お前、百合なんだって?
前期が終わるまでの間、学校でディアナとクラリッサに加えてアルマを含めた、三人は周りから好奇に満ちた視線に晒されることになった。探索士パーティを一緒に組んでいることが知れていたため、アルマも含めて三人がそういう関係だという噂が広まったのだ。
ディアナとクラリッサは同じ三組だということもあって、特にクラス中から注目を浴びてしまった。
一応クラスの同級生には、二人でおこなっている魔力循環について説明をおこなっていた。
それに興味を持った学生にも、試しに魔力循環をおこなったりしてみたが、アルマのときと同様で誰も続けようとする者はいなかった。
三組の学生からは理解して貰った二人だったが、それでも放課後の練習時には噂を聞きつけた冷やかしの視線が多くなり、二人とも集中して練習をすることは難しくなっていた。
幸いなことにそれから十日と経たずに長期休暇となったため、噂は急速に収束に向かい二人はホッと息を吐くことができた。
「それじゃクレアちゃん、練習頑張ってね」
「アルマさんも道中お気をつけて」
ディアナから友達認定されたことに感激したクラリッサは、二人に愛称で呼んでくれるように頼み、それ以降クラリッサのことをクレアと呼ぶようになっていた。
休暇に入ると寄宿舎生活の学生は一斉に帰省してしまうため、ディアナはたった一人寄宿舎にポツンと取り残されていた。
当初は寄宿舎を出るように言われていたディアナだったが、家庭の事情を鑑みて居残ることだけは許された。しかし休暇期間中、彼女一人のために食事を提供することは拒否されてしまったため、自炊することになってしまったディアナは、思わぬ出費に頭を抱えるのだった。
「ディアナさん、おはようございます」
「おはよう、クレア」
寄宿舎への部外者の立ち入りは禁止となっているため、ディアナは朝の自分の練習を終えると、学校へと向かいそこでクラリッサと合流した。
学校は長期休暇中、校舎内へは入ることはできなかったが、校庭や屋外の訓練場は開放されていたため、補習や自主練をおこなう学生たちの姿がちらほらと目に付いた。
二人は校庭の隅のベンチで、クラリッサの持参したサンドイッチを頬張ったあと、木陰に移動して魔力循環の練習をおこなう。
「うっ!」
クラリッサはディアナの補助があれば魔力循環をできるようになっていたが、やはり負担は大きいため練習が終わると何度も嘔吐を繰り返していた。
「明日こそはクリアして見せますわよ」
それでも少しずつ手応えを感じているのか、疲弊した様子を見せながらも練習が終わると笑顔を見せて帰っていく。
その後ディアナは、残ったサンドイッチで軽く昼食を取った後、一人で森に行って採取依頼をこなすというのが、このところの彼女の日課となっていた。
毎日の食事代は馬鹿にできなかったが、朝はクラリッサが色々と持ってきてくれるため、それに甘えることが多かった。また、森に入れば木の実や果実なども採ることもできるため、あまり多くはないものの、食料を確保することもできていた。
――はぁはぁはぁ……
クラリッサが激しく肩で息をしていた。
「見てました?」
「ん。できてた」
休暇に入って十日目のこの日ついにクラリッサは、ディアナの補助なしで魔力循環を成功させた。
疲労感の中にも充実した表情を浮かべながら、クラリッサが笑顔を見せる。見守っていたディアナも、ホッとした表情でクラリッサに近づいていった。
「ゔっ!」
その直後、青い顔を浮かべたクラリッサが、口元を押さえながら慌ててお手洗いへと駆け込んでいった。
循環速度を上げたせいで、ひどい魔力酔いに襲われていたクラリッサだったが、それでも彼女は歯を食いしばりながらやりきった。
こればかりはやってみなければ分からなかったが、最初から今の速度で練習していたらもう少し楽に成功させてあげられていたかも知れない。あるいは魔力酔いの気持ち悪さに耐えられず、早々に断念していたかも知れない。どれが正解だったのかなど、今のディアナには分からなかった。
だが、少なからずクラリッサの強い意思が、この練習を乗り越えさせたのは確かだ。
まだディアナが魔力循環ができない頃に、もしヘイディが途中で循環速度を変えていたら、自分なら怒って止めていたかも知れない。
何にせよクラリッサは耐えきったのだ。彼女が戻ってきたらディアナは素直に賞賛しようと思った。
「よお、マネキン!」
ディアナの背中から、悪意のこもった声がかかった。
彼女は振り向かなくても、相手が誰でどのような顔を浮かべているのかまで分かった。
軽く溜息を吐くと、ディアナはゆっくりと振り返る。そこには彼女の想像通り、短い黒髪に褐色の目をした男子学生が意地悪そうなにやついた顔を浮かべていた。
この男子学生の名はブルーノ。
今期の入学試験で首席を取った、アルマと同じ一組の学生だ。
髪型と目の色が、村でディアナに寄り添ってくれていたタネリを彷彿とさせるが、沸き上がってくる感情はまったく真逆のものだ。
「なにか用?」
「はっ、相変わらず可愛げのない女だな。ま、マネキンだからしょうがねぇか」
相手をするのが面倒くさくてぶっきらぼうに返事をすると、ブルーノは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
彼はビンデバルト辺境伯家に寄子となっている子爵家の血筋だ。そのためクラリッサには頭が上がらないが、ディアナには横柄な態度を取ることが多かった。
ただし、首席をとるほどの魔法の成績に加えて、眉目秀麗な顔立ちから、女生徒の人気が非常に高く、密かにファンクラブがあるとの噂もあった。
