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待て

結局、その日はモニカの店で食事をすることはできなかった。

魔鳥討伐の後始末や、夜遅くまでの領兵による聴取など、やらなければいけないことが山のようにあったからだ。

もっともディアナ達三人は、魔力枯渇の症状が見られたため早々に現場から離脱していた。馬車で救急搬送された三人は、そのままヴィンデルシュタット内の病院に入院となったのだ。

その病院に入院する際に、一騒動が起こっていた。

辺境伯家の末娘が入院ということで、病院側は当初クラリッサを特級病室へ入れ、ディアナとアルマの平民二人は一般の病室へ入院させようとしていた。


「二人はわたくしの友人です。差別することは許しません!」


クラリッサが激怒してみせると、血相を変えた病院側は慌てて二人を一等病室に移した。


「なぜ違う病室なのです?

こちらにベッドを並べればいいのではないですか。これだけ広い部屋なのですもの」


さらにクラリッサが訴えたことで貴族用の広い特別病室に、天蓋付きのベッドが急遽三台並べられた。こうして三人揃って特別病室に入院となったのである。


「お嬢様が入院と聞いて、(じい)は寿命が縮まりましたぞ」


辺境伯家のお仕着せをビシッと着こなした執事が、クラリッサの元気そうな姿を見て安堵の表情を浮かべていた。

老齢と呼んでも差し支えないが、背筋はスッと伸びて動きにも無駄が一切ない。


「爺が倒れたら大変だわ。お家のこともだけど、お父様もお母様も悲しみますわよ」


クラリッサがそう言って笑顔を浮かべる。

彼はビンデバルト家のバトラーで、名をオスヴィンと言う。

領主屋敷の使用人の監督や、管理業務をおこなっていて辺境伯の信頼も篤かった。頭髪は全体的に白くなっているが、整髪料でキチンと整えられていて身だしなみにも隙がない。彼は真面目にコツコツと積み上げ、従僕から上級使用人(バトラー)にまで登り詰めた叩き上げの人物である。


「明日にでも、旦那様が一度様子を見に来られるとのことでした」


オスヴィンはそう言い残すと、仕事が残っているということで慌ただしく屋敷へと帰っていった。

するとその翌日、オスヴィンの言ったとおり、クラリッサの家族が見舞いにやってきた。


「やぁクレア、久しぶりだね。思ったより元気そうで安心したよ」


すぐにクラリッサのベッドまで駆け寄ってきたのは、まだあどけなさの残る少年だ。少しウェーブが掛かった金髪は、クラリッサと同じで顔立ちもよく似ている。


「ファビアン兄様も来てくださったの!?」


「もちろんじゃないか。かわいい妹が入院したと聞けば、お見舞いは何よりも最優先事項さ!」


ファビアンは茶目っ気たっぷりに片目を瞑ると、妹とそっくりな笑顔で笑った。


「やっぱりクレアの元気そうな姿を見るとホッとするな。魔獣を討伐したと聞いたときは驚いたよ」


「クレア、大丈夫? 怪我してないのね?」


「お父様、お母様。

魔力枯渇でまだ少し動くのが億劫ですので、このままで失礼します。わたくしはそこら中擦り傷はありますけれど、この通り元気ですわ」


ファビアンの次に親しげに話しているのが、辺境伯家当主のベルンハルトとその夫人のイリーネ。もちろんクラリッサの両親である。

辺境伯というイメージから、もう少し無骨な人物を想像していたディアナだったが、思った以上に気さくな人物のようで、こうして見ているとどこにでもいる普通の父親だった。

母親のイリーネは、ベルンハルトを立てるように一歩引いてはいるが、娘を心配そうに見つめる表情は母親の顔そのもので、その様子を見ているとディアナは、ヘイディを思い出して心の奥がチリチリと痛んだ。


「お父様、お母様。わたくしの親友を紹介させてくださいませ。

こちらがディアナさん、そしてアルマさんですわ」


クラリッサが彼女の左右で横になっている二人を紹介した。

ディアナ達は慌てて上体を起こして、ベッドによりかかるようにして身体を支えた。


「わたし達のことは気にせず楽にしてくれ給え。

キミ達のことはクレアから聞いていたよ。ぜひ一度お目にかかりたいと思っていたんだ」


「クレアとお友達になってくれて感謝しています。

この子ったらあなた達と知り合ってからというもの、お屋敷では楽しそうにあなた達のことばかり話すのよ」


「ちょっとお母様……」


クラリッサが恥ずかしそうにイリーネを止めようとするが、今度はベルンハルトが引き継ぐように話し始める。


「クレアは小さいときからお転婆でね。小さい頃は庭でファビアンとよく探索士ごっこをして遊んでいたんだ。だから探索士に憧れていたことはよく知っていたんだが、まさか本当に探索士になるとは思わなかったな」


