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親友ですもの

しばらく拮抗しているように見えた模擬戦だったが、覚え立ての身体強化魔法を使い続けるクラリッサの動きが、途中から目に見えて落ちはじめると徐々にディアナの動きに翻弄されるようになっていく。


「ああ……、クラリッサ様」


「クラリッサ様もすごく頑張っているが、それ以上に師匠がバケモノ過ぎる」


「なんであんなに動き続けられるんだ!?」


「ク、クラリッサ様、頑張れっ!」


次第に周りの学生達は、苦戦するクラリッサに声援を送り始めていた。

しかしそんな願いもむなしく、ついにクラリッサの動きが止まった。


「はぁはぁ……。こ、降参いたします」


息も絶え絶えのクラリッサが力尽きたようにその場にしゃがみ込むと、その背後から杖を構えたディアナが姿を現した。


「勝負あり。勝者ディアナ」


審判役を務めた教師が、高らかにディアナの勝利を告げる。

終わってみればディアナの圧勝だった。

疲労困憊(ひろうこんぱい)のクラリッサに対し、ディアナは多少呼吸の乱れがある程度だ。

周りからは実力伯仲に見えた模擬戦だったが、この姿を見れば二人の間に圧倒的な差があるのがわかる。むしろクラリッサの方が、よくここまで健闘したと称えるべき戦いだった。


「はぁはぁ……、もう少し、……通用すると思いましたけれど、……全然駄目でしたわ」


「そんなことはない。気を抜いていたらこっちが負けてた」


クラリッサが若干悔しそうに顔を歪めるが、ディアナは油断すれば負けていたと告白する。


「ふふふ、少しは認めていただだいたということかしら?」


「自信持っていい。あたしが人に教えたのはクレアが初めて。

だから、うまく教えられたとは思っていない。それに頑張ってついてきてくれたクレアをあたしは認めてる。ここまで成長できたのはクレアの努力の賜物。

正直いうと、あたしはクレアがここまで伸びるとは思っていなかった」


ディアナが少し照れたような表情で右手を差し出した。

いつも一緒にいるクラリッサやアルマにすら、あまりはっきりと自分の意見を言わない彼女が、素直にクラリッサを認めていた。


「ディアナさん。……ありがとう存じます!」


ディアナの手を取って立ち上がったクラリッサが、感激したようにディアナに抱きついた。


「ちょっ、クレア。また誤解される」


クラリッサからすれば、辺境伯家の令嬢でありながら魔法においては、凡庸な成績しか残せなかったことは大きなプレッシャーを感じていた。家族からは何も言われなかったものの、だからこそ感じていた重圧は想像を絶するものだった。

座学では優秀な成績を収めていたが、魔法学校で何よりも優先される能力は魔法の能力だ。

魔法で優秀な成績を上げない限り、辺境伯家に泥を塗ることになる。そうした思いから、自然と張り詰めた雰囲気をまとうようになり、三組では早くも孤立しかけていた。そんなとき、たまたま彼女が声をかけたのがディアナだった。

教室の隅に物静かに座り、人を拒絶するように皆から距離を置いていた寡黙な尖がった耳の少女。

当初はそれほど気にする存在ではなかったが、自分と同じように教室で浮いているように見えたことから、意識する存在へと変わっていくのにそれほど時間はかからなかった。

ただし話しかけたのは、彼女が身だしなみに無頓着(むとんちゃく)だったことに我慢ができなかったからだ。

その後一緒に活動するようになって魔力循環を教わった。最初はあまりの気持ち悪さに止めようと考えた。だが、何か変わるきっかけのような気がして、とりあえず続けてみることにした。

するとあれだけ苦労していた魔力の制御が、楽になっていくのが実感できた。加えて一ヶ月も経つころには、あれほど平凡だった魔力総量も目に見えて伸びてきているのが自覚できた。

それからだ。

あれほど嫌だった魔法の授業が楽しみとなり、ディアナとの訓練にますますのめり込んでいった。魔力循環ができるようになると、続けて身体強化にも取り組むようになるのは、彼女にとっては自然なことだった。


