表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/115

討伐訓練

二年目の前期も、終わりが近づいてきていた。

応用学年では前後期の二回、ヴィンデルシュタット近郊の森で魔獣討伐訓練をおこなうことが恒例となっていた。


「この森にこんなところがあったんだ」


頻繁に採取で訪れているが、普段は立ち入らない西側エリアの一部がフェンスに囲まれた一帯となっていた。

普段は領兵の訓練場として立ち入り禁止区域となっているエリアで、広さは小さな村だと丸ごと入りそうなほどの大きさがあった。


「ここでは兵の訓練のために、人為的に魔獣を作ってるという噂もあるそうですわ」


クラリッサがそう言って、軍務を司っている子爵家のブルーノに目をやるが、都合が悪いためか言葉が聞こえているはずの彼はこちらを見ようともしなかった。

彼女の言う噂の真偽は不明だが、実際にこのエリアでは魔獣が多く出現するため、兵の訓練にはうってつけのエリアなのだ。そんな訓練場の中に、さらに金網で四角く区切られた訓練場があった。


「まず今日は三人一組の班を作ってもらい、それぞれの組で討伐訓練をおこなってもらいます。

その際の役割分担は各班で話し合って決めてください。ただし各班につき三回訓練をおこないますので、全員一回ずつは討伐の経験を積んでくださいね」


金網の前でレオニーが学生達に向けて、訓練の説明をおこなった。

本日の訓練は一組のみにもかかわらず、安全のためか多くの教師達も動員されていた。


「ひとつ言い忘れてました。ディアナ、クラリッサ、アルマの三人はそれぞれ別の班になること。

いいですね?」


「ええっ、何故ですか先生!」


「あなた達は、実際に魔獣討伐の経験がすでにあるのでしょう?

それにあなた達三人で組んでも討伐訓練にはならないわ。できればその経験を、他の子達にも伝えて欲しいのよ」


当然ながらいつもの三人で組むと思っていたアルマが抗議の声を上げるが、他の生徒に経験をフィードバックして欲しいと頼まれれば従うしかなかった。


「……」


他の子と組むようにと言われて困ったのはディアナだ。

彼女の実力はすでに学校中に広く知れ渡っていたが、積極的に他者と交流してこなかったため、クラリッサやアルマ以外に声をかけるような相手がいなかった。話しかけられれば返答程度はするが、自分から話しかけることはしてこなかったのだ。そのため一人になるとどうしていいのかわからず、その場に立ち尽くしたまま動くことすらできなかった。

周りを見ると、すでにクラリッサはよく話をしている貴族の男女と班を作っていた。交友関係が広いアルマも女子の三人で班になったようだ。


「……ディ、ディアナちゃん?」


そんなディアナに声をかけてくる子がいた。

ディアナが振り返ると、緊張した顔を浮かべた二人組の女の子が立っていた。


「わたしたち二人しかいないんだけど、よ、よかったら一緒に班を組んでくれないかな?」


二人は手をつなぎ、一人は何故かディアナを恐れているかのようにおどおどした様子だ。

彼女らのことは、ディアナも知っていた。

平民のため貴族率の高い一組では、遠慮していつも一歩引いてるような子達だ。一組に在籍していることから実力はあるはずだが控えめな性格のせいで、自己主張の激しい一組の中で実力を出し切れていないという評価をされていた。


「ん。わかった」


ディアナはこのままジッとしていても、最終的にこの二人と組みそうだと考え了承するのだった。


「ほ、本当にいいの!?」


逆に二人は、ディアナが了承すると思ってなかったようで、信じられないと大きく目を見開いて驚いていたほどだ。前期の終わりに近いにもかかわらず、ディアナは彼女らの名前を覚えていなかったため、まずは自己紹介からだ。


「ま、マーヤです。得意なのは土魔法」


黒髪のボブで丸眼鏡をかけた女の子はマーヤといった。

色白で自信なさそうにおどおどした女の子だ。


「わたしはモニカ。風魔法が得意よ」


モニカも髪型はマーヤと同じボブだが彼女は栗色だ。

実家はアルホフ通りにあって、食堂を営んでいるらしい。

たまに食堂を手伝っているためか、人慣れしていてマーヤのようにおどおどはしていない。その気になれば、他に組む相手が見つけられそうだが、仲のよいマーヤが一人になりそうなため一緒にいるようだ。

髪型が同じボブなことから、姉妹か双子だとディアナは思い込んでいたようだが、二人は魔法学校で初めて知り合ったそうだ。

二人ともディアナよりひとつ上の十二歳だった。


「あたしはディアナ。四等級探索士」


「四等級!?」


「本当に探索士なんだ!?」


黙っていても仕方がないため、ディアナも自己紹介をすることにした。

すると意外にも二人は探索士の活動について食いついてくる。


「だってディアナちゃんって話しかけにくいもん」


「うん、いつもアルマちゃんやクラリッサ様と一緒だし」


「魔獣を討伐したのって本当?

