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指名依頼とランクアップ(2)

「お待たせいたしました」


ヘルマンがそう言って、店主らしき男を伴って入ってくると、三人は思わず叫んでしまった。


「ホ、ホルストさん!!!」


ヘルマンと共に現れたのは、先日魔獣に襲われていたところを救ったホルストだったのだ。


「やぁ」


爽やかに挨拶をしたホルストは、ヘルマンと共にディアナらの向かいに腰を下ろした。


「ビッテラウフ商会って、ホルストさんのお店だったんですか?」


「おや、代表は()()名乗らなかったようですね?」


ヘルマンがそう言って軽くホルストを睨むと、ホルストは軽く咳払いをして口笛を吹いて誤魔化した。

わざと名乗らなかったのか、単に名乗り忘れたのかわからないが、ヘルマンが「また」と呆れるほどだ。よくあることなのだろう。ヘルマンは軽く溜息を吐くと、改めて自己紹介をおこなう。


「代表が失礼しました。こちら、少々チャラく見えますが、こう見えてビッテラウフ商会のれっきとした代表のホルストでございます。そしてわたしは大番頭のヘルマンと申します。

以後、お見知りおきをお願いいたします。そしてお礼が遅くなりましたが、先日代表をお助けいただきありがとうございます」


「ちょっと待て、俺の紹介が雑じゃないか?」


「これでも丁寧に紹介したつもりですが、何か問題でも?」


「いやいや、俺は代表だぞ。人に紹介するときはもっと丁寧に説明すべきだろう?」


「一応代表の自覚はあるようで安心しました。普段からそうしていただけるなら、私も今後は善処いたします」


ディアナ達は、突然始まった二人の掛け合いに呆気にとられていたが、二人の気安いやりとりを見る限り、普段からこんな感じなのだろう。ホルストも若いが、ヘルマンも大番頭にしては四〇代前半とかなり若い。ビッテラウフ商会は、元々はホルストの両親が興した店だったらしいが、数年前に両親を事故で失ったらしい。その後二人で苦労しながら、ここまで成長させてきたのだという。

親友のような二人の気安いやりとりに、お互いの厚い信頼が見て取れた。


「俺からも改めてお礼を言わせてくれ。あのとき嬢ちゃん達がいなかったら、本当に危なかったよ。約束した通り、今度改めて食事に招待させてもらうよ」


「ん、楽しみに待ってる」


ディアナはそう言って親指を立てた。


「ところで、わたくし達に指名依頼をおこないたいとのことですけれど」


なかなか話が進んでいかないため、軽く咳払いをしたクラリッサが強引に本題に戻した。


「おっとそうだった、そうだった」


苦笑を浮かべたホルストが、座り直して改めて三人に向き直った。隣のヘルマンも表情を引き締めて背筋を伸ばして座り直している。


「探索士協会に依頼に行った際に聞いたんだが、嬢ちゃん達は魔法学校の学生さんでありながら、キチンと探索士としても活動してるんだってね?」


ホルストが感心したように口にした。おそらくマヌエラあたりから聞いたのだろう。

学生で小遣い稼ぎのために探索士に登録している者は多いが、そのほとんどが初等級から五等級までだ。彼女らのように、四等級に手が届きそうなほど活動している者は、ほとんどいなかった。


「探索士でありながら、薬師(くすし)顔負けの品質の魔法薬を作れるなんて、改めて考えてもすごいことだよ」


「私もホルストから、魔獣に襲われたと聞いたときはさすがに血の気が引きましたよ。

そして代表の窮地を救ったのが、学生であるあなた方だと聞いて驚きました。しかもホルストの傷を治したのがうちの回復薬ではなくて、あなた方が調合した薬だと聞いて二度驚きました。

さらに世に知られていない処方の仕方まであったとは」


そこで言葉を切るとヘルマンはお茶で口を湿らせた。そしてやや緊張した面持ちで顔を上げた。


「そこでひとつお願いがあるのですが?」


「何でしょう?」


「できればでいいのですが、その回復薬を私に見せていただけないでしょうか?」


何事かと緊張したアルマの問いかけに対し、彼女が思わず拍子抜けするほどヘルマンは相好を崩して笑顔を見せた。


「ん」


アルマがディアナに確認するように視線を移すと、彼女は迷うそぶりも見せずに鞄の中から回復薬をひとつ取りだしてテーブルの上に置いた。

あまりに無造作に置いたからだろう。ヘルマンは逆に戸惑ったようにディアナを見た。


「い、いいのですか?」


「ん。問題ない」


ディアナがそう言って頷くと、ヘルマンは懐から白手袋を取り出して身に付け、おずおずと回復薬を手に取った。


「ほほう、これが!?」


見た目は普通の回復薬と変わらない。

ヘルマンは回復薬を光にかざしたりしながら、丁寧な手つきでボトルを確認していた。


「代金はお払いします。開けてもいいですか?」


「ん。別にいい」


ディアナが頷くと早速封を切ってキャップを外す。そして匂いを嗅いだり、小指の先に取って舐めたりと確認をおこなっていく。

やがてお仕着せのポケットから、小刀を取り出すとおもむろに自分の掌に軽く突き立てた。


「えっ!」


驚くディアナ達の目の前で、ポタポタと滴る血が床に敷かれた絨毯に染みを作っていく。

ヘルマンは油汗を流しながら彼女らに「大丈夫です」と笑顔を向け、回復薬を傷口に数滴垂らした。それからボトルに口を付けて一口口に含んだ。その途端、強烈なえぐみにさすがに顔をしかめる。

