ガツンと言っておいたから
「二組はどうだった?」
「そうね、三組と比べて確かにレベルは高いと感じますけれどそれほど大変だとは思いませんでしたわ」
「同じく」
短い言葉でクラリッサの言葉に同意したディアナは、うんざりしたように息を吐いた。
二組へと昇級となって、初めての授業を終えた二人は、共に同じような感想をアルマに語った。
「それよりも視線が鬱陶しかった」
「そうですわね。嫌な視線ではないのですけれど、何かこう常に見られてる感じがして落ち着きませんでしたわ」
「そうなんだ」
「わたくしがディアナさんと喋ってると、皆が聞き耳を立ててるような状態ですわ。一度ディアナさんがキレて魔法を発動しようとしたときは、焦りましたけれど」
「吹っ飛ばしてやろうかと思った」
「ええ!? ダ、ダメだよ、退学になっちゃうよ!」
二人が禁断の愛を育んでいるという記事を真に受けた生徒が、聞き耳を立てながら隣の子とヒソヒソ話を繰り返す。
それくらいならばまだ耐えられたが、クラリッサとお喋りしているときが特に酷かった。そのときには、聞き耳を立てることすらせずに、二人をガン見するほどのあからさまな態度となっていた。
そのため、我慢できなくなったディアナが無言で立ち上がると、そのまま魔力を練り上げ始めたほどだ。
その瞬間、教室がパニックになりかけたのは言うまでもない。
もしそのときクラリッサが必死で止めてなければ、二組の教室は吹き飛んでいたことだろう。
「でも、ディアナさんのお陰でその後は、ある程度快適に過ごすことはできましたわ」
「流石二組。空気は読める。三組ならこうはいかなかった」
「いやそれって、完全にビビらせてるんじゃ……」
二人の言葉にアルマが頬を引きつらせる。何だか長期休暇を終えてから二人の性格が、少し過激になったんじゃないかと考えるアルマであった。
「そうそう、その原因になった記事のことなんだけど……」
そう言ってアルマが話題を変えた。
原因となった記事とは、もちろん学校中に貼り出されていた学校新聞のことだ。
「記事がどうかしたの」
「その記事を書いたのはやっぱりエルマーだったよ」
「あら、結局確認したんですの?」
「そうなの。やっぱり気になっちゃって」
朝の段階では誰が書いていたとしても、これだけ広まってしまえばもう手遅れとして、執筆者を追求することはしないとなったはずだ。しかしアルマはどうしても気になったようで、休憩時間に意を決してエルマーに確認したという。
「それでエルマーは何て?」
「ここまでバズるとはエルマーも考えてなかったみたい。本人もビックリしてたよ」
「まあそうでしょうね」
クラリッサが軽く溜息を吐いた。
今までは彼の存在と同じように、それほど注目を浴びたことがなかった学校新聞だ。書いた本人ですら、ここまで注目されることは想定外だったろう。
「結果的に恋愛話に注目が集まってしまったけれど、きっかけとなったのは決闘の詳細記事だろうってブルーノが言ってた」
「そうですわね。わたくしたちの関係については酷い記事でしたが、ディアナさんの決闘の記事に関しては、エルマーは傍で見てただけに臨場感があってよく書けてましたもの」
「その代わりに、あたし達のことは推測だらけ」
決闘記事に比べて三人の関係のスクープ記事は、明らかに推測が多く内容的に間違いも多くて、とても同じ人物が書いたとは思えないレベルだった。
「でもあの記事は、私達にも原因があるって言ってたよ」
「原因があるですって!?」
クラリッサは首を傾げた。
しかしすぐに、教室で手をつないでいたこと、トイレの前で抱きついていたことを思い出す。そう考えると、確かに原因は自分たちにあるのかも知れない。
「た、確かに紛らわしいことはしていたわね」
若干頬を染めたクラリッサが、照れたようにはにかんだ。
だがアルマはそれだけが理由ではないのだという。
「それが原因のひとつではあるのだけれど、それだと私までそういった関係だという理由にならないじゃない?」