怖くなかった?」


「身体強化魔法っていつから練習してるの?」


「それよりエルフの血が入ってるって本当なの?」


「ねぇ、その耳って本物? 少し触ってもいい?」


それどころか慣れてくると、ディアナを質問攻めにするなど、意外にも人懐っこさを見せるようになってくる。


「ちょ、ちょっと待って。そんないっぺんに喋られたら溺れる。それより今は討伐訓練が先」


たじたじになりながらも二人を引き離すと、なんとか話題を討伐訓練に戻す。


「二人は魔獣を見たことはある?」


二人は横に首を振る。

魔獣は見た目以上に凶暴なため、小型の魔獣でも油断していい相手ではない。

心構えがないまま対峙すると、その凶暴さに当てられ、動けなくなるおそれがあって非常に危険だ。

ディアナは真剣な表情で、魔獣の危険性と討伐方法を伝えていく。


「魔獣はとにかく凶暴ですばやい。小さいからと油断していい相手じゃない。

まずあたしが前に出るから二人はちゃんと見てて。あと防御だけはしっかりしてて、いい?」


「う、うん」


「わかった」


ディアナの真剣な表情に、緊張したのか喉を鳴らしながら二人は頷いた。




討伐訓練が始まると、ディアナの言葉は現実のものとなった。


「そっち行ったぞ!」


「速っ!」


「くそっ、素早くて当たらねぇ!」


「きゃあこっちに来た!」


初めて経験する魔獣を討伐するどころか、連携すら取れない班ばかりで、怒号や悲鳴が響き渡るだけだった。


「小さいネズミの魔獣が、こんなに驚異だなんて……」


「ディアナちゃんに聞いてなかったら、わたし達も何もできないわね」


「でもこんなに素早いと魔法は当たらないわよ」


「大丈夫、やりようは色々ある。ちゃんと見てて」


マーヤとモニカが不安そうに話し合う中、ディアナは自信満々に二人に告げる。

ちょうどそのとき、いよいよ彼女らの出番となった。


「次、ディアナ、マーヤ、モニカ組。中に入って」


「ええっ、もう出番!?」


「ちょっとまだ心の準備が……」


「行くよ」


レオニーから名を呼ばれ、急にうろたえ始める二人だったが、ディアナに引きずられるように訓練場へと入っていった。

訓練場に入ると中央付近に、黒い布がかかった四角い箱が置かれている。三人は箱に向かって、ディアナを二等辺三角形の頂点とするように立ち、マーヤとモニカは少し下がる。


「あたしのあとはマーヤ、その次がモニカだから。よく見てて」


「ちょ、ちょっと次わたしなの!?」


「お腹が痛くなってきた」


ここに至っても、なおうろたえ続ける二人。

軽く息を吐いたディアナは、二人に近づくと手を取った。


「大丈夫、二人共ちゃんとできるから。あたしを信じて」


「う、うん」


「わかった、やるわ」


真剣な表情で静かに告げるディアナに、ようやく覚悟を決めた二人は緊張した顔で頷いて杖を構えた。

ここまで挑戦した班は、残念ながらどこも討伐できていなかった。そのため討伐経験のあるディアナといえど、周りは懐疑的な目を彼女らに向けていた。


「ディアナさん(ちゃん)」


それは普段一緒に行動しているクラリッサ達も同じだ。

彼女らは、心配そうな表情をディアナに向けていた。




「出すぞ!」


箱の傍に立つ兵士がそう確認し、ディアナが静かに頷くと、箱に被せられた黒い幕を外した。


――キシャァ!


急に明るくなったことに驚いたネズミの魔獣が、檻の中で奇声を上げて威嚇する。

ネズミと言っても魔獣化して小型犬くらいの大きさとなっていた。

身体は赤黒く変色し、血走った目で周囲を睨んでいた。訓練用に牙は抜かれているが、それでも噛みつかれれば腕の一本くらいは持って行かれそうな迫力があった。


「ひっ!」


初めて近くで見た魔獣の迫力に、マーヤは思わず息を飲み、モニカも怯えたように顔を引きつらせている。

そんな中、ディアナだけがいつでも魔法を放てるように、杖を構えていた。


「構えて!」


ディアナの言葉に、慌てて青ざめたまま杖を構える二人。

その直後檻が開かれ、魔獣が訓練場に放たれた。

魔獣は一番近いディアナを無視するように動き、まっすぐにマーヤに向かって突進していく。


「マーヤ!」


「い、岩の盾(フェルゼンシルト)!」


恐怖に硬直していたマーヤだったが、ディアナの声に正気に返ると慌てて防御魔法を展開させた。

辛うじて魔法が間に合い、魔獣は岩の壁に歯を突き立てた。


「モニカ、今!」


風の礫(ヴィントクーゲル)!」


ディアナの指示で、動きが止まった魔獣へとモニカが風魔法を放つ。

しかし、魔法は魔獣を捉えたものの緊張からか威力が弱く、魔獣を倒しきることはできなかった。

だが風魔法によって、魔獣を空中に跳ね上げることには成功する。


「ナイスモニカ!」


『ディアナちゃん!!』


ディアナがそう言って空中の魔獣に向けて杖を構える。

ディアナを呼ぶマーヤとモニカの声が重なった。


炎の礫(フランメクーゲル)!」


狙いすまして放たれたディアナの魔法は、空中で何もできない魔獣の身体を寸分たがわずに貫いた。

身体に大穴を開けられた魔獣がドサッと訓練場の石畳の上に落下する。

火魔法に貫かれた傷口は真っ黒に炭化していて出血すらしいていなかった。


「見事討伐です」


死体を確認した兵が討伐完了を告げる。


「すげぇ、さすがエルフ師匠!」


今日初めての討伐成功となる成果に歓声が上がる。

その後、攻守を交代してマーヤやモニカが前衛となる。

さすがにディアナのようにはいかなかったが、それでもディアナの指示のもと何とか討伐することができたのであった。


「わたくしたちも負けてられませんわね」


「そうね。わたしも頑張る」


見学していたクラリッサやアルマも負けてられないとばかりに腕を撫していた。

マーヤやモニカが討伐できたという事実は、周りで見ていた生徒のやる気に火をつけることとなったのである。

三人が討伐したことでこれまでとは違い、以降は各々が連携を気にするようになり、自然と討伐率が上がる結果につながっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