成績優秀なブルーノとディアナの接点はクラリッサ以外になさそうな気もするが、ブルーノは入学当初から彼女を目の敵のようにしていた。
理由は簡単だ。
学校が始まって、最初に魔力量を計る検査があった。この検査は魔法具に手をかざし、その人物の魔力量を簡易的に可視化して見せる検査だ。
もちろん魔力量にも自信があったブルーノは、自信満々に手をかざした。
結果は首席の名に恥じず、新入生で一番の魔力量が示された。だが得意の絶頂だったのは一瞬で、直後にディアナが手をかざすと彼の魔力量をあっさりと塗り替えた。またそれだけでなく、ヴィンデルシュタットに残る歴代の記録さえ圧倒するほどの可能性さえ示したのだ。
納得いかなかったブルーノは、当然のようにやり直しを主張した。
彼の主張が通ったため、ディアナは三度やり直しをさせられたが、結果は変わらずブルーノは地団駄を踏んで悔しがった。
それ以来、不正だのずるをしたなどと、ディアナにちょっかいをかけてくるようになったのだった。
因みにディアナに「マネキン人形」や「似非エルフ」という渾名を付けた本人である。
ブルーノは何か言いたげな表情でディアナを見つめていた。
「で、何か用?」
「……お前、クラリッサ様とできてるって本当か?」
ディアナが問うと、ブルーノから思いもよらぬ言葉が聞こえてくる。
ディアナとクラリッサができてるという噂は学校中に広がっていたが、まさかブルーノまでもがその噂を信じ、わざわざ真偽を確認しに来るとは思わなかった。
彼女は呆れたように、大きく溜息を吐いた。
「どうなんだ、はっきりしろよ!?」
ディアナが何も反論しないことで、苛立ったようにブルーノは声を荒らげた。
「……何であたしに聞く? クレアに聞けばいい」
「できればそうしているさ」
ブルーノは忌々しげに顔を歪めた。
彼からすればクラリッサは主君筋に当たる。噂話の真偽を本人に確認するなど流石にできないのだろう。
「ちっ、これだから田舎者は」
ブルーノに近しい多くの者達と違って、意にそぐわず反抗的なディアナは彼を苛立たせた。
学校では建前上は身分は問わず、皆が平等に教育を受ける権利を有している。しかしそれでも完全に平等なことはなく、クラリッサのように気にしない者もいるが、大抵は貴族の身分を振りかざす者が多いのだ。行き過ぎは注意されたりもするが、基本的にそれぞれの裁量に任され、黙認されることが大半だった。極端な者だと平民と見下しひと言も口を利かないという者もいるが、それに比べるとブルーノは、気さくにとは言わないが平民との垣根は低い方だった。
「お前みたいな田舎者が、クラリッサ様と一緒にいるのを見ると反吐が出るぜ。なんでクラリッサ様はこんな奴とつるんでるのだか?」
「友達だからですわ」
「っ!?」
お手洗いから戻ったクラリッサが、ブルーノの背後から冷たく告げた。
それだけでブルーノは直立不動となった。
「大丈夫、クレア?」
「ええ、大丈夫ですわよ」
介抱に行けなかったディアナが詫びると、クラリッサは笑顔を浮かべた。
乱れていた髪の毛も整え、額に浮き出ていた汗も綺麗に拭き取られている。
「わたくしの友達を馬鹿にするなど、ディアナさんだけでなくわたくしに対しても無礼でなくて?」
ディアナと合流したクラリッサはくるりと振り返ると、顎を突き出し氷のように冷たい目をブルーノに向けた。
「も、申し訳ありません。ですが、クラリッサ様とそこのマネ…、ディアナ嬢ができてるなどというデマを正そうと……」
「あら、あなたって意外と周りの噂に振り回されるタイプですのね」
しどろもどろになるブルーノに対し、クラリッサは冷たい笑顔を深めた。
今の彼女は、辺境伯家の令嬢モードとなっている。
彼女と毎日のように顔を合わせていても、育ちの良さくらいしか感じないが、ブルーノを威圧する姿を見ると、ディアナから見てもやはりお貴族様なのだということが分かる。
逆にブルーノの方は、せっかくのクールな印象が台無しだ。彼のことを「格好いい」と、一時騒いでいたアルマがこの姿を見ればどう思うだろうか。
「いえっ、わ、わたしは噂の真偽を確かめようとしただけです。その際に無礼があったならば謝罪いたします」
「それで……、もしわたくし達が、噂通りの関係だったらどうするのかしら?」
クラリッサはニヤリと挑戦的な笑みを浮かべ、ディアナの腕を絡めるように組んで見せた。
「そ、それは……」
「ふふ、冗談です」
絶句してしまったブルーノに満足そうな笑顔を浮かべると、クラリッサは組んでいた腕を放す。
「ディアナさんは、わたくしの大事な友達であり魔力循環の師匠です。あなたがわたくしのことをどう思おうと勝手ですが、わたくしの友達を傷つけることは許しません」
「はっ、……申し訳ございません」
「簡単に周りの噂に振り回されてしまうようでは、寄親としては少し心配になりますわね。本当に恋愛を楽しんでいらっしゃる方にも、一々詮索しては失礼ですわよ。
こう見えてわたくしは、貴方に期待しているのです。これからも精進してくださいませ」
「はっ」
「ではディアナさん、帰りましょう」
深く頭を下げたブルーノを見たクラリッサは、ディアナを促して帰ろうとした。
「クラリッサ様!」
だが二人の背に、ブルーノの呼び止める声が響いた。
「まだ何か用かしら?」
明らかに機嫌を悪くしたクラリッサの冷たい声に、ブルーノは震え上がりながらも意を決したように言葉を紡いだ。
「そ、その、恥のかきついでです。そこのディアナ嬢とぜひ、て、手合わせをお願いしたく存じます!」




