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アルホフ・パフェ 対 魔鳥(2)

「クレアは左、アルマは右から」


「オッケー!」


二人に指示を出しつつ、ディアナは照明魔法を放つ。

照明魔法を放つのは、何度目なのかはもう覚えていなかった。

魔鳥との戦いは続いていた。

戦い始めた時は薄暮だった空に、今は星が瞬いていた。

常に複数の照明魔法を放つようにしているが、魔鳥はその光の届かない場所を選ぶように飛んでいる。暗く見えない場所から急降下してくるために初動が一瞬遅れ、気付けば目の前まで来ていて肝を冷やしたことが何度もあった。

これまでの対応から、魔鳥はスピードはあるものの動き自体は単調なため、致命的なミスを犯さない限り負けることはなさそうだが、やっかいになってくるのはやはり夜の闇だ。

現に今もディアナが魔鳥の姿を見失っていたため、二人の援護がなければ危うく丸呑みにされるところだった。

ディアナもそうだが、クラリッサやアルマも長引く戦いで疲れから集中力が乱れてきていた。それでも踏ん張れているのは、ディアナが厳しく鍛えてきたお陰だろう。ただし、この状況でどれほど体力が続くかはわからない。現にアルマの動きが、目に見えて落ちてきていたのだ。


「アルマ!」


ディアナは腰にぶら下げた鞄から回復薬を取り出すと、アルマに手渡した。


「飲んで!」


体力回復にどれほどの効果があるかわからないが、気休めでも飲まないよりはましだろう。

もはや喋るのすら億劫なのか、軽く頷いたアルマが回復薬を口にする。


「まったく。兵はまだ帰ってきませんの!」


クラリッサが思わず悪態を吐く。

討伐に出た本隊は、それほど遠くまで行っていないはずだが、まだ戻ってきていなかった。

残った兵達が、照明魔法や篝火を焚いてくれているが、圧倒的に数が少ないため、それほど役に立っているとはいえない。

このままでは避けるのが精一杯で、攻勢に転じることすらできない。どこかで無理をしてでも攻撃しなければ、いずれ三人共力尽きてしまうだろう。

そう考え始めた時だった。

不意に周囲が明るくなったような気がした。

いや、周囲だけではない。

上空にいくつもの照明魔法が放たれ、それまで見えなかった魔鳥の姿を夜空に浮かび上がらせていた。


「……!?」


周りを見渡すと、信じられないことに、退避したはずの学生達の姿があった。


「ディアナちゃん頑張って!」


その中にはマーヤやモニカの姿もあり、ディアナに声援を送っていた。


「何で戻ってきた!?」


彼女らが逃げる時間を稼ぐために残ったのに、これではディアナ達の今までの行動が無駄になってしまう。

思わず詰問するような口調となったディアナに、一瞬身を固くしたマーヤだったが、それでも意を決するように口を開いた。


「せ、せっかく仲良くなれたのに、ディアナちゃん達のピンチにわたし達だけ逃げるなんてできないもん!」


「マーヤ」


「ディアナちゃんはどう思ってるか知らないけど、わたしは皆のこと友達だって思ってるから!」


周りを見渡せばレオニーや他の講師達、ブルーノ達貴族の者の姿も見える。

彼らは訓練場の周囲を囲むようにして、ディアナ達のために照明魔法を放ち続けてくれていた。


「皆……」


「少し時間が掛かったけど、マーヤが必死に説得してくれたのよ」


「ちょっとモニカ、それは黙っててって言ったでしょ。それにモニカだって手伝ってくれたじゃない!」


顔を真っ赤にしたマーヤが慌てている。