しかし、しばらくすると傷口がシュワシュワと泡立ちはじめ、うっすらと湯気のような煙のようなものが立ち上る。ポタポタと滴っていた出血が止まり、傷口には肉が盛り上がり始めた。そして、数分も経たないうちに傷口は完全に塞がっていた。


「どうだ?」


傷が完全に治ると、それまで隣で黙って見ていたホルストが、何故か自慢げな様子でヘルマンに問いかけた。


「今までいろいろな回復薬を見てきましたが、ここまで濃厚な味は知りません。より正確を期すなら、ちゃんと鑑定をおこなった方が良いのでしょうが、あいにく今日は鑑定の用意ができておりません。

ですが、これほど短時間で傷が塞がったのです。代表が仰ったように最高品質に勝るとも劣らない品質といえるでしょう」


「そうだろう、そうだろう」


手放しで褒めるヘルマンを、我がことのように嬉しそうなホルストが大きく頷いて見せた。

そして表情を引き締めて商売人の顔になると、ヘルマンに問いかける。


「それでどうする?」


「そうですね。代表の仰るとおり契約しても構わないかと」


それを聞いたホルストは、大きく頷くとディアナ達に向き直った。


「さてと、うちの大番頭の了解も取れたことだし商談の話をしたい」


ホルストのその言葉に、三人は思わず姿勢を正した。


「ほんの十年ほど前までは探索士の特典目当てで旅商人達がこぞって探索士に登録し、旅費を浮かせた上に、質の悪い魔法薬を平気で流通させていた時代だったんだ。

正直言うと、嬢ちゃん達以外の探索士には、俺はいまだにいい印象を持っちゃいねぇ」


言葉遣いは悪いがホルストは根が正直なのだろう。

探索士である彼女らを前にして、探索士に対する不信感を隠そうともしなかった。


「……ぶっちゃけましたねぇ。確かにあの当時は、魔法薬協会でも経費削減のため探索士登録を普通に勧めてましたからねぇ。……まったくひどい時代でしたよ」


ホルストの言葉を聞いたヘルマンも遠い目をしながら、かつて誰もがこぞって探索士に登録していた時代を振り返った。


「俺は嬢ちゃん達に命を救われたからという恩だけで、指名依頼を出したりはしない。だがこれほどの品質の回復薬を見ちまったら話は別だ。ぜひ俺の店で取り扱わせて欲しいと思っている。

もちろん商売人としては、取引先となるかも知れない嬢ちゃん達の調査もさせてもらった。

とっくの昔に指名依頼を受けてると思ってたんだが、魔獣を狩れる腕と高品質の回復薬を作り上げる能力がありながら、驚いたことにまさか五等級だったとはな?」


「そうですわね。最近ではそのせいで口の悪い探索士からは、等級詐欺なんてことも言われていますわ」


探索士協会で最近言われるようになった冗談を口にし、クラリッサは苦笑を浮かべる。

探索士において五等級は、魔獣に遭遇した場合を除いて、討伐をおこなうことは禁じられていた。その大きな理由は、採取専門として活動している者が多いこと。また装備や経験が足りず、基本的な戦闘力が低いことが大きな理由だ。

実際魔獣と遭遇した五等級の探索士のうち、実に八割近くの者が命を落とすと言われていた。その比率は四等級になれば三割にまで下がるのだ。五等級と四等級の間には、等級以上にそれほどの大きな差があるのも事実だった。


「ははは、確かにな。何も言わずにあれだけ連携が取れるなら、三等級と言ったって通用するぜ」


実際に戦う姿を目撃したホルストは、笑いながらも彼女らの実力を否定しなかった。それどころか三等級でも通用すると太鼓判を押す。


「さすがに見た目で信用されない」


成長の早いアルマならともかく、ディアナは女性のような丸みや膨らみはまだ皆無だ。それどころか彼女は、どこに行っても十歳にも満たない子供としか見られなかった。

今までもそうだったように、見た目で実力を低く見積もられるのが確実だった。


「そのせいでディアナさんは見た目詐欺なんてことも言われてますしね。

確かにわたくし達は見た目で損をしてますわ。逆に言えば、そのおかげで相手は油断しますけれど」


「いつか全員シメる」


「むぅ」とディアナが口を一文字に結ぶが、やはり見た目のせいか幼い女の子が拗ねてるようにしか見えない。応接室が微笑ましい空気に包まれる。


「さて、話が逸れてしまっていますね」


微妙な空気の流れる中、気を利かせたヘルマンが話の軌道を修正し、苦笑したホルストが説明のため口を開いた。


「おっとそうだな。えっと、五等級といっても指名依頼を受けられないわけじゃなく、特例があることは知ってるよな?」


「確か双方が納得し契約を書面で締結した場合でしたかしら。

でも成人に限られていましたから、そもそもわたくし達は除外されていたはずですわ」


探索士の規約を諳んじているクラリッサが、確認するように口にした。


「ああその通り。未成年を対象外としてるのは、あくどい大人から搾取されるのを防ぐ意味もあるんだ。だから未成年でまだまだ未熟な五等級以下だと契約を結ぶことはできない。だけどこれにも例外があるのは知ってるか?」


「例外ですか?」


クラリッサが首をかしげて考える仕草をするが、覚えがないらしくすぐに首を振るのだった。

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