指名依頼とランクアップ(1)
ホルストを助けてから、次の学校が休みの日。
探索士協会へ行った三人に、マヌエラが声をかけてきた。
「あなたたち、ちょっとこっちに来てもらえるかしら?」
笑顔を浮かべているが、妙に有無を言わせぬ圧力があり、三人は顔を見合わせた後、マヌエラの待つ受付カウンターへと向かった。
「この間の魔獣のこと?」
「違うわ。あなた達に指名依頼が入ってるのよ」
「指名依頼ですって?」
それを聞いた途端、クラリッサが喜色を浮かべてカウンターに乗り出した。
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
「あら、わたくしったら申し訳ありません」
マヌエラに指摘されると、クラリッサは頬を赤く染めながら体勢を戻す。しかし碧眼を輝かせたままで、珍しくそわそわと落ち着きがなかった。
「それで、指名依頼って?」
その後、応接室の一室へと案内された三人は、ソファに腰を下ろすと改めてマヌエラに問いかけた。
ソファはディアナ達三人が並んで座れるほどのゆったりした三人掛けで、テーブルを挟んでその正面に一人掛け用ソファが二脚あり、マヌエラはその一つに腰を下ろしていた。
「あなた達、ビッテラウフ商会って知ってる?」
「バッテラ?」
「違うわ、ビッテラウフ商会よ。ビッテラウフ商会は、ここ最近ヴィンデルシュタットで有名になり始めた商会なの」
この街についてそれほど知らないディアナとアルマの二人は、クラリッサに目を向けた。その視線に釣られるように、マヌエラもクラリッサに視線を移す。
「うーん、確か東の大通り沿いにあるお店でしたかしら?
でもわたくしも詳しくは知りませんわね」
クラリッサは虚空を見つめ、何とか記憶からビッテラウフ商会の名を引き出したが、屋号以外はよく知らないようだった。
「そうね、東のベッカー通りにあるお店よ。わたしもよく知らないんだけど、魔法薬を中心にいろいろ扱ってるお店みたいね」
「それでそのお店が、なんでわたし達に指名依頼してくるの?」
「そうですわね。それに指名依頼って確か四等級パーティ以上じゃないと受けることができなかったはずですわよね?」
アルマとクラリッサは、つながりのないところからの指名依頼に、不信感を覚えたように身構えるのだった。
「きっと、あなた達の卸す回復薬のせいだと思うわ」
「えっ、回復薬で何かあったの?」
アルマは卸した回復薬で何かトラブルになったのかと顔を青ざめさせたが、マヌエラはそんな彼女を落ち着かせると静かに説明をおこなった。
「あなた達は知らないと思うけど、あなた達が毎回卸してくれる魔法薬は効き目が高くて、とっても評判になってるのよ。それこそその噂を聞きつけて、色々なところから協会に問い合わせが入ってきているほどなのよ。
だからどこかの魔法薬屋さんが、いち早く指名依頼で専属契約を持ちかけてきたとしても不思議じゃないわ」
彼女達が考えている以上にディアナの回復薬が、魔法薬を取り扱う関係者の間で評判となっていたようだ。ここ最近、彼女達が卸す回復薬の買い取り価格が上昇していたが、どうやらそのことと関係があったようだ。
「だから納品量が増えてる?」
「そうなの。あなたの作る回復薬が大人気で、ここ最近は入荷を通知すると即日完売してしまうほどなのよ」
そう言うマヌエラの顔は、とても嬉しそうだった。
このところ納入する量が増えている理由を知ることができ、ディアナはなるほどと手を打った。
探索士協会から常設依頼として求められている回復薬の品質は、本来学生が片手間で作成できるような品質ではなかった。だが、ディアナはその基準を遥かに超える高品質の回復薬を作成し、しかも安定して納品し続けていたのだ。その品質は、彼女と同じように幼いころから調合してきたアルマでさえ、五本に一本ほどしかディアナの作る品質に達しないほどなのだ。
そのため調合の負担はディアナに集中することになり、このところ彼女はノルマをこなすため、寄宿舎で夜遅くまで調合することが増えていた。
「先日その商会の代表の方がお見えになって、あなた達に依頼したいって言ってきたの。
もちろん探索士個人のことを明かすことはできないし、そもそも四等級以上じゃないと指名依頼を受けることができないじゃない?」
「そうですわね、ディアナさんがもうすぐ昇格しそうですけど、まだ個人としてもパーティとしても五等級ですものね」
「そうなの。それに未成年だってことも説明したんだけど、この間魔獣を討伐したことを知ってるみたいで『魔獣を狩れる実力があるなら例外が認められるはずだ!』って聞かないのよ」
眉根を寄せたマヌエラがそう言うとひとつため息をつく。
