変態の魔法士
アルマが食堂で食事を摂っていると、ディアナが探索士の格好で現れた。
「じゃ、採取に行ってくる」
「ちょっと待ってディアナちゃん!
あなた謹慎中だから寮から出ちゃ駄目じゃない!」
そのまま採取に出かけようとするディアナを、アルマは慌てて引き止めた。
十五日間の停学となったディアナだが、ブルーノによって使い物にならなくなった教室の修理のため、一組自体が十日間の学級閉鎖となっていた。そのため彼女の停学期間は実質五日間だった。
軽い処分のディアナとは違って、クラス全員を危険にさらしたブルーノは二ヶ月の停学となり、さらに教室の修理費用も全額負担となっていた。
厳罰と規定されているにしては、停学処分と反省文の提出という比較的軽い処分となったのは、二人とも成績が優秀のためだ。このままいけば王都の上級魔法学校への推薦が期待できる逸材だったからだ。
また子爵家の令息を喧嘩を理由に退学処分とすれば、ユンカー魔法学校の体面にも関わってくる。そのため教室の修理費用を子爵家に請求する代償として、退学ではなくより軽い停学という処分となったのだった。
「飽きた」
まだ停学三日目の朝だった。
一歩も寮から出られないディアナは機嫌が悪く、寮の訓練場で二人との模擬戦でもストレスを発散できなくなっていた。
一応勉強もしているが、もとより机にジッと座っているのが苦手なディアナだ。早々に教科書類は放り出して訓練場にいることの方が多くなっていた。
「気持ちはわかりますけれど、レオニー先生と約束したでしょう?」
「そうよ、謹慎せずに出歩いてたのがバレると、今度はブルーノと同じ二ヶ月に延びるわよ」
「むぅ」
「わたくしたちも付き合いますから、大人しくしてましょう」
渋々といった様子で我慢したディアナは、結局いつものように三人で訓練場に向かうのだった。
クラリッサとアルマ相手に軽く模擬戦をおこなったディアナは、模擬戦を続けている二人から少し離れ、ひとりで魔力を練り上げていた。
相変わらず魔力量が伸び続けてる彼女だ。
クラリッサが言っていた魔力圧縮については、まだ答えがでていない。
先生に確認しようにも、新学期初日から学級閉鎖となってしまったため、聞けずじまいのままだった。
「ふぅ……」
しばらく試行錯誤を続けていたディアナだったが、疲れた表情でベンチに腰を下ろし水筒に口を付けて一息ついた。
あれから何度も魔力圧縮を試みているが、今のところまったく成果はでていない。実際にそのような方法があるのかもわからず、正直途方に暮れている状態だった。仕方ないため、最近では夜の練習時に余剰分の魔力を放出するようにしていた。
魔力放出は普段体内で循環する魔力を、単純に解放することだ。
魔法を使うために練り上げたり変換したりしないため、大量に放出しても危険はなく時間が経てば空中に霧散してしまう。ただ、ディアナはできればこの方法をあまり使いたくはなかった。
理由は単純に「もったいない」の一言に尽きる。
せっかく増えた魔力を、何もせずに無駄にしてしまうことが、なんとなく損した気分になってしまうからだ。
「何か使い道があればな」
なんとなく呟きながら右手を突き出して魔力を放出してみる。
目に見えるものではないが、彼女のイメージでは、魔力放出は身体強化魔法で手足を延長するようなイメージよりもおぼろげで、ほんの数メートルも放出すれば霧散してしまう感じだ。
魔力を変換する必要がないため、手っ取り早く放出することができるが、どうにも使い勝手が悪く感じていた。
「ふわぁ……」
謹慎中とはいえ、のんびりとした暖かい日差しが注ぐ中、ディアナはアルマ達の模擬戦を眺めながら思わずあくびをしていた。
小さな蝶が一匹、ひらひらと彼女のすぐ傍をかすめて飛んでいく。訓練場の傍には寮母が大切に育てている花壇があり、この季節は大小色鮮やかな花を咲かせていた。飛んできた蝶も、気まぐれにそこから飛んできたのだろう。
「こっちに来ても何もないのに」
そう呟いたディアナは何の気なしに右手を突き出し、蝶に向かって魔力を放出してみた。
イメージとしては魔力の塊をぶつけるようなイメージだ。
「……!?」
特に期待していたわけではない。しかし何かに弾かれたように、蝶がふらついたように見えた。
