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どうやら歴史的な瞬間に立ち会ってるらしい

ビッテラウフ商会からの指名依頼を受けるようになったことで、ディアナとアルマの食事事情が劇的に改善された。


「ええぇ、受け取れないよ」


指名依頼は実質ディアナ向けのようなものだったが、報酬を辞退しようとする二人に対して、ディアナは「パーティで受けた指名依頼だから」と譲らず、報酬は必ず三等分に分けるのだった。

またこれによって、これまではなかなか難しかった貯金もできるようになり、追加の教材を購入することや、頻度は少なかったが三人で外食することもできるようになっていた。

ただし、大きな収入源がなくなった探索士協会では、ときどき顔を合わせる協会長や協会幹部から、露骨に恨みがましい視線を向けられていた。もっとも、不正をおこなったわけではなく、正式な手続きで指名依頼を受けているだけだ。そのため、罰則を科すこともできない協会長らは、歯噛みすることしかできなかった。


「気にする必要はないわ。自分達で蒔いた種だもの」


そんな彼らの姿を横目に、マヌエルは肩をすくめながら笑った。






「さぁ基礎学年もあとわずかだぞ! 昇級したい奴は気合入れろよ。降級しそうな奴も気合入れて頑張れ!」


基礎魔法の担当教員の一人が適当なことを言って、生徒からひんしゅくを買っていた。

今日の魔法の授業は、屋内の訓練場でおこなわれていた。

学生達が十人ずつ横になって並んだ先、十五メートルほどの距離に等間隔に並んだ的がある。

的は人の上半身を模したトルソーだが、表面には対魔法処理が施されているため、ちょっとやそっとの魔法ではびくともしない優れものだ。

もっとも使い捨てのようなものなので、破壊されたとしてもすぐに代わりのトルソーに入れ替えられる。

人型を模してはいるが、基本的に人に対して魔法を使うことは禁忌とされているため、魔法士になっても対人で魔法を使うことは少ない。戦争となればそうも言ってられないが、普段だとせいぜい凶悪犯を取り押さえるために使用する程度だ。

それでも魔法学校で模擬戦などがおこなわれているのは、いざ有事の際に対人戦で怖じ気づかないためというのが理由だ。


「いいか、魔法士としてやっていくつもりなら、この程度の的を破壊できないと駄目だぞ!」


先ほどとは別の教師の檄が飛ぶ。

学生達は必死に得意の魔法を放っているが、表面に焦げ跡や傷を付けるのがやっとだった。

そんな中ディアナとクラリッサの二人は、確実に的を打ち抜いていく。

とくにディアナは、得意の水魔法だけではなく他の三属性でも、水魔法と遜色ない威力を誇っていた。

入学当初は、目立たぬように振る舞っていたディアナだったが、夏にブルーノとの決闘やクラリッサらとの関係を揶揄するような噂が流れ注目を集めて以降は、実力を隠すことをあきらめたのか授業で遠慮することがなくなっていた。

クラリッサの方もディアナとの練習を続けた結果、それまで凡庸だった魔法の実力が、夏以降に急激な伸びを見せ始めた。その結果いまや二人は、二組の中でも飛び抜けた成績を収めるようになっていた。


「さすがクラリッサ様とエルフ師匠だ」


「来年は一組に昇級するのが内定してるって噂だもんな」


「一組のブルーノ様にも負けないもの」


「合同訓練だろ? あのときは無双だったもんな」


「クラリッサ様もどんどん実力を伸ばしてるわよ」


「魔力…循環だっけ? あれ続けたら俺もあんな風になれるかな?」


「悪いことは言わないからやめとけ。あれはマスターするまでが大変だ」


周りで同級生達が口々に彼女達のことを口にしていた。

その中には以前に魔力循環を試した者もいて、興味を持った同級生をたしなめていた。


「っていうか、エルフ師匠ってバケモンかよ!