「構いません。わたくしがここまでできるようになったのは、ディアナさんのお陰ですもの。

わたくし、ディアナさんがいなければ今でも三組のままだったと思いますわ」


クラリッサは涙を浮かべ、ディアナの藍色の頭に顔をうずめながら感謝の言葉を紡いだ。


「あたしもそうだよ」


ディアナも同意するように、クラリッサの背中をポンポンと軽く叩いて感謝を表す。


「あたしもクレアやアルマと出会わなかったら、きっと誰ともかかわらずに過ごしてた。

正直最初は放っておいて欲しいって思ってたけど、こんなあたしを諦めずに友達でいてくれてありがとう。また王宮魔法師を目指そうと思えるようになったのはクレア達がいてくれたから、だよ」


「ふふふ、水くさいですわよ。わたくしたちは友達でしょ。今さら嫌だと言っても離れませんわよ」


「それにアルホフ・パフェのメンバーだもの。パーティメンバーを放っておくことなんてできないじゃない?」


いつの間に傍にきていたのだろうか。抱き合う二人のすぐ傍にアルマが立っていた。


「ア、アルマさん!?」


「アルマ、どうしてここに?」


驚いた二人が揃って声を上げるが、アルマは呆れたように口を尖らせながら溜息を零す。


「どうしてって、気づいてなかったの?

ここの訓練場は、最初一組が使ってたんだよ?

わたしから言わせれば、二組が途中から割り込んできたんじゃない!」


外の訓練場では最初一組が模擬戦をおこなっていた。だが模擬戦も一段落ついて、休憩中に二組の担当教師から使用許可の申し入れがあったのだ。そのため二組に場所を譲ったあと、一組の学生達はそのまま模擬戦を見学していたのだった。


「ごめんなさい。全然気づいていませんでしたわ」


「ん。ちょっと人が多いとは思ってた」


「だと思ったわ。手を振ったのに全然気づかないんだもん」


腰に手を当てながらアルマが苦笑する。


「でも仕方ないわね。あんなすごい模擬戦が見られたんですもの。最初は二組の模擬戦かよって馬鹿にしてた学生が多かったけど、最後の方は皆口をあんぐりと開いてたわ。

すぐにでも身体強化を必須にしなければ、って真剣な顔で話し合ってる先生もいたもん」


先ほどの模擬戦を邪道と非難するどころか、積極的に取り入れようとするあたり、さすがユンカー魔法学校というところか。


「アルマさんもあれぐらいできるでしょ?」


「わたしはあなた達みたいにずっと身体強化するのは無理だよ。意表をつくとか切り札的な使い方がせいぜいね?」


魔力循環によって魔力量が伸びているクラリッサと違い、アルマの魔力量はそれほど伸びていない。もともとアルマの魔力量は他の生徒と比べて多かったが、今ではクラリッサは彼女を上回る魔力量となっていた。


「それよりもブルーノの顔が、青くなったり赤くなったりして見物だったわよ。最後は悔しそうにしてたから、あの様子だとしばらくしたらまたディアナちゃんに勝負を挑むんじゃないかしら?」


「ん。いつでも相手になる」


そう言ってディアナが意気込みを見せると、アルマとクラリッサの二人が微笑んだ。


「ほんと、ディアナちゃん変わったわね」


「そうですわね。最初は表情が乏しくてほんとうにマネキン人形みたいでしたもの」


「あたしそんなだった?」


自分では自覚がないらしく、ディアナはこてりと首をかしげる。


「最初は、ほんっとうに会話が続かなくて困ったのよ」


「そうでしたわね。こちらがいろいろ尋ねても一言くらいしか言わないから、ほとんど会話にならなかったですもの」


「そういえばクレアと初めて会ったころ、わたしディアナちゃんの通訳みたいなことしてたし」


「初めてパフェを食べに行ったときは、確かそんな感じでしたわね」


「も、もう昔のことはいいから!」


恥ずかしそうに身を捩るディアナに、柔らかい笑顔で二人が笑いかける。


「あら昔のことだなんて」


「ほんのこの間のことなのにね?」


二人が出会ったころのディアナの思い出でからかう中、当のディアナは顔を赤らめて非常に居心地が悪そうにしていた。


「それが今では、学校中から注目されてるなんて」


「弟子として本当に鼻が高いですわ」


しみじみとそう言うと、二人は照れるディアナに優しい目を向ける。

そこにはマネキン人形と揶揄された無表情な少女ではなく、やや小柄だが年相応な表情で笑う女の子の姿があった。

第二部完結。

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