「確かにそうですわね」
ディアナとクラリッサが怪しい関係だというのは、思い返せば色々やらかしているため記事になるのはわかる。だがアルマとは仲がいいものの、そのような関係となりそうな行為はおこなっていないはずだ。
「前期の終わり頃に、私達クレアちゃんって呼び始めたじゃない?」
ディアナの友達発言に感動したクラリッサから、これからは愛称のクレアで呼んで欲しいと懇願されたのは、前期が終わろうかというタイミングだった。
「意外と愛称で呼んでいたのが、注目を集めてたみたいなの」
「そうなんですの?」
「だってクレアちゃん、学校でわたし達以外に愛称で呼ばせてないでしょう?」
「わたくし、学校では貴女達以外に友達と呼べる方はいませんもの」
「急にわたし達が愛称で呼び始めたから、変に注目を集めちゃってたみたいなんだよ」
クラリッサを愛称で呼ぶのは、彼女の家族以外ではディアナ達だけだ。
孤高の辺境伯家令嬢である彼女は、その注目の高さと美貌から近付いてくる者が多かった。しかしそのほとんどが、彼女の背後に見え隠れする辺境伯家への繋がりを求めたものだ。そういった打算を敏感に察知した彼女は、辺境伯家としての義務として付き合いはするものの、どれも表面的なものばかりだった。
結局友達としての関係を築くことができたのは、ディアナとアルマの二人だけだ。
二人の前では辺境伯家ということを忘れ、ひとりの学生や探索士として振る舞うことができたのだ。
「そうは言いましても今のところわたくし、他の方に愛称で呼ばせる気はありませんわよ」
彼女の背後しか見ない人とは、基本的に愛称では呼ばせたくない。
普段ディアナ達がクラリッサと一緒にいることが多いのは、そんな相手が接近することから彼女を守ることにもつながっていたのだ。
「もちろん分かっているわ。それでブルーノとも相談したんだけど、朝クレアちゃんが言ったようにもう修正記事を出しても手遅れだろうって」
記事は学校中に掲示されていて、おそらくほとんどの学生や先生の目に触れているはずだ。
そのような状態で訂正記事を出したとしても効果は薄いだろう。
それに今回は決闘の記事が呼び水となって、多くの人の目に留まっただけだ。訂正記事を掲載しても読まれなければ意味はない。
「なので今後、私達のことを記事にしないと約束してもらったの」
アルマがそう言って笑顔を見せる。
ブルーノやエルマーとしても、主家のゴシップ記事が広まり続けるのはまずいと考えていたらしい。
当初は記事を回収し訂正記事を掲載することも考えていたが、反響が大きすぎたため火に油を注ぐことになりかねないとの判断から取りやめにした。三人で話し合った結果、続報などが出なければその内沈静化するだろうとなった。消極的な対策だが、これが無難ではないかと落ち着いたのだ。
「その約束、あてにできる?」
ディアナが疑問に思うことは折り込み済みだったのだろう。
「任せて。とっておきの保険かけておいたから」
と、アルマがニヤリと胸を張った。
「保険?」
「何をしたのかしら?」
自信ありそうなアルマの姿に、二人は興味を引かれたように身を乗り出した。
「ふふふ、簡単よ。クレアちゃんがすごい怒ってるって伝えておいたの」
「え!?」
あっけらかんと笑いながら告げたアルマに、ディアナとクラリッサは思わず動きを止めた。
ブルーノらにとって主家に当たるクラリッサが、父である辺境伯に進言すれば、その内容によっては影響が計り知れないものとなる。それをちらつかせられれば、流石にブルーノといえども逆らうことはできない。
「うふふふ、ちょっと深刻ぶって伝えたら、二人とも青い顔を浮かべてたわよ」
ちょっと大げさに言えばブルーノもエルマーも青い顔を浮かべていた、と無邪気にアルマが笑う。
「久しぶりに食べたけどやっぱりここのパフェは最高だわ!」
ディアナらが絶句する中、美味しそうにパフェを頬張るアルマを見て、二人は「一番怒らせたらダメなのはアルマでは?」と囁き合うのだった。