会長候補
「……難しい」
魔力放出の練習を始めたディアナだったが、それは困難を極めるものだった。
魔法のような威力が出る訳ではなく使える範囲も非常に狭いため、使いどころとしては模擬戦の最中に、相手の意表をついて体勢を崩すくらいしか使い道がない。
しかも普通の魔法と身体強化魔法を並行して使っている中、さらに毛色の違う魔力放出まで使おうとすれば、どうしても一拍間ができてしまう。
そのためそれを意識すると、模擬戦でもアルマにも後れを取ってしまうほどだった。
「普通の魔法と身体強化魔法を使うだけでも大変なのに、魔力放出もなんて無理なんじゃない?」
「それにはわたくしも同意いたしますわ。魔法と魔力放出だけならなんとかできそうな気がしますけれど、いくらノータイムで発動できるといっても身体強化をしながらは無理があるのではなくて?」
ディアナの拙い説明を聞いた限りでは、魔法と魔力放出は魔法かどうかの違いだけで、同じ放出系のため切り替えることは比較的容易そうに思える。しかし身体強化魔法と魔力放出では、相性が悪すぎるように感じた。
身体能力を強化するには、魔力を練り上げて魔法へと変換しなければならないが、魔力放出では純粋に魔力のみを使うからだ。そのため身体強化魔法を使いながら魔力放出をおこなおうとすれば、いったん身体強化を解除しなければならない。だがディアナが想定してる場面は、身体強化が間に合わない場合の緊急避難的な使い方だ。
射程距離では魔法に遙かに劣り、威力でも身体強化魔法にはかなわない。しかも物体を動かそうと思えば、一気に大量の魔力を消費しなければならないため、非常に使い勝手が悪いように思えた。
「できて困ることはないから」
だが批判的な二人の意見に耳を貸さず、ディアナはどうにか使えないかと試行錯誤を続ける。
「相変わらず頑固ねぇ」
「だから目を離すことができないのですけれど」
魔法学校の中でも最年少のディアナだったが、今ではその異常な魔力量だけでなく、地道に努力することで磨き上げてきた魔法能力でも一目置かれる存在となっている。
二人は呆れた声を上げながらも、微笑ましい表情でディアナの様子を見守るのだった。
「さて皆さん、他のクラスより遅れましたが本日より授業の開始です。
皆さんご存じの通り残念ながら二名ほど停学中となっていますが、途中で降級とならない限りはその二名を加えたメンバーで最後まで過ごすことになります。応用学年では高め魔法士として活躍できるよう、実践形式の授業が増えてきます。
入学時にも説明していますが、卒業時には皆さん自動的に六級魔法士の資格が与えられます。また優秀な生徒には五級魔法士の資格や、王都の上級魔法学校への推薦が受けられます。
あなた達の将来につながる大事な一年となります。先生もお手伝いいたしますが皆でしっかりと高め合ってください」
「はい先生!」
授業再開初日、停学中のディアナとブルーノの姿はなかったが、改修が終わった一組でクラス担任のレオニーは、学生達に向けて檄を飛ばした。
さすがに優秀な生徒が集まっている一組だ。皆締まった表情を浮かべ、真剣なまなざしで返事をするのだった。
改修された教室は全体的に豪華となり、結果的に二組以下との差別化となっていた。
相当お金が掛かっていそうだが、謝罪の意味も込めて子爵家がかなり頑張ったのだろう。
学生はともかく先生の表情も、真新しい教室でどことなく嬉しそうだ。
「先生、ご用とはなんでしょう?」
放課後、レオニーに呼び出されたクラリッサは、薬草学教室の傍にあるレオニーの部屋を訪れていた。
レオニーは鼻歌を歌いながら、紫色の花を咲かせたマンドレイクの苗の手入れをおこなっていた。
「よく来たわね」
クラリッサの向かいに腰を下ろしたレオニーは、薄紫色をしたお茶を出した。
「これはなんですか?」
「マンドレイクの花で作ったお茶よ。少し粘り気があるけど独特の苦みと甘みがくせになるわよ」
見たことのないお茶の色に、若干引きつった顔を浮かべたクラリッサが問うと、レオニーは率先してカップを口にした。
美味しそうに飲むレオニーの姿に釣られて彼女もカップを手にした。フワッと甘い香りが鼻孔をくすぐるが、これがマンドレイクだと思うとどうにも口にするのが躊躇われる。
ふとレオニーを見ると、一杯目をすでに飲み干して二杯目を注いでいるところだった。
クラリッサは意を決したように、目を固く閉じクピッとひとくち口にした。
「……っ! 美味しい!」
意外な美味しさにクラリッサは目を見開いてレオニーを見た。
「でしょ? あなたならそう言うと思っていたわ」
レオニーが嬉しそうに笑顔を零す。
ほんのりとした甘さの中にも、お茶の苦みがしっかりと感じられる。ねっとりとしているが、口当たりは爽やかで後味もすっきりしていて非常に飲みやすく、これがマンドレイクだということを除けば、王都でも流行るかもしれない。
「残念なことに量が取れないのよ」
レオニーの勧めるまま二杯目をおかわりしたクラリッサに、残念そうに首をふる。
「そんな貴重なお茶をいただいてよろしかったのですか?」
「いいのよ。他の先生方もマンドレイクと聞いただけで誰も飲もうとしないんですもの。わたしとしてはこうやってわかってもらえるだけでありがたいの」
レオニーはそう言うと三杯目をおかわりするのだった。
「そろそろわたくしを呼び出した理由をお聞かせ願えるかしら?」
クラリッサがそう切り出したとき、部屋に入ってすでに三十分以上経っていた。
レオニーはすでに五杯目のお茶を口にしていたが、単にお茶の相手にクラリッサを呼んだ訳ではないだろう。
「あら、そうだったわね」
そう言いながらお茶を飲み干したレオニーは、カップを置くとクラリッサを見つめた。
その表情はつい先ほどまでの穏やかな表情とは違って、調合時の真剣な表情へと変わる。
それに釣られるようにクラリッサも、カップをソーサーに戻し、居住まいを正した。
「本日あなたをお呼びしたのは他でもありません。あなた生徒会長に立候補してくださらないかしら?」
「生徒会長ですか。まだ決まってなかったのですね?」
「この学校では一組から生徒会長を選出する決まりですが、一組は昨日まで学級閉鎖となっていた影響で、生徒会長が決められなかったのです」
ユンカー魔法学校では歴代の生徒会長は、応用学年の一組の生徒の中から特に成績が優秀な者が選出されてきたそうだ。
「実は今年度はブルーノで内定していたのですが、停学となったでしょう?