「ちょっとお父様まで。もうやめてくださいまし」


二人には秘密にしていたことを暴露され、真っ赤になったクラリッサが、顔を覆いながらベッドの上で身悶えていた。


「……あたしが悪いんです」


この場の雰囲気を壊すようなディアナの言葉で、和やかな雰囲気が一瞬で霧散し、皆の視線が彼女に集まる。


「あたしが足止めしようと言ったばかりに、クレアを危険な目に遭わせてしまいました。……本当にごめんなさい」


ディアナは俯き、両手が白くなるくらい力いっぱいシーツを握って、謝罪の言葉を口にした。


「ディアナさん、それは違いますわ。確かにディアナさんの提案に乗ったのは事実ですけれども、拒否しようと思えばできたことです」


「でも、あたしが色々教えなければ、あんな無茶はしなかったはず」


「教えて欲しいと頼んだのはわたくしです。わたくしは自分で望んでこの力を手に入れましたの。その力で領民を守るのは、辺境伯家として当然のことですわ。

わたくしはディアナさんのお陰で、ささやかですが領民を守る力を得ました。そしてそれを行使する機会があった。それだけのことですわ」


「そうよ、わたしも皆を守りたいと思った。

ディアナちゃんが教えてくれたこの力があればそれができると思ったの。

だからディアナちゃんは悪くないわ」


「……」


ディアナはそれでも納得できないようで、唇を噛んだまま俯いていた。


「ディアナさん。少しいいかな?」


ベルンハルトがディアナの肩に手を置いて語りかけた。

ディアナが顔を上げると、辺境伯が優しげな瞳で彼女を見つめていた。


「クレアやアルマさんが言ったとおり、ここにいる誰も貴女を責めたりはしないよ。

それどころかわたしは貴女に感謝しているんだ」


「感、謝?」


「そう、感謝だ。

貴女がクレアやアルマさんを鍛えてくれてなかったら、この街が魔獣に襲われていたかも知れない。

そうするともっと大きな被害が出ていたはずだよ。

今回兵士がたくさん負傷したけど、幸いにも死者はでなかったんだ。それはディアナさん達が必死で魔獣を足止めしていてくれていたお陰だ。

クレアも役目を果たせて喜んでいる。だからお礼を素直に受け取ってくれないかい」


「辺境伯、様……」


「それにしても、魔法士が身体強化魔法を使えると、ここまですごいことができるんだね」


この場の空気を読めていないのか、それともあえて読めてないふりをしてるのか、ファビアンが明るい声で話しかけてきた。


「すごい、こと?」


ディアナはきょとんとした表情で思わず聞き返していた。


「そう、すごいことさ。今は兵士と魔法士の間には明確な役割分担があるんだよ。

簡単に言うと近接戦闘を中心におこなう兵士と、遠距離攻撃や支援をおこなう魔法士という具合にね。

それが身体強化を覚えれば魔法士でも近接戦闘をおこなうことができるようになるんだ。魔法学校が躍起になって講師を探してる訳だよ」


「ファビアン!」


「ああ、ゴメンね。療養中のキミ達に話す内容ではなかったね。今のは忘れてくれていいから」


イリーネがたしなめると、ファビアンは謝罪して素直に引き下がった。

おそらく空気を変えるという目的を果たせたからだろう。下がり際にディアナにしかわからないよう、片目をつぶって見せたのがそれを物語っていた。


「ディアナさん、アルマさん。わたくしからも感謝を言わせてください。

二人共、クレアと親しくしていただいてありがとう存じます。これからもクレアをよろしく頼みますね」


イリーネはそう言うと二人に深く頭を下げた。

それに釣られるようにディアナとアルマの二人も、ベッドで頭を下げるのだった。


「旦那様、そろそろお時間です」


「もうそんな時間か。もう少し話していたかったが仕方がない。仕事が残っているので今日は失礼するよ。

クレア、しっかり療養するんだよ」


「言われなくてもそのつもりですわ」


「ディアナさん、アルマさん。あらためてクレアのことを頼みます」


「はい、辺境伯様」


ようやくディアナも笑顔を見せ、アルマと二人声を揃える。


「んもう、みんなしてわたくしを子供扱いしないでくださいませ!」


辺境伯家が嵐のように去った後の病室に、クラリッサの声がこだまするのだった。




さらにその翌日のことだ。

探索士協会のマヌエラが、三人の病室を訪ねていた。


「大きな怪我もないようだし、思ったよりも元気そうね」


「三人とも魔力枯渇が原因ですもの。あと二、三日もすれば退院できるそうですわ」


「もう飽きた」


「ディアナちゃんはそんなこと言ってこっそり練習再開してるじゃない」


「あたしだけじゃない。アルマもクレアも同じ」


倦怠感が薄れると、ディアナはこっそりと日課の魔力循環や身体強化魔法の練習を再開し始めていた。

それを見たアルマもクラリッサも競い合うように練習を始めたが、看護師に見つかってしまい、揃ってこっぴどく叱られたばかりだった。


「そ、そう。もう大丈夫そうで安心したわ」


「それで、今日はどうしたのかしら?」


「また何か変な依頼でもあるの?」


探索士協会のマヌエラが、個人的に三人を見舞いに来るとは思えない。

それに指名依頼を受けて以来、探索士協会の上層部とは小さくない軋轢も生じている。何かやっかいごとでも持ってきたのかと考えたクラリッサとアルマは、警戒した様子で用向きを尋ねた。