なんでただの初級の攻撃魔法で、あんなに高威力になるんだ!?」


「威力もそうだけど、さっきからほとんど休みなしよ。いったいどれだけ魔力があるのかしら」


ちなみにエルフ師匠とは、もちろんディアナのことである。

誰が言い出したか不明だが、クラリッサの師匠をしていて、エルフのような特徴ある尖った耳からきたものだ。

同じ二組ながら桁外れの実力を見せつけるディアナに、クラスメイトは彼女のことを畏敬の念を込めてそう呼ぶようになっていた。


「さて、今日は実力上位四名による、模擬戦をおこなってもらう」


突然教師の一人がそう言って、学生達を屋外の訓練場へと移動させた。


「実力のある者が揃う二組だが、やはり一組と比べると数名を除いて実力不足は否めない。

これから名前を呼ぶ者以外は見学となるが、将来魔法士として活躍したいならよく見て勉強するように」


そう言うと四名の名を読み上げていく。

当然ながら、ディアナとクラリッサの二人の名も順当に呼ばれるのだった。


「模擬戦はそれぞれ二回ずつおこなってもらう。

まず序列一位と三位、序列二位と四位で戦い、勝った者同士、負けた者同士で二回戦を戦う。

それでは序列一位ディアナと三位のゲルトは前へ」


見学の学生たちの声援が響き渡る中、ディアナとゲルトの二人が訓練場に進み出た。

ディアナの対戦相手は彼女らが編入されるまでは、二組で一位を誇っていたゲルトという坊主頭の男子学生だ。

彼には忸怩(じくじ)たる思いがあったのだろう。あわよくばディアナを返り討ちにしようと意気込んでいたが、残念ながらその気持ちとは裏腹に勝負は一瞬のうちについていた。


水よ(ヴァッサー)!」


開始の合図とともに放たれた水魔法によって全身ずぶ濡れとなったゲルトが、惚けた顔をディアナに向けていた。

それは周りで見物していたクラスメイト達も同様だった。

周囲の声援が一瞬にして静まり返っていた。


「ゲルトが一瞬かよ!?」


「それも師匠の魔法、ただの生活魔法だったわよね?」


圧倒的な実力差を見せつけたディアナに、学生の中には何が起こったのか理解することもできない者も少なからずいた。

そして続く第二試合。

クラリッサの相手は序列四位の男子学生だったが、こちらも先ほどの繰り返しを見るように一瞬で勝負がついた。

その後、一戦目に敗れたゲルトとクラリッサに敗れた者との三位決定戦がおこなわれた。

一回戦で共にあっさりと負けた者同士の対戦となったが、実力伯仲の二人の戦いはこれぞ魔法士と言われる戦いとなる。派手な魔法の飛び交う模擬戦に、訓練場は大いに盛り上がりを見せた。

そして、いよいよディアナとクラリッサの決勝戦だ。

若干緊張したクラリッサが口を開く。


「実力差は承知しておりますが、遠慮はいりませんわ。

変な手加減はしないでくださいましね」


「もちろん全力でいく」


クラリッサの言葉を受けたディアナがそう言って杖を構えた。

圧倒的な実力を見せつけるように勝ち上がった者同士、ある意味予想通りとなった対決に、教師を含めた周りも固唾を飲むように見守っていた。


「はじめっ!」


緊張した教師の声が響き対戦が始まると、全く想像しない戦いが展開され、誰も口を開くことができなくなった。

二人は開始直後から身体強化を使い、お互いに背後をとろうと動き回り、周りは必死で二人の姿を追っていた。ここまで二人とも、一度も魔法を放っていない。厳密には身体強化魔法を駆使しているのだが、派手に魔法が飛び交う様を想像していた周りの者達は、前の試合とまったく違う光景に戸惑った表情を浮かべていた。


「確かにすげぇけど、……これは魔法士の戦い……なのか?」


「まるで戦士の戦いみたい」


「エルフ師匠はわかるけど、クラリッサ様までこんな戦いをするなんて……」


これまでの実力が近い魔法士同士の戦いでは、先の三位決定戦のように相手の魔法を防御しながら、攻撃魔法の応酬となるのがセオリーだった。だが目の前で繰り広げられる戦いは、まるで戦士のように身体強化魔法を使っての戦いとなっていた。もちろん戦士のように単純に腕力を強化している訳ではなく、より有利な位置をとるため、機動力を重視した動きという違いはある。

だがこれまで魔法士にとって、それほど重視されてこなかった身体強化魔法を使いこなして戦う二人の姿に、学生や教師達もいつしか息をするのを忘れ、必死で二人の姿を追っていた。


「これは近い将来、魔法士の戦い方が変わるぞ」


見守る教師の一人が思わずそう呟いていた。

長年にわたる魔法士の価値観が、一変するほどの戦い方を二人は見せていた。

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