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嵐を呼ぶ男

「おはよう」


教室に足を踏み入れると、一瞬の沈黙の後、ディアナとクラリッサはあっという間に同級生に囲まれてしまった。状況が理解できずに呆気に取られる二人に構わず、みんな口々に質問攻めにしていく。


「この間の模擬戦すごかったわね!」


「あれって身体強化だろ?

すげえよな、もしかして街の衛兵とやっても勝てんじゃね?」


「クラリッサ様、いつの間にあのような魔法を覚えたんですか?」


「ディアナって小っちゃいのに本当に強いんだな」


「わたしたちもエルフ師匠って呼んでいい?」


「えっ、何っ!?」


順番も何もなく、皆が思い思いに口を開くため、クラリッサですらおびえた様子を見せ、二人はお互いに手を握りながら小さく身を寄せ合うのだった。


「えっと……アルマさん、これはいったい……」


「ちょ、そんないっぺんに喋ったら何も答えられないから、ちょっとみんな落ち着いて……」


人の輪からはじき出されたアルマが、輪の外から必死で呼びかけるが誰も聞いていない。それどころか興奮が収まらずますますヒートアップしているような気配すらあった。

アルマが声を枯らすように叫ぶがほとんど効果はなく、皆先を争うようにディアナ達から話を聞こうと群がっていた。


「ねぇ皆、ちょっと待ってってば!」


アルマ一人では静められず、かといって他に妙案も浮かばない。

彼女は褐色の目に涙を浮かべながら叫び続けるしかなかった。


――バンッ!!!


