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セイトカイって何?

寮に戻ったクラリッサは、レオニーから告げられた言葉を早速二人に話した。


「セイトカイ? 何それ美味しいの?」


「へぇ、うちの学校にそんなのあったんだ!?」


「あなた達ねぇ……」


半ば予想してたとはいえ、クラリッサは二人の気のない返事に思わず天を仰いだ。


「あまり積極的な活動はしてないみたいだから無理はないけれど、興味なさそうなディアナさんはともかく、ずっと一組だったアルマさんまで知らないのは問題ですわね」


「ん、興味ない」


「別に知らなくても大丈夫じゃないの?」


二人の様子にクラリッサは軽く溜息を吐いた。

学生生活を改善する上で重要な組織である生徒会だったが、これまで選民意識の強い貴族出身の生徒を中心に運営されてきた。何度か平民出身の学生が生徒会に入ったこともあったようだが、いずれもうまくいかずに、途中で平民の学生が退会する結果となってしまっていた。

今後も平民から生徒会の役員が選ばれたとしても、やはり貴族出身の学生からの反発を招くことは容易に想像できるクラリッサだった。そんな彼女も、今でこそディアナやアルマと一緒に平民用の寄宿舎で生活しているが、やはり最初は平民と同じ空間で学ぶことに抵抗を覚えていた。あえて平民と関わっていく内にその気持ちは解消されていき、今では無二の友人といえる存在が二人もできた。

しかし学校に通いながらも、平民と一切関わろうとしない者も少なくないのも確かだ。クラリッサのように、柔軟に物事を考えることができる方が希少なのだ。

貴族側も変わらなければいけないが、平民側もそれは同様だ。今のように必要以上に恐れて萎縮しているうちは、クラリッサやディアナ達のような関係になることは不可能だろう。そう考えれば、今のクラリッサとディアナ達の関係は奇跡的な出会いだったのかもしれない。


『皆がわたくし達のような出会いがあればいいのですけれど』


貴族特有の迂遠(うえん)な物言いと違い、クラリッサに対する遠慮のないディアナやアルマの言葉遣いは、彼女にはもはや欠かすことのできないものとなっていた。遠回りな表現を使わず、本音で語ることができる心地よさは、彼女にとって手放すには惜しいと考えるに十分だった。


「生徒会とはわたくし達が学生生活を送る上で、さまざまな問題点を改善したり学校に要望を伝えるための組織で、基本的には学校からは独立した自治組織ですわ。

学校によっては生徒会長を、学生達の投票で決めるところもあるようですけれど、ユンカーは学校からの指名による立候補となっていますわね」


「独立した組織なのに学校からの指名なの?

それで自治が保てるのかしら?」


不思議そうな表情を浮かべてアルマが問いかけた。


「そうね、聞いた話では以前はユンカーも学生の自主性に任せていたそうですわ。だけど候補者が一人も立候補しない年が何年か続いたそうよ。そのため学校側から指名するようになったようですわ。

ただ、学校は指名はするけれど運営には口を出さないそうなので、問題を起こさない限り一応大丈夫だと思いますわ」


クラリッサもレオニーから説明を受けただけのため、実際のところどうなのかはわからない。

学生の自主性に任せた組織なので機能しない年もあるだろうし、そうなった場合はアルマが懸念するように学校側の介入があるのかも知れない。


「ふうん、そうなんだ」


完全には納得できていないようだが、アルマはクラリッサの言葉を信じることにしたようだ。

ちなみにディアナは隣で回復薬の調合の真っ最中のため、おそらく聞いていないだろう。


「意外かも知れないけれど結構発言力があるのよ。

流石にいろいろなことをいっぺんにはできませんけれど、生徒会の働きかけで中庭にベンチが置かれたり、女子トイレを増設したり、あとは学食のメニューとかも改善されたりしてるようですわ」


