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注目の存在

「えええっ! あのブルーノと勝負したの!?」


長期休暇も残り三日となった頃、寄宿舎にアルマが戻ってきた。この数日前から寄宿舎が通常業務に戻り、それに伴って学生達が帰省から戻り始めていた。

通常業務に戻ると、寄宿舎で朝夕の食事が出るようになったため、ディアナは食費の心配をしなくてもよくなった。

田舎では農作業を手伝っていたというアルマは、日焼けした顔でニカッと笑うと、白い歯とのコントラストが眩しかった。その彼女に休暇中の出来事を話した際に、クラリッサの魔力循環ができたこと以上に食いついてきたのが冒頭の台詞だ。

アルマはディアナの肩をガッシリと掴み、噛み付かんばかりの勢いで問いかけた。


「ん。し、勝負した」


アルマの思わぬ勢いに、ディアナは目を丸くしていた。

ブルーノと同じ一組のアルマは、早くからブルーノのことを気にしているようだった。

いわゆる初恋というものだ。

ただし多くの女性の取り巻きに囲まれている彼に近づくのは困難で、少し離れた場所から見つめるだけなのがやっとだったらしい。

その後、ディアナにちょっかいをかける中で、多少会話を交わすこともできるようになったアルマだったが、ブルーノを意識しすぎて普段の人見知りしない性格は影を潜め、ほとんど喋ることができなかった。

ディアナも確かにブルーノは、顔立ちもよくて格好いいとは感じるが、恋心のような感情は芽生えることはなく、アルマのように意識してしまうことはなかった。

それ以上に人のことを馬鹿にして、突っかかってくる彼を煩わしく思っていた。それが休暇中の決闘以降、学校で見かけても何も言ってこなくなってホッとしていたのだ。


「そ、それでどうなったの!?」


「あたしが勝った」


「そ、そう……スゴいね、怪我とかは大丈夫だった?」


「ん、誰も怪我はしてない」


「ブルーノは、確か模擬戦でも負けたことがなかった筈だよ。ディアナちゃんホントにスゴいよ」


ディアナが負け知らずだったブルーノに勝ったと聞き、アルマは一瞬落胆した様子を見せたが、すぐに切り替えたようでディアナを賞賛する。一組では前期から何度か模擬戦の授業があったのだが、そこではブルーノは負け知らずだった。もちろんアルマも対戦の経験はあり、彼の実力は身をもって経験していた。


「でもディアナちゃん、目立ちたくないって言ってたけど大丈夫なの?」


村での出来事があって、人と関わることをできるだけ避けていたディアナだったが、彼女の特異ともいえる魔力量は隠そうとしても、ブルーノのように勝手に相手を呼び寄せてしまうらしい。

ディアナはアルマやクラリッサという友人との関わりの中で、考え方にも少しずつ変化が出てきて、今では多少目立ってしまっても構わないと思うようになっていた。


「休み中で人も少なかったから大丈夫、だと思う」


「そう、ならいいんだけど」


それでも急に目立つことには恐怖があるため、人の少ない休みを選んで勝負したのだ。それから一カ月以上も経っていた。流石に注目を浴びることはない筈だった。


「それでクレアちゃんは、魔力循環できるようになった?」


「ん、バッチリ。今は身体強化魔法に挑んでる」


「うへっ!?」


アルマは自分の耳を一瞬疑い、思わず変な声が出ていた。

流石に魔力循環はできるようになっていると思っていたが、なぜ続けて身体強化魔法の練習をすることになったのかが理解できなかった。

ディアナはブルーノとの決闘の様子を語り、その流れからクラリッサに身体強化魔法を教えることになったと説明した。


「スゴいわね」


アルマは驚嘆と呆れの混じった声を上げた。

小さい頃から色々と努力をしているディアナはともかく、クラリッサまでが同じように努力する必要があるとは思えなかったからだ。

魔法師を目指しているディアナと違って、クラリッサは卒業後は侯爵家に嫁ぐことになっていた筈だ。いくら探索士に憧れがあったとはいえ、ここまでする必要があるのかどうかが分からなかった。


「どうせ王都に行くのですもの、せっかくなら上級魔法学校(アルケミア)に通ってみたいじゃない?

