アルホフ・パフェ 対 魔獣(イタチ)
――シャアッ!
魔獣が威嚇の声を上げる。
途中まではディアナを狙うそぶりを見せるが、突然彼女を避けるようにして、商人へと向かいはじめた。ディアナは身体強化を駆使して、商人と魔獣の間になんとか身体を割り込ませて商人を必死に守る。
その際に反撃を試みるもののディアナを警戒している魔獣は、彼女に攻撃を防がれるとすぐに距離を取るため、彼女の攻撃はどうしても魔獣に届かなかった。
彼女は焦れそうになる気持ちを必死で抑えつつ、魔獣の動きに集中し続けていた。
「ちっ!」
しばらく拮抗した攻防をおこなっていたが、討伐の経験のないディアナが魔獣のフェイントに簡単に引っかかってしまった。
魔獣がディアナの脇をすり抜け、商人へと迫っていく。
「ひっ!」
身体強化を使っているにもかかわらず、身体の動きが妙にゆっくりに感じられた。
それでいて視覚は研ぎ澄まされていて、魔獣の動きや商人の恐怖にゆがんだ顔が、はっきりと見えていた。
「風の飛刃!」
ディアナは苦し紛れに風魔法を放つが、射線に商人がいたため牽制にしかならず、魔獣の動きを止めることができなかった。
――ガアッ!
魔獣が雄叫びと共に、飛び上がるように商人に躍りかかった。
ディアナは再び風魔法を放とうとするが、魔獣と商人と重なっていたため魔法を諦め、全力で魔獣を追いかけた。
『ダメっ、間に合わないっ!』
ディアナは全力で追いかけるものの、このままでは魔獣の方が先に商人へと到達してしまう。
彼女の表情は絶望感に包まれていた。
「水の飛刃!」
魔獣の牙が商人に届く寸前、横合いから飛んできた水魔法によって、魔獣は弾かれたように傍の草むらへと飛ばされた。
驚いたディアナが魔法が飛んできた方向を見ると、杖を構えたクラリッサと駆け寄ってくるアルマの姿が見えた。
「まったくディアナちゃんは、勝手に突っ走っちゃうんだもん。もう少しパーティメンバーを信用してよ!」
アルマはディアナに悪態を吐きながらも商人へと駆け寄ると、すぐに状態を確認し始めていた。
「その方はわたくし達に任せなさい。ディアナさんは魔獣をお願いしますわ」
クラリッサも商人の傍へと急ぎながら叫んだ。
アルマは自分の回復薬を取り出すと、商人の傷口に直接かけていた。
「ぐぁっ!」
回復薬が沁みたのか、激しいうめき声を上げた商人は、痛みに耐えきれずにそのまま失神してしまった。
「な、なにこれ!?」
驚いた様子のアルマに、クラリッサも何事かと商人を覗き込む。
傷口がシュワシュワと泡立ち、薄っすらと湯気のようなものも立ち上っていた。
慌てたアルマが回復薬を確認するが、特に変わったところは見当たらない普通の回復薬だった。
だが開いたままだった商人の傷口が、彼女達の目の前でみるみる塞がりはじめていた。このまま安静にしていれば、ある程度は傷が塞がりそうだ。
アルマとクラリッサは頷きあうと、立ち上がって商人を守るように油断なく杖を構える。
「……ごめん」
ディアナは二人の傍に行くと、独断専行したことを素直に謝る。
だが、帰ってきたのはクラリッサの叱責とアルマの変わらぬ信頼だった。
「謝るのは後ですわ。貴女なら魔獣を仕留められるでしょう?
さっさと仕留めてしまいなさい!」
「そうね。申し開きは魔獣を倒してからしてもらうわ。わたし達がこの人を守るからディアナちゃんは魔獣をお願いね」
「分かった。アレはあたしが仕留める」
ディアナは自分を信頼してくれる二人に感謝するように軽く笑顔を見せると、集中力を高めて一歩前に出た。特に打ち合わせをした訳でもなかったが、三人は何も言わずとも自然と連携が取れていた。
――キシャア!
草むらから顔をのぞかせた魔獣は、威嚇するように声を上げた。
ダメージはそれほどないようで、血走った目を三人へと向けている。
クラリッサとアルマが、初めて目の当たりにする魔獣に一瞬気圧されたような顔を浮かべるが、すぐに杖を構え直し、油断なく魔獣を睨みつけた。
魔獣化すれば凶暴化し攻撃性が増す。現に目の前の魔獣は、魔法士三人相手にも怯えた様子も見せずに牙を剥いていた。
「今度はこっちの番」
魔獣と向き合う位置に出たディアナが杖を構え、魔力を全身に巡らせはじめる。
その様子に何かを感じたのか、魔獣が一瞬怯えた様子を見せ、ディアナを避けるように駆け出した。
しかし本能がそうさせるのか、魔獣が向かう先はやはり商人だった。
だが、ディアナを避けるようにして大きく弧を描いて回り込んだ先には、アルマとクラリッサの二人が万全の状態で待っていた。
「水の盾!」
「岩の盾!」
――アガァッ!