それは一瞬だったが、挙動が明らかにおかしかった。
ディアナはもう一度同じように蝶に向かって魔力を放ってみた。
「やっぱり……」
先ほどと同様、今回も蝶の挙動が一瞬乱れたように見えた。
ディアナは思わず自分の右手を見つめた。
もしかしたら魔力放出の新しい可能性を見つけたかも知れない。
「ディアナちゃんどうかした?」
気づけばディアナはベンチから立ち上がっていた。
その様子を不審に感じたのか、模擬戦を終えたアルマ達が汗を拭いながらディアナに近づいてくる。
「ちょっと止まって!」
「え、何?」
驚いたアルマが立ち止まる。
「ちょっとそのまま」
そう声をかけたディアナが、右手を突き出して魔力を放出してみた。
「わ、何?」
アルマは驚いて声を上げたが、彼女の桃色の髪の毛が揺れただけだった。
蝶と違って質量が遥かに大きいため、人では同じようにしても効果が出にくいようだ。
「何したの?」
「ゴメンもう一回」
問いかけてくるアルマを制し、ディアナはもう一度魔力放出の準備をする。
今度はもう少し大きな魔力の塊をぶつけるイメージだ。
しかし少しでも魔力を練り上げればそれは魔法へと変わってしまい、ディアナがイメージする魔力の塊とはならない。
「む、意外と難しい」
「ちょっと、大丈夫なの?」
何をするか知らされていないアルマは、不安そうな表情を浮かべながらも一応その場に留まってくれている。
ディアナはそれならと今度は魔力循環で加速した魔力を、そのまま手の先から放水するようなイメージでアルマに向けて放ってみた。
「きゃっ!」
今度はディアナの狙い通りの効果を発揮したようだ。
アルマが驚いたように顔を背け、よろよろと二、三歩後ずさったのだ。
「できた!」
「何も見えませんでしたけれど、いったい何ですの?」
「ビックリしたぁ! 今の何だったの?」
不思議そうにするクラリッサと、慌てて駆け寄ってきたアルマがディアナに詰め寄る。
「ゴメン痛くなかった?」
「うん、何も見えなかったからちょっとビックリしちゃっただけ。何かになでられたみたいだった」
蝶の反応から大丈夫だろうと考えていたディアナだったが、ぶっつけ本番で試したのは拙かった。彼女はアルマに怪我がなくてホッとした様子を見せた。
実際に受けたアルマによると、何かやわらかいもので押されたような感覚だったのだという。
「それで今のはいったい何ですの?」
「そうね。魔法ではなかったわよね?」
魔法ではない不可視の何かまではわかるようだが、二人ともディアナが何をしたのかまではわからないようだ。
「魔法じゃない。今のはただ魔力をぶつけただけ」
「えっ!?」
よほど意外な答えだったらしく、純粋な魔力だと言うと二人とも固まってしまった。
「増えた魔力で何かできないかと考えてたらできた」
「できたって簡単にいいますけど……」
「こんなのディアナちゃんにしかできないわよねぇ」
二人は顔を見合わせると、呆れたようにますます規格外となっていくディアナを見る。
「そう?」
ディアナはそう言って首をコテリと傾ける。
「そうって簡単にいってますけど本当にわかっているんですの!?
先人が限られた魔力を、効率よく使う方法として考え出したのが魔法ですのよ!
それを単純な魔力だけで、物理的に干渉しようと考えるなんて非常識にもほどがありますわ!」
「まぁディアナちゃんの魔力量があるからできることだよね。普通は魔法を使った方が楽だし早いから、そんなこと考えもしないもの。何だかわたしのディアナちゃんがどんどん変になっていくわ」
普通では考えもしないことを、あっさりとやってのけるディアナに二人は盛大に溜息を吐くと、クラリッサは目をつり上げてディアナに詰め寄り、アルマは額を抑えて嘆くのだった。
「ちょっとそれは心外。あたしはまとも。どこも変じゃない」
そう言って口を尖らせたディアナに、二人は目を白黒させて驚いた。
「まさかこれだけのことをしておいて、まだまともだと思ってるなんて」
「そうね、見た目は可愛らしいのに本当に見た目詐欺だわ」
二人が何を言ってもディアナは自分の道を進んでいくのだと、諦念したように首を振った。
そして二人の声が訓練場に響く。
「あなたはどこから見ても変態よ(ですわ)!」