たった三年ですもの。侯爵様も待ってくださいますわ」


同じ疑問を持ったディアナもクラリッサに尋ねたが、返ってきた答えがこれだったそうだ。


「ええ、じゃあクレアちゃんも上級魔法学校を目指すの!?」


「この夏休みで随分魔力量が伸びたと言っていた。目に見えて成果が出て欲が出てきたみたい」


ディアナの指導の下で練習を重ねているうちに、クラリッサ自身も魔法への手応えを感じたのだろう。実際に魔力の伸びと共に制御能力も上がり、繊細な魔法制御ができるようになったと喜んでいた。

さらにブルーノを圧倒したディアナの戦い方に、興味を引かれたというのもあるのだろう。

既に実家から侯爵家に話は通してあるらしく、来年の卒業時に上級魔法学校への推薦が決まれば、卒業するまでの三年間、結婚を延期することで決定したのだという。


「そ、そうなんだ」


長期休暇の間にこれまで聞いていた話と随分違っていて、アルマはついて行けなかった。

だがクラリッサがそう決めたのなら、彼女を応援したいと心からアルマは思うのだった。






その三日後、後期授業が始まった。

ディアナも久しぶりにローブ姿で、アルマと一緒にいつものように学校へと向かった。


「……?」


しかし学校が近づくにつれて、ディアナに向けられる視線が明らかに多くなってきた。

チラチラとした視線ではない。はっきりと彼女を指さし、コソコソと友達と何事か話し合っている。

村にいた頃の居心地の悪さを思い出すディアナだったが、その当時と違うのはディアナを恐れているというよりは、好奇の目が勝っていたことだ。


「何だか注目されてるみたいだけど……」


隣のアルマもキョロキョロしながら、居心地が悪そうに首を竦めていた。

二人は訳も分からず注目される中、身を寄せ合うようにしながら足早に学校へと向かっていく。

校門が近づくと、いつものように登校する生徒一人一人に優雅に挨拶をおこなっている、クラリッサの姿が見えてきた。


「おはよう、クレア」


「クレアちゃん、久しぶりっ!」


小走りにクラリッサに駆け寄った二人は、彼女を真似てカーテシーで挨拶をおこなった。


「おはようございます。ディアナさん、アルマさん」


「クレアちゃん、魔力循環をマスターしたんだって!?」


「ええそうですわ。大変でしたけれど、今では何とか一人でできるようになりましたわ」


「身体強化魔法の練習も始めたって聞いたけど?」


「ディアナさんみたいに、王宮魔法師を目指して見ようと思いまして」


若干照れたようにクラリッサがはにかんだ。

探索士に憧れていて実際に探索士に登録までしたクラリッサだ。登録するだけかと思ったが、実際にディアナ達と一緒に活動までしていた。今では一人で採取依頼をこなすほどとなっている。

今までは聞いたことがなかったがおそらくクラリッサは、王宮魔法師も探索士と同じように憧れを持っていたのだろう。


「そう、頑張ってね。応援するからね」


「ありがとうございます。頑張りますわ」


アルマは素直に告げ、クラリッサも笑顔を見せていた。


「ディアナ。お前ブルーノに模擬戦で勝ったんだって?」


三人でしばらくお喋りしていると、生徒に挨拶をしていたエメリヒが、突然ディアナに話しかけてきた。


「へっ!?」


思わず変な声を出してしまったディアナ。

同じく驚いた顔を浮かべていたクラリッサがエメリヒに向き直った。


「どうして先生が知っているのです?」


「どうしてって、おそらく教師だけじゃなく多くの生徒も知っているぞ」


エメリヒから予想外の言葉が出てきて、思わず二人は顔を見合わせた。


「俺はブルーノから直接聞いたからな。『ディアナに負けた』って悔しそうにしていたぞ」


「マジか」


まさかブルーノ本人が、吹聴した犯人だったとは。

彼は基礎学年で首席を取るほどだ。子爵家として注目もされていて、女生徒からの人気も高い彼が自ら口にしたのなら、これほどディアナに注目が集まっても不思議ではない。

だが、それでも疑問が残る。


「負けたことを吹聴するなんてブルーノらしくありませんわね」


プライドの高いブルーノが、どういう風の吹き回しか、わざわざ負けたことを言いふらすなんて信じられなかった。


「まさかこれを機に、勝つまで勝負を挑んでくるつもりなんじゃない?」


「ええ……」


アルマが不吉な予感を口にし、ディアナが心底嫌そうな顔を浮かべる。

だがこの予感は現実のものとなり、彼女は卒業までの間何度もブルーノと手合わせすることになるのだった。

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