「今日はそんなんじゃないわよ。お見舞いも兼ねて先日の魔獣災害の報告に来たのよ」


「魔獣災害!?」


「今回の魔鳥の件なんだけど、昨日正式に魔獣災害に認定されたのよ」


魔獣災害とは、魔獣によって甚大な被害がもたらされたと、国や領政府から認定されることをいう。

魔獣災害と認定されれば、見舞金や保障などが国から受けられる制度だ。本来は襲われた街や村などを救済するために、認定されることが多かった。


「訓練場とはいえ、五十名近くの負傷者を出したでしょ。それに多くの貴族家の子息や息女が巻き込まれたこともあって、領政府が早々に魔獣災害に認定したの」


ベルンハルトが忙しそうにしていたのは、このことと関係あるのかも知れない。娘のクラリッサが巻き込まれたことも、大いに関係しているだろう。


「それでね、今回の魔獣は本来ならばD級の魔獣なんだけど、魔獣災害に認定されたことで査定が上がったのよ。もちろん多数の負傷者も出てるし、夜間戦闘なども考慮されてのことだけど、今回討伐したアルホフ・パフェは三等級の実力があると認められたの。

それに合わせて、クラリッサ様とアルマの二人も四等級に個人昇級となったわ」


そう言ってマヌエラがビロード生地に包まれた新しい認識票を取り出し、三人の前に広げた。

銀色の新しい認識票は、刻印が確かに四等級探索士になっていて、パーティ欄の方も三等級と刻印されていた。

ディアナは四等級から変わっていないが、累積の貢献ポイントが随分と貯まったため、今後の実績次第ですぐに三等級に上がれるとのことだ。


「魔獣災害なのは分かりました。けれどそれだけで昇級するほどわたくし達は実績を積んでいたかしら? まだ少し足りないように思いますけど」


なりゆきで一度討伐の経験があるとはいえ、基本的にアルホフ・パフェは薬草採取や魔法薬の調合を中心としたパーティだ。討伐を中心に活動を行っているパーティに比べると、貢献ポイントは貯まりにくいはずだった。


「それはあの魔獣のせいね」


「魔獣のせい?」


「そう、あのサギの魔獣は空を飛んでいたでしょう。空飛ぶ魔獣は討伐が難しいのよ」


マヌエラの話ではD級の魔獣とはいえ、空を飛ぶだけで脅威度が跳ね上がるのだという。

本来D級の魔物であれば、四等級パーティ単独で討伐が可能という難易度だ。それが空を飛ぶだけでC級以上の脅威度となり、複数パーティでの討伐が推奨されていた。またその際も、魔獣をまず地上に引きずり降ろさなければならないため、依頼を出しても受けられるパーティが少ないそうだ。そのため討伐ランクがさらに高くなることもあるのだという。


「それを単独パーティで討伐したんだもの。その分貢献ポイントも高くなるわ」


今回の魔獣の場合、空を飛ぶことでC級に格上げとなっており、魔獣災害に加えて夜間での戦闘ということも加味されて、討伐ランクはB級に近いのだそうだ。

回復薬の件で探索士協会と少し揉めたものの、魔法学校生三人のアルホフ・パフェは、今やヴィンデルシュタットの探索士協会でも有名となっている。彼女らに憧れた学生達が探索士に登録することも増え、協会長も最近では機嫌がいいのだという。




「それじゃ、始めるよ」


入院から十日近くが経ち、明日ようやく退院となった。

入院が伸びた原因は、医者や看護師の目を盗んでおこなっていた訓練がバレたためだ。

この日の午後、クラリッサの実家から料理人が呼ばれ、三人だけのささやかなパーティが開催されることとなった。


「ディアナさん、まだですわよ」


「待てだよ、ディアナちゃん」


並べられていく途中の料理に手を出そうとしたディアナは、二人に窘められてお預けを食らった犬のような顔で、料理を恨めしそうに見ていた。


「魔獣討伐と三等級パーティへの昇格を祝って、乾杯!」


ほどなくして準備が整うとジュースを手にした三人が、アルマの掛け声とともにグラスを軽く合わせた。

その後ディアナは二人のことをそっちのけで、解き放たれたように料理を堪能したことは言うまでもない。

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