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遭遇戦

「それでその子はどうなったの?」


採取活動へ向かう道すがら、アルマが尋ねた。

その子とは先日の薬草学の授業で、マンドレイクの断末魔で倒れた男子生徒のことだ。

毎年何らかの事故が起こるマンドレイクの授業だったが、流石に失神までいくことはここ何年もなかったことらしい。

そのため、その男子生徒の噂はあっという間に学校中に広まることとなり、一部の生徒からは「勇者」と呼ばれて尊敬されるようになっていた。

その話題は当然のように一組でも上っていたようで、アルマも詳細を聞きたがったのだ。


「すぐに気を失ったのがよかった」


「そうですわね。一週間ほど様子をみて大丈夫そうなら、復帰できるようですわ」


男子生徒は一瞬で昏倒したことが幸いしたようで、目を覚ました後も特に変わった様子はなかったらしい。

だがひとつ間違えれば、正気を失っていたことには違いなく、大量の反省文を課されるとともに、一週間の停学処分となっていた。


「大事にならなくてよかったわね」


「でも危険度を身をもって分からせた功績は、まさに勇者と呼ぶにふさわしい」


「確かにそうですわね。あれを見たらイヤーマフを外そうなんて、誰も思わないですもの」


惨状を目の当たりにした二人はもちろん、伝え聞いたアルマも想像しただけで身を震わせる思いだ。

マンドレイクの断末魔の恐ろしさを、身をもって体験して見せたという意味では、その男子生徒は正に勇者級の働きをしたことになるだろう。

今日は久しぶりに探索士パーティ、アルホフ・パフェとして採取依頼中だった。


「スゴいわねディアナちゃん。もうすぐ四等級でしょ?」


「ん」


長期休暇のほとんどを、単独で依頼をこなしていたディアナは、四等級への昇格が手に届くところまで来ていた。

順調にいけば、秋の終わり頃には四等級に昇級できる見込みだ。


「でも申し訳ないですわ。わたくしの練習に付き合ってなければ、もう昇格していてもおかしくなかったですもの」


「それは言わない約束。それにあたしも復習になってよかった」


休暇中はディアナに付き合って貰って、魔力循環と身体強化魔法の練習に費やしたクラリッサが目を伏せるが、ディアナは気にした素振りも見せない。それどころか申し訳なく思っているクラリッサの頭に軽く手刀を入れた。


「った! そうでしたわね。お互い様ですものね」


クラリッサは叩かれた頭を押さえるが、すぐに笑顔を見せて肩をすくめるのだった。






「じゃあ、いつものように一時間ほどでここに集合ね」


採取場所でアルマの確認する声にうなずいたディアナ達は、それぞれ採取に散っていく。

最初は素材の見分けすらつかなかったクラリッサも、今ではディアナらと遜色なく採取ができるようになっていて、手分けした際の収穫量は当初の数倍へと跳ね上がっていた。

そのためディアナ達の食事事情も劇的に改善され、今では学校でランチメニューを注文できるまでになっていた。

森で二人と別れたディアナは、身体強化魔法を使っていつものように森の奥へと向かう。


「……!?」


森の奥まで来たディアナだったが、何だかいつもと様子が違うことに気がつく。


「荒れてる?」


彼女の立ち入った場所は、探索士ですらほとんど立ち入らない場所だったが、その日は別の探索士がここで狩りでもおこなったかのように、所々草木が倒れていた。

だが狩りにしては、手当たり次第に暴れたような荒々しさの残る痕跡が、真っ直ぐに続いている。


「もしかして魔獣?」


大きさ的にはリスやウサギ程度の小動物だ。

それが魔獣化し暴走しているのかも知れない。

クラリッサやアルマが採取をおこなっている方角ではないが、森のすぐ傍には街道が通っているため放置する訳にはいかない。街に戻ったら探索士協会に報告し、注意を促さなければならないだろう。

ディアナは周囲を警戒しながら手早く採取を終えると、早めに集合場所に戻っていくのだった。


「魔獣ですって!?」


合流した二人に伝えると驚いたように声を上げ、身を寄せるようにして周囲を警戒し始めた。


「大丈夫。こっちには来ていない」


そう説明すると、二人は大きく息を吐く。


「それを早く言ってよ! 身構えちゃったじゃない」


「本当ですわ。それで何の魔獣でしたの?」


「わからない。だけどあのまま行けば街道に出てしまうかも知れない」


ディアナがそう言うと二人は息を呑んだ。

人と違って、魔力を使えない小動物が溜め込みすぎた魔力によって、暴走状態になるといわれているのが魔獣化という現象だ。

身体の大きな動物よりも、ネズミなどの小動物がなりやすく、魔物と違って本能に従って暴れるだけではあるが、その凶暴性は一般人には脅威となる。

ディアナはかつてボンノ村で鹿の魔獣に遭遇したが、魔法を使える彼女の両親と叔父の三人で何とか駆除することに成功した。

あの時は村人総出で対処に当たろうとしたが、三人以外はまるっきり歯が立たなかった。今回は鹿ほどの大きさではないにしても、魔獣が街道で旅人や商人に襲いかかれば、犠牲者が出る恐れがあった。


