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ホルストとの出会い

「ありがとう。お陰で助かったよ」


ホルストと名乗った男は、そう言って三人に感謝を示した。

三十代になったばかりだという彼は、ヴィンデルシュタットで魔法薬全般を扱う商人なんだという。痩身で背が高く、赤い癖毛の頭をクシャクシャにしながら、彼は頭を掻いていた。


「親父から店を引き継いだばかりだが、こんなちっちゃな頃から親父にくっついていろんな薬を見てきたんだ。これでも目利きには自信あるんだぜ。

それこそよくできた紛い物から高品質の物まで、ありとあらゆる薬を見てきたからな」


年若いため駆け出しに見られることが多いそうだが、幼い頃より数多くの魔法薬と接してきたため、目利きに関しては自信を持っているようだった。


「身体はどう?」


「ああ、嬢ちゃん達の魔法薬のお陰で助かったよ」


「それならよかったわ。だけど傷が塞がるまでもう少しかかりそうね。血もいっぱい流れたでしょうからもうしばらく安静にしていてくださいね。その間わたし達も休憩にしましょう。わたし荷物取ってくるわ」


ホルストの脇腹の傷口を確認したアルマは、そう言うと森の外れに置きっ放しにしていた昼食や素材の入ったバスケットを取りに戻っていった。


「そういえばお昼まだでしたわね」


「ん。お腹ペコペコ」


「だけど、その前に散乱した荷物をまとめてしまいましょう」


アルマの言葉に二人ともお昼を取っていなかったことを思い出した。

クラリッサとディアナは、二人でホルストの代わりに散乱した彼の荷物を集め始めた。






「俺もいただいちまっていいのかい? 嬢ちゃん達のお昼御飯なんだろう?」


十五分後、四人は車座になってサンドイッチをつまんでいた。


「仕方ないわよ。魔獣に荒らされちゃって、ホルストさんの荷物はほとんどダメになっちゃってたもの」


恐縮するホルストにアルマが「困ったときはお互い様」だと笑った。

ホルストの荷馬車は魔獣に荒らされてしまい、街道の脇の小川にひっくり返るように転落していた。引いていた馬は真っ先に魔獣に襲われたらしく、同じく街道脇に遺体となって無残な姿で横たわっていた。

襲われて時間が経ちながらもホルストが助かったのは、魔獣がまず馬を襲ったからだ。

彼は馬車と共に御者台から投げ出されて、しばらく気を失っていたそうだが、どうやらその間、魔獣は馬に夢中になっていたお陰で命拾いをしたようだ。

横転した影響でほとんどの素材が駄目になってしまい、食料も含めて無事なものはほんの少ししか残っていなかった。

そのため彼女らのお弁当を四人で分けることにしたのだ。

その際にディアナは最後まで未練がましくサンドイッチを見つめていたが、ホルストがお礼に食事に招待すると言った途端、機嫌良く分けたのだった。


「ところでさっきの回復薬だが、あれは嬢ちゃん達が調合したのかい?」


「そうね。わたしも調合できるけど、さっき使ったのは確かディアナちゃんが調合したものね」


「合わなかった?」


「いやいやとんでもない。その逆だよ!

いろいろな回復薬を見てきたが、今までで一番の効き目だ。それこそ最高級の回復薬並みだぜ。それを魔法学校生の学生が作ったなんて今でも信じらんねぇよ!」


ホルストは興奮したように、唾を飛ばしながらまくし立てた。

その勢いに三人が若干引いてしまうほどだった。


「学生で探索士をやってる奴は結構いるが、小遣い稼ぎが目的だから採取も適当で、せっかく採取した素材も調合に使えないことが多いんだ。

それに学生でこのあたりまで採取に来る奴なんてほとんどいないはずだ。ましてや魔獣まで狩っちまうなんて聞いたことねぇや」


ホルストは彼女らの特異性に興味を覚えた様子だった。

今回直接魔獣を狩ったのはディアナだが、三人とも特に打ち合わせもせずに役割分担ができていた。そんなことは学生だけのパーティではありえないことだ。ある程度経験を積んだ中堅パーティだとしても、それこそ討伐専門のパーティでない限り難しい。


「それに嬢ちゃん達がくれた回復薬だが、さっきも言ったが普段俺が売ってる物より効き目がたけぇんだ。普通学生が調合した薬は、言葉は悪いが採取と同じで品質は二の次なんだ。だから最低限の品質がほとんどで、その分安く流通してるんだが、そんな薬は金のない駆け出しの探索士くらいしか買わねぇんだよ。

