見てると、とても信じられませんもの」
二人はそう言って苦笑を浮かべて首肯する。
「入学当時は、わたくしとディアナさんは三組でしたでしょう?
魔法の授業では最初、わたくしもディアナさんも半分くらいは詠唱していましたわよね?」
「ん」
今や魔法の実力では一組でも上位にランクされる二人が、入学時には揃って三組だったのは有名な話だ。
魔法の実力が最優先される魔法学校で三組だったという事実が、魔法が苦手だったというディアナの証言を裏付けていた。
「アルマちゃんは卒業したらどうするの?」
「アルマなら、上級魔法学校目指せるんじゃない?」
しばらく食事と談笑を楽しんでいたモニカが尋ね、他の子も興味深そうにアルマに目を向けた。
その質問に少し困惑したような表情を浮かべたアルマは、少し考える仕草をする。
「そうねぇ……」
「上級魔法学校は目指さないの?」
「わたしはずっと、村を出たいと思ってたんだ」
「そうなんだ」
「わたしの村は、小さな農村で何にもない所なんだ。
ディアナちゃんなら分かると思うけど、毎日毎日代わり映えのしない毎日がずっと続くの」
ユンカー魔法学校はヴィンデルシュタットやその周辺から通ってる者が圧倒的に多い。
理由としては学費や寄宿舎代が高額になるためだ。それを救済するために推薦や奨学金制度などが整備されていたが、十代前半の子供が遠隔地から通うには、それでもハードルは高かった。
都市部から離れた遠隔地に生まれた者にとっては、学校に通うことはおろか、都会に行くことですら現実感のない憧れでしかなかったのだ。
「わたしは弟達の面倒をみながら、いつか村を出てみたいとずっと思ってたんだ。
だけど、それはどれだけ都会に恋焦がれても叶うことのない夢でしかなくて、十五歳になったら村の誰かと結婚して、村を出ることなく一生を過ごすんだと思ってたんだ」
この国では十五歳になると成人とみなされ、本格的に仕事に就いたり結婚したりすることが多かった。
「そんな時に村に来た魔法師さんから、『才能がある』なんて言われて嬉しかったの。
そのときに初めて、村を出れるかも知れないって考えたの。急に目の前が開けたような気がしたわ。都会がわたしを呼んでるんだわって」
少し重くなった空気を変えるために、アルマはあえて冗談めかして笑顔を浮かべる。
「だけど、村から離れてわたし気づいたの。わたしはやっぱり家族のいるあの村が好きなんだって。だから推薦がもらえたとしても王都には行かないわ。
わたしはヴィンデルシュタットまでで十分、王都はわたしには遠すぎるよ」
しばらく前にディアナ達に語ったときは、まだ迷いがあるような口ぶりだったが、今のアルマは整理ができたのかすっきりした様子だ。
「なんだかアルマ、怪しいわね?」
「え? そんなことないでしょ」
モニカの問いに何でもない風を装うが、モニカはますます疑惑を深めたようだ。
「ひょっとしてアルマ、ヴィンデルシュタットにいい人でもいるの?」
「い、いるわけないでしょ。なんでそんな話になるのよ!」
「あらぁ、ムキになっちゃって。ますます怪しいわね」
同世代が集まれば将来の話に自然となっていく。ましてやこの場には気安い女友達しかいないのだ。皆アルマのことに興味津々といった様子だ。
食べることに夢中になっているディアナ一人を除いては。
「そういえばクラリッサ様って、王都に許嫁がいらっしゃるんでしたっけ?」
「ええ、いますわよ」
「どのような方なんですか? たしかお相手の方って侯爵家の方ですよね」
「お貴族様って、生まれた時にお相手が決まるって本当なんですか?
その、ほとんど知らないお相手と、将来の約束されるってどのような感じなんですか?」
アルマが固く口を閉ざしてしまったこともあるが、話題はクラリッサの相手へと移った。
平民の彼女達にとって、特殊な貴族の恋愛事情に興味津々だった。
「そうですわね。わたくしもその方とはまだ数回しかお会いしたことはありませんけれど、将来は侯爵として王国を支えていく方ですもの。わたくしはしっかり支えて差し上げるつもりですわ」
「え!? それだけなんですか?」
「それだけとはどういう意味なのでしょう?」
モニカらは恋愛観を聞きたかったのだが、クラリッサは貴族としての義務感を語った。
常識が違いすぎて嚙み合わない会話に、両者ともに戸惑った表情を浮かべる。
「普段は割とポンコツなクレアだけど、こう見えてしっかり辺境伯家のご令嬢」
「ちょっとディアナさん。ポンコツとはどういう意味でしょうか!?」
微妙な空気が流れる中、それまで食欲優先で会話にほとんど入ってこなかったディアナが、その雰囲気を木っ端微塵にぶち壊した。それまで貴族だということで、モニカ達はどことなくクラリッサに対して遠慮が残っていたが、ディアナの遠慮のない発言後は随分と払拭されていったのだった。
またクラリッサの方もパーティが終わる時には、彼女らにも愛称で呼ぶことを許すまで打ち解ける仲となったのである。