指名依頼とランクアップ(3)
規約を諳んじるクラリッサが首をひねる様子に、満足そうに頷いたホルストが口を開いた。
「四等級になっちまえばいいんだよ」
「でも実績が足りないわよ」
呆れたようにアルマが声を上げた。それができないから話し合っていたはずだ。遅くとも来年になれば昇級することは可能だろうが、今すぐとなればさすがに難しい。
「それがあるんだ」
そう言うとホルストは、自信あり気にヒントを述べた。
「いいかい、嬢ちゃん達はこのあいだ、偶然とはいえ魔獣を討伐したんだぜ」
「あっ!」
ホルストが何を言いたいのかわかったのだろう。
クラリッサが思わずポンと手を打ちながら声を上げ、それを見たホルストはニヤリと笑みを浮かべる。
「そう、探索士の規約には個人または単独のパーティのみで魔獣討伐の実績があれば、申請すれば例外として条件付きで四等級になれるとあるんだ」
「そんなのがあるんだ」
そういえばここに来る前、マヌエラがそんなことを言っていたような気がするが、そのときは軽く聞き流していた。クラリッサはホルストの言葉で、規約の条件付きの項目に書かれていたことを思い出したらしい。
「条件というのが確か一年間の期限付きだったかしら。期限がある以外は、普通の四等級と条件は変わらなかったはずですわ。そのため条件付きでも四等級になれば、正式に指名依頼を受けることもできますし、一年の猶予があればディアナさんなら余裕で個人昇級できますわね」
「ん」
クラリッサの言葉にディアナは自信ありげに親指を立てた。
隅々まで規約を読んでいたクラリッサでさえすぐに思い出せなかった例外の条件だ。それを探索士とは関係のないホルスト達が気づいて、協会に掛け合ったのだ。この短時間の間にかなり規約を読み込んだに違いない。
「と言う訳でだ。まずは嬢ちゃん達には条件付きで四等級へと昇級してもらいたいんだ。
そして、その後あらためて嬢ちゃん達の作る回復薬を、我がビッテラウフ商会に卸す契約を交わしたい。もちろん今まで協会に卸していた以上の代金は払わせてもらう」
「……どうする?」
「……どうなさいますか?」
アルホフ・パフェへの依頼となっているが、現状安定して生産できるのがディアナしかいない以上、実質ディアナ個人への依頼のようなものだ。ホルストの提案は魅力的だが、ディアナの意向を無視して進める訳にはいかない。
アルマとクラリッサの二人は同時にディアナに問いかけた。
彼女は胸元のペンダントを服の上から握り、考えるように軽く目を瞑る。
「……受ける」
全員の視線が集まる中、目を開いたディアナがそう言って顔を上げた。
「マジで!? 大丈夫なの?」
「ちょっとディアナさん大丈夫ですの!?」
彼女の言葉に驚いた二人は思わず目を見開いた。
今でも月三十本近くの回復薬を探索士協会に納品しているが、現状ですでに飽和状態だ。学校や採取の合間を縫って、夜遅くまで調合をおこなっているくらいだ。
これ以上、物理的に調合の本数を増やせるとは思わなかった。
「……」
「に?」
ディアナは注視する皆の目の前で右手の指を二本立てた。
その意味をはかりかね全員が首をかしげる中、ホルストが間抜けな声を上げる。
「ひと月最大で二十本までにして欲しい。それ以上は無理」
「も、もちろんだ。約束する!」
予想より多く納品してもらえることに興奮したホルストが叫び、ヘルマンも安堵したように大きく息を吐いた。
「それと、できれば専売の契約を結びたい」
「!? そ、それはこちらとしては願ってもない話だが、本当にそれでいいのかい?」
「いい。このままじゃ調合しかできなくなる」
ディアナはそう言ってプイと横を向いた。
彼女のそっけない言葉と態度の意味を汲み取れなかったホルストは、両隣に座るアルマとクラリッサに視線を向けた。
二人は苦笑を浮かべて顔を見合わせると、苦い笑いを浮かべた。
「……ずいぶん頭にきてたみたいね」
「そうですわね。どんどん増えていっていたもの」
二人はあらためて現状をホルスト達に説明した。
もともと常設依頼となっていた回復薬の納品のため、本数などは特に決められていなかったのだ。
当初五本程度の納品でよかった回復薬も、回復薬の評判が広まるにつれて、八本、十二本と本数が増えていく。本数が増えるたびにマヌエラは申し訳ないと謝ってくれたが、彼女も協会長から言われて仕方がなかったようだ。
その後も注文数は増え続け、先日にはついに月二十八本となっていた。
さすがにその量をディアナ一人では難しく、アルマも手伝っていたが先に書いた通り、彼女は二割程度の確率でしかディアナと同等の回復薬は作れない。そのため結局はディアナ一人に負担が掛かっていたのだ。