「じゃあ、早く戻って協会に報告した方がよさそうね」


アルマの言葉に頷くと、休憩もそこそこに撤収の準備をしはじめた。


「待って!」


ディアナが二人を呼び止めた。

街に戻る途中、あと少しで森を抜け街道へ出ようという所だ。


「どうしましたの?」


「しっ」


問いかけてきたクラリッサを制止すると、目を瞑り身体強化魔法で聴覚を強化しはじめた。

二人はディアナの邪魔をしないよう静かに見守る。


「誰かが襲われてる」


「ちょ、ちょっとディアナさん!?」


やがて目を開いたディアナがそう告げると、二人が制止する間もなく駆け出していった。


「んもう、仕方ないわねぇ」


「追いかけますわよ!」


残された二人は呆れたように軽く息を吐くと、急いでディアナの後を追いかけ始めた。






一人で森を駆けるディアナは、木や茂みに気を付けながら、できる限りの速度で悲鳴のする方向へと向かっていた。

聞こえていたのは男性の声だった。

他に声が聞こえないことから、おそらく一人で魔獣から荷物を守ろうとしているのだろう。

魔獣の威嚇するような声が聞こえていたが、ディアナには何の動物なのか声だけで判断がつかない。

急いで向かっていた理由は、時折男性の呻くような声が聞こえていたからだ。

ディアナは、その男性がどこか負傷しているのだろうと見当を付けていた。

幼い頃に見た魔獣の恐ろしさは、今でもはっきりと覚えている。両親とアハトの三人がかりで、ようやく倒すことができたのだ。しかも父はその際に左肘から先を失ってしまった。

今のディアナが一人で立ち向かっても、魔獣をどうにかできるとは思えない。こうして急ぎながらも、震える手足と萎えそうになる心とを必死に鼓舞しなければならないくらいだ。だが、気づいてしまったからには、見て見ぬふりはできなかった。

徐々に視界が開けてきて、木々の先が見通せるようになってきていた。聴覚を強化しなくても、争っている声が聞こえてくるようになった。

森から飛び出したディアナの目に、細長い魔獣が商人風の男に飛びかかろうとする光景が飛び込んでくる。


風よ(ヴィント)!」


咄嗟に風魔法を放ち、魔獣を吹き飛ばすことに成功したディアナが、商人を庇うように魔獣との間に立つ。


『ちっ、やっぱりただの生活魔法じゃだめか』


ディアナは内心で悪態を吐いた。完全に不意打ちだったため、もう少しダメージが入るかと考えていたが、魔獣は何事もなかったように起き上がり、すぐに牙を剥いてディアナを威嚇していた。


「大丈夫?」


魔獣から目を逸らさずに、ディアナは商人に声をかける。

商人は出血した左脇を押さえていた。傷が深いのか、押さえた指の間から止めどなく血が流れ出ていた。脇腹に噛みつかれたのかも知れない。意識も朦朧としていて、焦点の定まらない視線をさまよわせていた。

思っていたよりかなり危険な状況のようだ。ディアナは迷わず腰のポーチから回復薬を取り出すと、商人に向かって放り投げた。


「回復薬。飲んで」


すぐそばに落ちた回復薬を拾った商人は、ぶっきらぼうなディアナの言葉に頷くと、すぐに封を切って震える手で回復薬に口をつけた。


「うぐっ!」


回復薬のえぐみに悶絶する様子を横目に確認したディアナは、魔獣に意識を戻した。

多少吐き出してしまったが、とりあえずこれで商人はしばらくは保つだろう。うまくいけば出血は止まるかも知れないが楽観は禁物だ。出血が多いためすぐに避難させることは難しそうだった。やはり魔獣から逃げるよりも、討伐を考えた方がよさそうだ。

あまり見たことはなかったが、胴長短足の体型から元はイタチ系の動物だろうと思われた。

魔獣化して中型犬くらいの大きさになったイタチが、赤黒い毛を逆立てるようにして、鋭い牙を剥きながらディアナを威嚇していた。

ついつい飛び出してしまったが、今まで魔獣を見たことはあっても対峙するのは初めてだ。こうして向かい合っているだけで、禍々しい魔獣の迫力に気圧されそうになる。

今のディアナは魔獣を討伐するどころか、果たして商人を守りきることができるかどうかすら分からなかった。


――お父さん、お母さん。力を貸して


思わず両親に祈ったディアナは、油断なく杖を構え全身に魔力を巡らせた。

それに反応するかのように魔獣が体勢を低くし、地を縫うようにディアナに向かって走り始めた。


「……っ!? 風の盾(ヴィントシルト)!」


ギリギリで風の盾を展開し、危うく突進を防いだものの、ディアナは魔獣の想像以上の素早さに一瞬にして青ざめた。元がイタチだからか、驚くほどにすばしっこかった。

また野生のイタチは、見た目の可愛さに反して意外にも凶暴だ。特に繁殖期には攻撃性も高まり、不用意に近づけば噛みつかれたりもする。魔獣化によって凶暴性が増したイタチは、脅威さでいえば、かつて見た鹿の魔獣と引けを取らないように感じた。


――ゴクリ


ディアナは思わず生唾を飲み込んでいた。

背中を冷たい汗が伝う。

ネズミやリスの魔獣なら何とかなるかと考えていたが、イタチの魔獣はさすがに想定外だった。


「くっ!」


風の盾を展開して攻撃を防ぐと同時に、杖を振って攻撃に転じた。だが身体強化で運動能力が上がっていても、ディアナの杖は空を切る。

イタチはあざ笑うかのようにディアナの間合いから離れると、すぐに地面を縫うように彼女に迫ってくる。息つく暇もないとはこういうことだろう。

素早いイタチから商人を守ることで手一杯で、ディアナは攻撃魔法に転じる余裕がなかった。

初めての魔獣遭遇。

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