どうやら二人が中心となって説得してくれたようだ。

平民二人の意見をよくブルーノ達が聞いたと思うが、それだけ必死で懇願したに違いなかった。


「ディアナさん(ちゃん)」


いつの間にかクラリッサとアルマが傍に来ていた。

二人共疲労が色濃く出ているが、マーヤ達に励まされたのか表情は明るかった。

魔鳥は急に明るくなった周囲を警戒してか、ギャーギャーと威嚇の声を上げながら、少し高度を上げたようだ。


「ようやく兵隊さん達も戻ってきたみたいよ」


アルマの言葉で周囲を見れば、学生達が照明魔法を放つ後方で戻ってきた兵が慌ただしく走り回っていた。

意外にも負傷者が多いようで、身体のあちこちに包帯を巻いた兵が多数見えた。


「あれがなかなか戻ってこなかった理由?」


「そうでしょうね。どうやら迎撃態勢を整える前に、魔鳥の奇襲に遭ったみたいですわね」


「じゃあ、アレどうするの?」


一応、戦う準備はしているようだが、まともに動ける兵士は二十名程度しかいないようだ。

負傷した兵達も軽傷の者は武器を取っているが、それを足しても五十名になるかどうかだろう。


「一応準備はしていますし、兵のプライドに賭けて、学生のわたくし達を矢面に立たせるつもりはないでしょう」


「じゃあさ、とっとと撤退しようよ!」


「わたくし達の役目も果たしたといえますし、潮時かも知れませんわね?」


クラリッサとアルマの二人が撤退の意思を示していた。

しかしこれに真っ向から否定する意見が、ディアナから飛び出した。


「いや、ここまで我慢した分の借りは返す」


そう言って上空の魔鳥を睨む。

照明魔法のお陰で、もう見失うようなことはなく、上空で旋回する魔鳥の黒いシルエットをはっきりと捉えることができていた。

左手で服の上からアレクシスから貰ったペンダントを掴む。


「ちょっとディアナさん!?」


「何をするの!?」


「あの鳥を地面に叩き落とす」


そう言って不敵に笑う。


「ちょっと何をする気かはわかんないけど」


「まぁ貴女がそう言うならできるのでしょうけど」


二人とも「どうやって」とは問わない。

どうするかは知らないが、ディアナがやれるというならそれを信じるだけだった。


「その代わり、多分あたしはその制御で手一杯になる。だからアレを仕留めるのは二人に任せる」


ディアナは視線を下げ、二人を交互に見つめた。

彼女の翡翠色の瞳は、二人を信頼していると告げていた。


「きゃあディアナちゃん! わたし達を信じてくれるのね!」


素直に信頼を示したディアナを感激したアルマが抱きしめる。

ディアナを真正面から抱きしめ、藍色の頭に頬ずりまでして感激を露わにするアルマ。


「アルマさん!

それ以上したら、魔鳥を倒す前にディアナさんが窒息してしまいますわよ」


クラリッサの言葉で我に返るアルマ。

彼女がディアナを見ると、凶器と形容される胸に挟まれてもがきながらも、どこか陶酔したようなディアナの姿があった。


「危なかった。やっぱりアルマの胸は最高、じゃなかった最凶」


「んもう、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」


照れたように顔を赤く染めながら、アルマが身をよじらせる。

周りの男子学生や兵士は、若干羨ましそうな顔を浮かべていたが、我に返ると慌てて視線を外した。モニカやマーヤ達女子学生は、ついつい自分のとアルマのを見比べて、その多くが羨ましそうに見つめていた。