二十本を超えたあたりで「これが最後だから」とマヌエラから言われて、渋々了承したものの、結局その約束も反故にされていく。
それだけ彼女の作る回復薬の評判が高いということなのだが、薬師として仕事をしている訳でもなく、ただの魔法学校生でしかない彼女の負担は相当高くなっていたのだ。
何も言わずに黙々と作業していたディアナだったが、相当ストレスを抱えていたのだろう。
「それはちょっと酷い話ですね。たしかに協会の気持ちもわからなくはないですが……」
「あれほどの回復薬を作れるんだ。卸すたびに即売となりゃ、注文数が増えるのも無理もない。
ディアナの嬢ちゃんが学生でなけりゃ、引く手数多の人気の薬師になってたろうよ」
説明を聞いたヘルマンが目を見開いて、同情するようにディアナに視線を向け、ホルストも商売人として協会の対応もわかると頷いた。
「安心してくれ。これでも商売人の端くれとして、俺は協会のような真似はしない。商売人は信用が大事だからな」
「わかった」
ディアナは立ち上がると、右手を差し出した。
「もし何らかの変更が必要になったら事前に話し合うようにするぜ。
嬢ちゃん達が納得しない限り勝手に変更はしないし、変更した際も必ず契約書を書き直すぜ」
ホルストも立ち上がりディアナと握手を交わす。
「よろしくお願いしますわね。万が一ディアナさんを困らせるようなことがあれば、わたくしが黙っていませんわよ」
「も、もちろんこの街に住む者として、辺境伯家に楯突くつもりはありません。しっかりディアナの嬢ちゃんを守って見せます」
ホルストは事前に三人のことを調べたと言っていた。当然クラリッサのことを調べれば、彼女の正体にもいきつくだろう。
緊張した表情を浮かべたホルストは、恐縮するようにクラリッサと握手を交わした。
「ディアナちゃんに負けないようにわたしも頑張って調合しますね。
ディアナちゃんの負担が大きいから、せめて三本に一本は調合できるようにならないと」
「そこまでの品質がいかなくても、ある程度の品質があれば一緒に高値で買い取らせてもらうぜ。協会に卸すよりもな」
アルマの作る回復薬もディアナのそれと比べて劣っているだけで、市販の物と比べれば品質は高い方だ。ホルストはアルマの作る回復薬も引き取ると請け負い、アルマと笑顔で握手を交わすのだった。
その後、ビッテラウフ商会から彼女達の作る回復薬が売り出されると、新しい処方の仕方と合わせて瞬く間に評判となり、ラベルに描かれたイラストから「エルフ印の回復薬」として人気商品となるのだった。
あまりの人気に品薄状態が続いたが、ホルストはディアナとの月二十本の約束を守り、販売数増加の要求をはねのけ続けた。
一方で、それまで回復薬を独占していた探索士協会は、優良な収入減を失ってしまい歯噛みして悔しがった。
「せめて十本、いや五本だけでも卸してくれないか?」
正式に独占契約をビッテラウフ商会と結んだことを知った協会長は、そう言うと腰を低くして三人に懇願してきた。
「あたし達の作る薬の販売権は、ビッテラウフ商会が持ってる。欲しければビッテラウフ商会に言って」
しかし、ディアナは協会長がどれほど頼もうとも、素っ気なくそう言って頑として首を振ることはなかった。
マヌエラはディアナが協会長の頼みを頑なに拒んだことを知ると、残念がるどころかむしろホッとしたように息を吐いた。
「今まで学生だと甘く見て散々無茶を通していたもの、ちょっとはいい薬になったんじゃないかしら」
話を聞くとどうやら協会長という権限を使い、かなり前からディアナ以外にも無理を押しつけていたらしい。
「探索士協会の会長なのに商売っ気を出して、探索士から搾り取っているんだもの。罰があたったのよ。
それよりホルストさんだっけ? キチンとあなた達を守ってくれるいい商売人だわ。大事にしなさい」
「わかった。ありがとう」
マヌエラは協会長の愚痴を零した後、ディアナ達が指名依頼を受けられたことを心から喜んでくれた。
「今日からあなた達アルホフ・パフェは正式に四等級パーティよ」
そう言って、カウンターにトレーに乗った新しい認識票を並べた。
認識票自体はこれまでと同じ物だが、パーティ欄のところの「期限付き」という文字と日付が消え、シンプルに四等級とだけ刻印されていた。
三人はそれぞれの名前が刻印された認識票を手に取ると、嬉しそうに首にかけた。
条件付きで四等級に昇級していたアルホフ・パフェは、この日ビッテラウフ商会からの指名依頼を受けて、正式に四等級へと昇級した。