収拾がつかなくなっていた中、突然教室内に大きな音が響き渡り、それまでの喧噪が嘘のように静まった。

振り返って見れば教室の前で、ブルーノが黒板を叩いていた。


「ブルーノ……様!?」


「ふん!」


皆呆然と見つめる中、ブルーノは鼻を鳴らすとそのまま教室の後ろにある席にどっかと腰を下ろした。彼の傍にはエルマーも当然のように座っている。

それをきっかけに平静を取り戻した同級生達が、一言二言ディアナ達に謝ると三々五々散らばっていき、あとにはディアナ達三人だけがぽつんと残っていた。


「な、何ですの今のは?」


「ちょっと怖かった」


珍しく怯えた様子のクラリッサと小動物のように震えるディアナが、ホッとしたようにアルマにすがりついた。


「ゴメンね。皆あなた達に興味津々だったから、色々話を聞きたかったんだと思う。さすがにちょっと想像以上だったけど」


前期末の模擬戦以来、しばらく一組での話題の中心はディアナ達だったらしい。

二人と親しいアルマは、皆からの質問攻めにあっていたそうだ。

満を持して待ち構えていたところに、その話題の人物が編入されてきたのだ。腹を空かせた猛獣の前に、肉の塊を投げ入れたようなものだろう。


「これが噂に聞く一組の洗礼」


「そんな噂ありましたっけ?」


アルマに抱きついている内に落ち着いたのだろう。

ディアナとクラリッサはすぐにいつもの調子に戻った。


「ブルーノに助けられちゃった」


アルマの言葉に、二人は教室の後ろでエルマーとなにやら話し込んでいるブルーノを見上げた。


「なんだかんだ言っても、学年トップだしね」


「学年主席は伊達じゃない」


「お礼を言うべきかしら?」


「どうだろう。あの素っ気ない態度を見ると、別に何も言う必要はないんじゃないかな?」


そう言ってアルマは肩を竦めた。

もともと一組の中でも他人とあまり関わらないため、ブルーノは浮いた存在なのだという。


「もしかしてぼっち?」


「うーん、ぼっちというよりは一匹狼って感じかな」


周りを拒絶してる訳では決してなく、話しかければ気さくとまではいかないが普通に接してくれるらしい。

また、一組の中でも群を抜いているブルーノの実力を皆は認めているらしく、そのため孤立というよりは孤高の存在に近いのだという。


「ふぅん」


――カランカラン…


ディアナがさほど興味なさそうに返事をしたとき、ちょうど予鈴が鳴った。

思い思いに過ごしていた学生達が、一斉に席に着いていく。


「さ、わたし達も座ろ」


アルマは二人に声をかけて空いてる席を探して教室を見渡した。

特に席順を決められていないため、仲の良いグループで固まる傾向が高く、教室内はすでにほとんどの席が埋まっている。


「アルマ、こっち空いてるよ」


しばらくキョロキョロと席を探していると、一人の女子生徒がアルマに声をかけ手招きをしている。

アルマと仲の良かった娘で、ボブに揃えた栗毛が特徴の女の子だ。


「モニカありがとう。あそこが空いてるみたい」


手を振ってモニカに返事をしたアルマが、二人を促すとそちらに向かって歩いていく。


「げっ!」


思わず零したディアナの声に、ブルーノが嫌そうな顔で睨んだ。

空いていた席は丁度ブルーノ達の座る前の席だった。

キョロキョロと見渡したが、もうその席以外はすでに埋まっていた。


――はぁ……


仕方なくそこの席に三人並んで腰を下ろすと、途端に背中越しに盛大な溜息が降ってきた。


「何?」


「……何でもない」


後ろを振り返ったディアナが問うが、ブルーノは「何でもない」と言いながら、不満を隠そうともせず口を尖らせていた。


「言いたいことがあれば言えばいい」


「何でもないと言っただろう。黙って座ってろ似非(えせ)エルフ!」


「ちょっとディアナさん。ブルーノもおやめなさい」


立ち上がったディアナをクラリッサが慌てて止めるが、同じく立ち上がったブルーノとにらみ合う。

いきなりの険悪なムードに、教室の耳目が二人に集まっていた。


「はん、似非エルフのくせにクラリッサお嬢様とちょっと仲が良いからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。田舎者のお前は案山子(かかし)と仲良くしてる方がお似合いだぜ」


「その馬鹿にする似非エルフに瞬殺されたのは誰?」


「うるせぇ、今度やったら負けねぇ!

それよりお前、全然田舎に帰ってないそうじゃねぇか。どうせ帰ったってお前みたいなつまんない奴は家族にすら相手にされないんだろうよ!」


「っ……」


「はん、だんまりなのかよ。もしかして図星だったのか!?

お前みたいな奴は誰にも相手にされず、ひとりぼっちで野垂れ死ぬのがお似合いだぜ」


唇を噛みしめて下を向いたディアナに、ブルーノはますます調子に乗ってからかった。

偶然だったが、ディアナのトラウマに触れてしまったブルーノを、クラリッサが慌てて止めようとする。


「ブルーノおやめなさい。ムキになってみっともないですわよ」


「お嬢様、このようなどこにも居場所のない者を哀れむ気持ちはわかりますが、つきあう相手はキチンと見定めた方が良いかと存じます」


「ブルーノ!」


「だってそうでしょう。二ヶ月近くある休暇に実家に帰ることもしないなんて、どう考えてもおかしいじゃありませんか?

何らかの帰れない理由があると考えるのが、もごごっ!?」


調子に乗って喋り続けるブルーノに、突然頭の上から水が襲いかかった。

原因はもちろんディアナだ。

顔を上げたディアナの瞳は、妖しく虹色の光を放っていた。

普段と違う七色の瞳は妖しく美しかったが、雰囲気がディアナと全く違った。そのままでは危険だと感じてアルマはとっさに手を伸ばしていた。


「駄目よディアナちゃん!?」


「……アルマ」


慌てたアルマが彼女の肩をつかんで止めると、ぼんやりとした表情をアルマに向けた。

いつもの翡翠色に戻った瞳に、アルマがホッと息を吐く。

しかし、生み出された大量の水によってブルーノは全身ずぶ濡れとなり、周りも水浸しとなっていた。


「この似非エルフが。よくもやりやがったな!」


立ち上がったブルーノが激高し、すぐに魔力を込め始めた。


「ブルーノ様、駄目です!」


嵐よ(シュトゥルム)!」


傍にいたエルマーが慌てて止めるが間に合わず、教室中に暴風が吹き荒れた。

彼が使ったのは風属性の中級魔法だ。


「きゃあ!」


悲鳴が交錯する中、教科書や鞄などが飛び交った。


「ディアナちゃん!?」


強力な魔法によりいまや教室中が大混乱となっているが、この魔法のターゲットはディアナだ。

彼女は最初、同じ魔法を放って相殺させようとしたが、傍にアルマがいたためにとっさに彼女を突き飛ばした。

その分魔法への対応が遅れ、暴風魔法をまともに食らってしまった。

小さなディアナの身体は木っ端のように吹き飛ばされ、そのままなすすべなく教室前方の壁に激しく打ち付けられてしまった。


「かはっ!」


全身がバラバラになったかと思うほどの衝撃を受け、肺の中の空気が強制的に吐き出されてしまう。身体が酸素を求めるが、周りから空気がなくなってしまったかのように呼吸をすることができない。

全身を打ち付けた衝撃で身体を動かすこともできず、ディアナは受け身も取れずにそのまま床に落下していく。


「ディアナさんっ!」


ディアナが床に激突する寸前、クラリッサが身体強化魔法を使って素早く落下点に入り、かろうじて受け止めることに成功した。

ディアナは暗転していく意識の中で、視界の端っこで何か叫んでるクラリッサの顔と、アルマの無事な姿を確認した直後、完全に意識を手放すのだった。

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― 新着の感想 ―
寄り子の子、頭大丈夫か? この顛末がクレア経由で辺境伯家に伝わったら、命がないと思うんだけど。
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