「それでわたくし達は、ディアナさんが叩き落とした魔鳥を、仕留めればいいのね」


「ん、二人のとっときを叩き込んで」


「わかりましたわ」


「任せて」


そう言って杖をコツンと重ねて交差させると、ディアナを頂点にした二等辺三角形を形作った。

周りの学生や兵士達の間でも、魔鳥を仕留めるべく簡単な打合せがおこなわれ、それにともなって慌ただしく配置が変更されていく。

やがて準備が整うと、最小限を残して照明魔法が消えていき、訓練場は再び薄暗くなっていく。

そんな中、中央に立つディアナの姿だけが、闇の中にぼんやりと浮かび上がっていた。


――ギヤャャャァァァァ


魔鳥は大きな鳴き声を響かせると、ディアナに向かって、真っ直ぐに降下を始める。


「大空を舞う不遜(ふそん)なる者よ」


ディアナはちらりと魔鳥を見ると目をつぶり、落ち着いた様子で詠唱を始め、魔力を高めていった。


「翼を奪い大地へと縫い付けん」


「ディアナちゃん早く!」


「間に合うのかしら!?」


モニカとマーヤが焦ったように声を上げる。

状況がまるで見えていないかのように、どこかのんびりした調子で綴られる詠唱。

固唾を飲んで見守るしかない周りは、やきもきしながらもディアナに任せるしかないが、みるみる迫ってくる魔鳥にいやが上にも緊張感が高まっていく。


「邪悪な者をひれ伏せさせよ」


やがて詠唱の最後の言葉を紡いだディアナは、目を開けてすぐ目の前に迫った魔鳥を睨む。

そして発動のトリガーを口にする。


下降噴流(ファールベーエ)!」


それはかつて、母ヘイディがシカの魔獣に放った天候魔法。

そのときとは比べものにならない、強烈な下向きの風が、目の前に迫っていた魔鳥を襲う。


――グワッッ


地面すれすれに迫っていた魔鳥は、一瞬にして地面へと叩き落とされた。

なんとか逃れようと首を持ち上げるが、すぐにその首も地面に縫い付けられるように、風の力で押さえ込まれてしまった。


「きゃあっ!」


訓練場に真上から叩きつけられ行き場を失った下降気流は、水平方向に暴風となって広がっていく。

突然襲った突風に、そこかしこで悲鳴が上がり、篝火がなぎ倒されていった。


「くっ」


見よう見まねでやってみた魔法だったが、どうやらうまくいったようだ。

周りで上がる悲鳴も気になるが、ディアナはそれどころではなかった。

思った以上に制御が難しく、気を抜けばすぐに魔法が消えてしまいそうになる。あれほど持て余していた魔力がどんどん吸い出されていっていて、あと一分と維持できそうもなかった。

威力は高いが、それに比例して消費する魔力も範囲も大きくなる、思ったよりも使い勝手の悪い魔法だった。しかしその魔法のおかげで、素早い魔鳥の動きを封じることができた。

この機会を逃すわけにはいかない。


「二人共、今!!」


風の飛刃(ヴィントクリンゲ)!」


岩の投槍(フェルゼンシュペアー)!」


ディアナの魔法に動じることなく準備していたクラリッサとアルマが、彼女の合図と同時に魔法を放った。

かなり魔力を消耗していたため中級の攻撃魔法となったが、現在二人ができるとっておきの最大威力の魔法だった。

二人が魔法を放つと同時に、ディアナが維持していた魔法を消した。

その瞬間、あれほど吹き荒れていた暴風が嘘のように凪いだ。

動きを封じていた気流が途切れると、魔鳥はすぐに立ち上がると首を伸ばし大きく口を広げ、翼を広げて目の前に立つディアナを威嚇した。


「残念、あなたはもう終わり」


ディアナは静かに告げると、くるりと背中を向けた。

その直後、着弾したクラリッサの風魔法が魔鳥の翼を根元から切り落とし、アルマの土魔法が胴体に突き刺さった。


――グァ……


魔獣は断末魔の叫びを上げることもできず、ゆっくりと崩れ落ちた。


『わぁ!!!』


周囲で大歓声がわき起こる。

モニカが両手を挙げて飛び跳ね、その横でマーヤが涙ぐんでいる。

ブルーノはエルマー達と喜びを分かち合い、先生らも一様にホッとした様子で握手をし、兵士達もそれぞれの武器を打ち鳴らして喜びを爆発させていた。


「ふう……」


大きく息を吐いたディアナは空を見上げた。

照明が消えた空には、満天の星が輝いていた。

それは、村でかつて見上げていたような夜空だった。


『……ありがとうお母さん。

お母さんの魔法でみんなを救えたよ。あたしお母さんみたいな魔法士に近づけたかな?』


ディアナは見上げる夜空から、ヘイディが笑いかけてくれているような気がした。


「ディアナさん!」


「わっ!? ク、クレア?」


珍しくクラリッサが嬉しそうにディアナに抱きついてきた。


「ずるい! わたしが先に抱きつくつもりだったのに!」


そう言いながらアルマもすぐに勢いよく二人に抱きついてくる。


「うわっ、ちょっとダメッ!」


三人はもつれ合うようにして、訓練場の石畳の上に仰向けにひっくり返った。


「……疲れた」


「疲れましたわね」


「もう動きたくないよ」


疲れ果てた様子で、三人は視線の先に広がる星空をぼんやりと眺めていた。

指一本動くことすら億劫な様子で、身じろぎひとつできず、誰も何も言わなかった。


――キュルルルル……


しばらくそうしていたが、不意にディアナのお腹が思い出したように空腹を主張しはじめた。


「……お腹すいた」


「ぷっ、何ですの!?」


「あはは、ディアナちゃんらしいわね」


ディアナのそのひと言で三人に笑顔が戻る。


「帰ろっか?」


「ん」


「そうですわね」


疲れた身体を起こし立ち上がろうとする。

しかしこれがまた簡単にいかなかった。


「痛たた、ダメだぁ筋肉痛で体中がバラバラになりそう」


「同じくですわ。それにこんなに身体って重かったかしら?」


「ん、ダメ。もうここで寝る」


「ダメよぉディアナちゃん。ちゃんと寝ないと風邪引いちゃうわよ」


疲労に加えて魔力の枯渇、さらには全身の筋肉痛が一気に襲ってきていたのだ。

三人は身体を支え合うようにしながらよろよろと起き上がると、いまだに興奮が冷めやらない仲間の下に戻っていくのだった。

すでにヘイディを超える魔法士になっていることに、ディアナ本人は気付いていません。

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