魔獣は、二人が張った防御魔法を突破することができず弾かれてしまう。
「風の礫!」
そこにいつの間にか魔獣の傍まで接近していたディアナが、至近距離から風魔法を打ち込んだ。
魔獣は身体を捻るようにして躱そうとするが躱しきれず、ついにディアナの攻撃が通った。
――ギャン!
致命傷こそ防いだものの、背中に小さくない傷を負った魔獣が悲鳴を上げた。
しかし、追撃に放った魔法は辛うじて躱され、魔獣は一旦ディアナ達から大きく距離をとった。
――フーフー
逃げ出すかと警戒したディアナだったが、魔獣は二〇メートルほどの距離で止まり、激しい息づかいでディアナを睨んでいた。
「うぅっ……」
「大丈夫ですか? まだ動かないで。傷口が開いちゃう」
にらみ合いが続く中、目を覚ました商人がうめき声を上げて身体を起こそうとした。
アルマが魔獣を警戒しながら、慌てて商人に駆け寄った。
その隙を好機と捉えたのか、魔獣が再び動き出した。負傷を負っているとはいえ、素早さは少しも衰えていない。瞬く間に商人へと迫っていくが、その動きにディアナがついて行く。
驚いた魔獣が振り払おうとでたらめに動き回るが、振り切られることなくピタリと離れない。
それどころか、逆にディアナが先手を打って魔獣の動きを誘導しているようにすら見える。
「ディアナさん(ちゃん)!」
クラリッサとアルマの声が重なった。
魔獣と並走しながら、ディアナが杖を構えた。
すでに杖には魔力が込められており、杖の先の青い魔法石が淡い光を帯びていた。
――ギギャッ
魔獣は自分に向けられた魔力の塊に目を大きく見開いていた。
それでも最後の抵抗をするように、大きく口を開けて牙を剥いた。
「これで終わり。石の礫!」
ディアナが土の攻撃魔法を発動すると、杖の先に顕現したこぶし大の楕円形の石が、高速回転しながら弾丸のような速度で撃ち出され、避ける間もなく魔獣の首元に命中した。
――ガッ!
魔法が命中した魔獣は慣性に従って、十メートル近く吹き飛ばされ、そのままピクピクと痙攣を繰り返していたが、すぐに動かなくなった。
「ふう」
授業で練習していたとはいえ、攻撃魔法を授業以外で使うのは初めてだ。
ディアナは討伐したという達成感よりも、うまくできたという安堵の方が大きかった。杖を下ろした彼女が、ホッとしたように息を吐きながら額の汗を拭う。
「ディアナちゃあん!」
そこへアルマが飛び込むようにして、後ろからディアナを抱きしめた。
このところ目立ってきたアルマの胸の膨らみが、ちょうどディアナの首筋に当たる。
少し遅れてクラリッサも、二人の傍まで駆けつけてくる。
「さすがディアナさんですわ!」
「二人がいてくれたお陰。一人じゃ仕留めきれなかった」
背中からアルマに抱きしめられたまま、クラリッサに向き直ると親指を立てて見せた。
「パーティメンバーだもん当然よ!」
「そうですわね。あの魔獣の素早い動きには、ディアナさんしか捉えきることはできませんでしたもの。いわゆる適材適所というやつですわ」
クラリッサは当然といった顔で、ディアナと同じように親指を立て、アルマもディアナを抱きかかえながら、右手の親指を立てていた。
三人の中で魔法の発動速度や威力は、今のところアルマがもっとも優れていたが、身体強化を練習中のクラリッサやアルマでは、とても魔獣のスピードについていけなかっただろう。
さすがに魔法学校に通う生徒だけあって、自分の実力を過大評価したりなどはしない。ましてやディアナという規格外が、全く慢心することなく地道に努力する姿を見続けていればなおさらである。
「それであの商人は?」
「いっけなーい、忘れてた!」
ディアナが問うと、アルマはようやくディアナから離れ、慌てた様子で駆けだしていった。
「どうしましたの?」
アルマが離れた後、後頭部から首にかけてしきりに気にしてるディアナに、クラリッサが声をかける。
「アルマの胸おっきくなってた」
フワフワした感触の残る首筋をさすりながら、ディアナはアルマを追って歩を進めていく。
入学した当初から発育がよかったアルマだったが、長期休暇を経て急速に成長が進んだようだった。
「そうですわね。このままですと将来すごいことになりそうですわ」
クラリッサも同じように感じていたのだろう。
彼女はディアナと違って若干うらやましそうな目をアルマに向けながら、二人は商人のもとへと急ぐのだった。
描写はあまりありませんが、胸の大きさは
アルマ(巨乳)>>>>>>クレア(小さめ)>>ディアナ(ペッタンコ)
となります。
アルマとクレアの間とクレアとディアナの間には、超えられない壁が……