「学食!? 生徒会あたしやる!」


それまでまったく興味を示さず鍋に集中していたディアナが、学食の話は無視できなかったらしい。いきなりやる気になって身を乗り出してきた。


「ディアナちゃんったら、すっかり食いしん坊が板についたわね」


「それだけ食べてるのに、どうして成長しないのかしら?」


意外にも三人の中でもっともよく食べるのが、一番身体が小さいディアナだ。

二人はその小さな身体のどこに入るのかと目を見張るほどの量をひとりで平らげることもあった。

それでいて身体はまったく成長しているようには見えない。逆に身体の大きなアルマの方が、体重を気にして食べる量を制限しているため、最近ではモリモリと食べるディアナを、羨ましそうな目で彼女が見ているほどだった。


「別に構いませんがディアナさんは今停学中でしょ。あさってには返事をしないといけませんの。それにあなた、学生達の意見をまとめたりする気はあるのかしら?」


「ん。それは無理」


「……即答ですのね」


「ディアナちゃん、そこはもう少し考えるふりをしようよ」


「それもどうかと思いますけど……」


クラリッサはそう言って苦笑を浮かべる。

彼女らと知り合うまでは、これほど会話で気を遣わずにすむのは家族との会話くらいで、他人と気さくなやりとりができるなどと考えたことがなかった。社交界で華やかに着飾った裏では、いかに本音を隠すかが重要視される。またそんな相手からいかに本音を引き出すかが求められ、それができなければあっという間に主流派から外れてしまう世界だ。

その世界しか知らない間は何も感じなかったが、気の置けない友人とのおしゃべりを覚えた今となっては、あの世界こそ異常なんじゃないかと考えるようになっていた。


「クレアなら大丈夫。……多分」


「最後に変な言葉を足さないでくれませんこと?

それにわたくしはまだやると決めたわけではありませんわ」


「でもレオニー先生の言うとおり、わたしもクレアちゃんが生徒会長するのが一番まとまると思うよ」


アルマが言うようにブルーノが候補から外れてしまった以上、自分がするしかないという考えもあった。しかしレオニーから仕方なく選んだと聞かされて、素直に引き受けることができない自分もいる。

結局は辺境伯家をないがしろにされたという不満が、理性を上回っていたのだ。


『以前のわたくしでしたら黙って引き受けていたでしょうけど。

どうやらディアナさんやアルマさんと一緒にいるうちに、わたくしも随分と影響を受けているようですわね』


クラリッサは苦笑を浮かべながら二人を見た。

以前なら、これほど感情に左右されなかっただろうと不思議に感じる。だがその感覚はまったく不快ではなく、どちらかと言えば妙にしっくりしているのも確かだ。


「最後はクレアちゃんが決めることだけど、もしやるなら手伝うわよ」


「ん、クレアなら学食を改善できる」


アルマもディアナもまじめな表情でクラリッサを見ていた。

二人の応援してくれる気持ちがクラリッサに十分に伝わってきた。


「ぷっ、ディアナさんはそればっかりね」


「もうディアナちゃんったら」


「学食の改善は死活問題」


「指名依頼のお陰で十分な食事ができてるでしょ。これ以上食べる気なの?」


「ん。量は正義。まだ少し足りない」


「あなた最初は、パンとミルクだけで過ごしてたじゃない。あの時は平気だったのでしょう?」


「あの頃はいつどこで遭難してもおかしくなかった」


ディアナがお腹をさすりながらそう言うと、寄宿舎の食堂に三人の笑い声が響くのだった。






その二日後、クラリッサの生徒会長就任が決まった。

事前に危惧していたとおり、親の七光りだと揶揄する声も少なからずあったが、概ね好意的に受け止められた。これは基礎学年の終わりにおこなわれたディアナとの模擬戦で実力を知らしめたのが大きかった。

またクラリッサは、学校から推薦された副会長候補をすべて拒否し、エルマーとアルマの二名を選出した。

準男爵家のエルマーはともかく、アルマの選出には学校が最後まで懸念を示していたが、「受け入れていただけないなら会長はやりません」とクラリッサが学校を脅したことで彼女の希望が受け入れられたのだった。

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