実際その商会代表と協会長との会談に同席していた彼女は、協会長相手に一歩も引かず、それどころか正論を並べて正面突破で、自分の要求を通そうとする強かな商人の姿を見ていた。
「それで仕方ないのでひとつ条件を出したの」
「条件?」
「そうなの。最終的にあなた達と面談をおこなって、あなた達が了承したならということになったの。
本当にごめんなさい。あなた達を守るどころか判断をゆだねることになってしまって。本当に協会長ったら口下手なんだから。協会が探索士を守れないなんてありえないわ」
最後は協会長への愚痴となってしまったが、マヌエラが彼女たちを守ろうとしてくれていることは十分に伝わった。
「どうします?」
「会ってみるだけならいいんじゃない?」
「ん」
という訳で、三人はビッテラウフ商会へと向かうことになったのである。
「条件的には、多分協会に卸すよりはずいぶん良くなるはずよ。だけど相手のことが気に入らなければ、後のことは気にせず断ってくれていいからね」
「わかったわ」
協会の出入口まで見送りに出てくれたマヌエラは、最後まで彼女らを気にかけてくれていた。
「さて、ここね?」
ディアナが初めて訪れた街の東にあるベッカー通りは、市場などが建ち並ぶ活気溢れる通りで、厨房や台所を預かる者の姿が目立っていた。
学校のある中央は省庁が多く平民や貴族が混在するエリアとなっていて、探索士協会のある南は貴族の姿はほとんど見えず、探索士相手の屋台や安宿などが立ち並んだ雑多な通りとなっている。
学校帰りにいつものカフェがある西のアルホフ通りは洒落たお店が多く、こちらは平民、貴族問わず若者で溢れた街だ。
一方、北はビンデバルト家に仕える貴族達の暮らす貴族街となっていて、使用人以外の平民の姿はほとんど見ることはできなかった。
この国ではある程度の規模になると、街の配置は大体一緒だ。そのため初めて訪れる街であっても迷うことは少ないのだという。
ディアナ達三人もベッカー通りに入ると、数人に道を尋ねただけで目的のビッテラウフ商会を見つけることができた。
「たの……」
「ちょっと待って!」
ディアナがいつものように扉を開いて一歩足を踏み入れようとした瞬間、アルマとクラリッサが、すばやくディアナの首根っこを捕まえて大通りへと引き戻した。
「ディアナさん、ここではそれは必要ありませんわ」
「そうね、ディアナちゃんとりあえず普通に入りましょ」
「む」
重厚な造りの商店が並ぶ通りで、いつものディアナの挨拶は不自然すぎる。場合によっては問答無用で叩き出されてしまうかも知れない。
一瞬不満そうに唇を尖らせたディアナだったが、二人に諭されると渋々だったが納得した様子で、二人の後ろから大人しく店に入っていった。
「いらっしゃいませ」
「探索士協会から来ました。指名依頼の件で確認したいことがあるのですが、店主はいらっしゃいますか?」
対応に声をかけてきた使用人にアルマが簡単に説明をおこなった。
「少々お待ちくださいませ」
教育が行き届いているのだろう。使用人は年若い彼女らを侮った様子は見せず、すぐ番頭らしき隙のない身なりをした男に確認に向かった。
番頭はディアナらを一瞥すると、笑顔を浮かべて近づいてくる。
「お待ちしておりました。アルホフ・パフェのお三方ですね?
こちらへどうぞ」
ヘルマンと名乗った番頭は、優雅な仕草で三人を奥の応接室へと案内していく。
「店主を呼んでまいりますので、少々お待ちくださいませ」
三人の前にお茶を用意したヘルマンは、一礼するとお部屋を出て行った。
緊張の面持ちでお茶に口をつけたアルマは、軽く息を吐くとお部屋を見回し始めた。
「従業員も多かったし、このお部屋の調度も高そうな物ばかりね」
「商談をおこなったりするお部屋ですもの、下に見られたりしないためにも高価な物を揃えているんじゃないかしら?
それに従業員の教育もキチンとしてるようですし、ちゃんとした商売をしてるようですわね」
「教育?」
「ほら、明らかに駆け出しの探索士のわたくし達を見ても、ちゃんと応対してくれたでしょう?
ああいった態度をとれるのは、使用人にちゃんとした教育がされている証拠ですわ。わたくしの家でもそうですけれど、教育ができていない使用人は人前に出せませんもの」
「へぇ、そうなんだ」
客に失礼があってからでは店の評判に関わるため、ある程度の規模のお店になると使用人への教育はキチンとおこなわれるのだという。それは辺境伯家や他の貴族でもそれほど変わりないのだと言う。
そういう意味ではビッテラウフ商会は、教育が行き届いたちゃんとした店なのだろう。
クラリッサの説明に、二人とも感心したように頷くのだった。