身をもって経験したから分かるんだが、嬢ちゃんらが作る薬は結構な値で買い取られてるんじゃねぇか?」


「そうですわね。こちらの二人は入学当初本当に生活が苦しかったのですけれど、その毎日の食事の献立が改善するくらいの金額で取引されていますわ」


クラリッサが二人を示しながら、およその卸価格や小売価格をホルストに説明した。


「だろうな。普段俺が売ってる回復薬じゃ、あの傷は塞がらなかったんだ。

あのまま誰も助けにこなけりゃ魔獣にやられるか、助かったとしても出血で行き倒れてたはずだ」


「確かに回復薬を傷口にかけたとき、ジュワジュワってなって煙みたいなのが上がったからビックリしちゃった。今まであんな風になったことがなかったから、一瞬わたし薬間違えたのかと思ったもん」


実際に回復薬を使ったアルマが、思い出したように当時の状況を説明する。

何度か回復薬を使ったことがあるが、今までであそこまで劇的な反応などはなかったのだという。しかも急激な治癒効果で、ホルストが耐えきれずに失神してしまったため、内心では焦っていたのだと笑う。


「内からと外からで効き目が増した。傷にかけるだけじゃあそこまではいかない」


「え、どういうこと?」


ディアナの説明に三人が目を白黒させると、その反応を見たディアナが逆に目を丸くした。


「もしかして他では怪我のとき、回復薬飲まない?」


首をかしげたディアナが問うと、三人とも顔を見合わせたあと頷く。


「ディアナさんのところでは、怪我にも回復薬を飲んでたってことですの?」


「そう」


クラリッサが確認すると、ディアナは当然だとばかりに首肯した。


「んー、つまりあれかい。回復薬を飲んでたことで治癒の効果が増したってことかい?」


「ん」


「……俺が知らないだけかも知れねぇが、そんな治療の仕方聞いたことねぇぞ」


長く魔法薬に携わってきたホルストでさえ、信じられない様子で呆然と呟いた。


「そう? あたしの村では普通だった」


ディアナが言うには、昔からボンノ村では酷い外傷の場合はそうやって処方していたのだと言った。


「へぇそうなんだ」


アルマが感心したような声を上げる。

比較的出身地が近い彼女でも知らないということは、かなり狭い範囲でしか使われていない特殊な方法なのだろう。


「ま、確かに実際に試したから信じるが、そうじゃなけりゃとても信じらんねぇや」


感心したようにホルストが腕を組む。

回復薬自体は服用してもよいし、ちょっとした外傷にはすり込むようにして使ったりもする。

だが風邪や腹痛のときと違って、普通は外傷には直接かけるのが当たり前として広く浸透しており、服用するということはまず考えられなかった。

今回ホルストが服用したのは、意識が混濁していた所にディアナが「飲んで」と言ったからで全くの偶然だ。普段だったら迷わず傷口にかけていたに違いない。


その後、ホルストの回復を待って四人はヴィンデルシュタットへ戻ると、街の入口を守る衛兵に、魔獣討伐の報告をおこなって魔獣の遺体を引き渡した。


「ありがとう。本当に助かったよ」


「お礼、楽しみにしてる」


「ああ、期待していてくれ」


笑顔のホルストと別れ、三人は探索士協会に戻って依頼達成と魔獣の報告をおこなった。


「何だか疲れたわね」


「そうですわね。でも採取はできましたし、何より人助けができましたもの。それも探索士としての立派な務めですわよ」


クラリッサは疲れた顔を浮かべながらも、幼いころから憧れていた探索士らしい活動をまたひとつ叶えることができたと、充実した笑顔を浮かべていた。


「でも討伐できたのはたまたま。危なかったのは確か、あたし一人じゃホルストも救えなかった」


「そうよねえ。ディアナちゃんの回復薬がなければやばかったわよね。それに討伐もできなかったんじゃないかしら?」


「二人がいたからなんとか討伐できた。個人ではまだまだ駆け出し」


クラリッサの気分に水を差すように、ディアナとアルマが冷静に自分達の実力を分析し始めると、彼女は見るからに不機嫌になって唇を尖らせた。


「それはそうですけれど、せっかくなんですから今日ぐらいは余韻に浸らせてくださいませ!」


探索士協会から続く通りに、クラリッサの声が響き渡るのだった。

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