その影響で生徒会長も、内定取り消しとなってしまったのです」
「それでも一組でしたら、他にも優秀な学生がいるのではなくて?」
「もちろん何人かに声はかけたわ。だけどエルマーをはじめ皆ブルーノに遠慮して生徒会長になることに二の足を踏むのよ」
自他共に首席と認められているブルーノを差し置いて、自分が生徒会長になるわけにはいかないと、多くの生徒に断られたのだという。
「もちろん優秀で言えばアルマも候補だわ。彼女は面倒見もいいし明るいからきっといい生徒会長になると思うのだけど……」
「平民なのがネックというわけですね」
呆れたようにクラリッサが尋ねると、レオニーは苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべた。
学校では貴族や平民など分け隔てなく授業を受けることができ、身分差を理由に差別や区別することは校則によって禁じられている。そのため普段の授業では、それほど露骨に身分を振りかざす者がいないことも確かだ。
だがいざ生徒会長のように学校を代表する人物を選出する際には、どうしても平民の生徒会長だと反発が激しくなるのだという。
表向き平等を謳っている魔法学校でも、慣例的に生徒会長は貴族出身の者が歴任してきた。
「平民だとどうしても軋轢が生じてしまうのよ」
そのため貴族家を中心に人選を勧めたそうだが、今年度に関しては圧倒的な成績を収めるブルーノの存在がネックとなり、誰も生徒会長をやりたがらないそうだ。
「学校の言い分はわかりますが、探索士活動などが忙しいため、できれば辞退したいのですけれど」
「このままじゃ皆ブルーノに遠慮して生徒会活動ができないわ。もうクラリッサしかいないのよ。あなたなら身分にうるさい学生も、平民の学生も両方を抑えられるでしょう?」
「そういうことなら、もうブルーノで構わないのではなくて?」
クラリッサも元から一組に在籍していた訳ではない。入学当初は三組で、そのせいで随分と陰口を叩いていた者がいることも把握していた。先日のディアナとの模擬戦の影響でそういう陰口は減ったが、今でも生徒会長になれば「親の威光のおかげ」などと、彼女を叩く者がいるに違いなかった。それなら問題を起こしたとはいえ、ブルーノを生徒会長にした方が丸く収まるだろう。
「実は学校でもそう考えていてね、先日ブルーノに打診をしたのよ。だけどあらためて辞退の返事がきてしまったの。それも子爵様との連名で」
学校としても生徒会長の不在は体面的にもよくなかったのだろう。
辞退者が続出する中で、ブルーノに生徒会長就任の要請をおこなったらしい。ところが子爵家から辞退する連絡が正式に来てしまったのだという。
「このままじゃ生徒会の活動に支障を来すわ」
先ほどからクラリッサは、レオニーの言葉に引っかかりを覚えていた。
彼女の言いようでは、生徒をまとめられるならクラリッサである必要はないと聞こえる。もちろんクラリッサならば辺境伯家という肩書きがあるため、貴族家の意見を抑えることに問題はなく、平民とも分け隔てなく付き合っているため多くの支持を集めることができるだろう。
結局のところ、入学時の成績が平凡だったクラリッサは、最初から候補にも入ってなかった。しかしブルーノが不祥事を起こしたため辞退し、それに遠慮した学生達も次々に辞退していったため、消去法で白羽の矢が立ったに過ぎない。今でも学校としては本命はブルーノなのだろう。
レオニーからそういった考えが透けて見えてしまった彼女は、素直に生徒会長を引き受けることに抵抗を覚えた。
「少し考える時間をいただいてもよろしいかしら?」
クラリッサはそう言って即答を避けると、レオニーの部屋をあとにするのだった。




