ナンパはお断りですわ
探索士となった三人は、学校が休みの日になると、採取を中心に依頼をこなすようになった。
採取した素材は、そのまま探索士協会に納品することもあるが、大体はディアナとアルマが回復薬に調合して納品していた。
調合してから納品するのは、その方が達成報酬を多くもらえたからだ。二人は寄宿舎の食堂の端っこに並んで、薬研を使って素材をすり潰し、その素材を鍋でグツグツと煮詰めていく。
「ディアナちゃん、何作ってるの?」
「回復薬」
「あっそうなんだ。頑張ってね」
魔法薬は黄色味の強いトロッとした液体で、食堂に甘い匂いが広がるため、興味を持った学生が鍋を覗き込んでくるが、回復薬の調合をおこなっていると知ると、皆はそそくさと立ち去っていく。
甘くて美味しそうな匂いのする魔法薬だが、口にすると苦みが強い上に独特のえぐみがあるため、非常時でない限り口にすることのない代物だ。そのため回復薬を苦手にしてる者も多く、幼いときにその甘い匂いに惹かれて口にし、心的外傷を刻み込まれている者が多かったのだ。
「わたしは別に平気なんだけどな」
「ん。あの苦みとえぐみが癖になる」
「それはさすがにどうかと思うけど……」
アルマは特に気にならないらしく、ディアナも平気だった。
だがディアナの癖になるという答えは、流石にアルマにも理解ができないようで、若干引きつった笑顔を浮かべていた。
「ディアナちゃんと同じようにしてるのに、何で効能が違うんだろう?」
二人で一緒に同じように調合をしていても何故か効能は違っていて、ディアナの調合する回復薬の方が効能が高くなっていた。もちろんアルマの調合する薬が悪いという訳ではなく、一般的な回復薬以上の効果は出ていた。だがディアナの調合する回復薬は、それ以上に効果が高かった。
そのため探索士協会でも、ディアナの回復薬は効果が高いと評判になり、アルマの調合する魔法薬と比べると二割から三割ほど割高で取引されていた。
「わからない。先生は魔力の差じゃないかと言ってたけど」
「同じように魔力を込めてるつもりなんだけどね」
どうしても気になったアルマが調合の授業で先生に確認したところ、先生にも原因が分からないという。
ディアナを見ながら同じように魔力を込めても同じ効能にならず、拗ねたようにアルマは少し頬を膨らませていた。
「あたしが見ててもアルマは同じようにできてる。
違うとしたら先生が言ったように魔力や素材の質もあるかも?
あとは鍋の声が聞こえるかどうか?」
調合に使う素材や魔力の違いと魔法薬の効能の関係についてはまだよく分かっていなかった。同じように調合をおこなっても質にばらつきが出ることもあり、魔力に加えて素材の質も関係しているのではないかと言われていた。
試しにディアナが選んだ素材でアルマが調合をおこなったところ、通常よりも高い質の魔法薬ができた。
それに加えてヘイディから教わった、鍋が教えてくれるタイミングで火を止める方法。
これはディアナも最近になって、母の言ってた意味がわかるようになってきたことだ。
母は鍋が教えてくれると言っていたが、ディアナの感覚だと調合してる素材がうっすらと光を放つように感じた。そのタイミングで火を止めれば、ほとんどが高品質の魔法薬となっていた。
「素材をディアナちゃんに選んでもらっても同じような質にはならなかったんだから、やっぱり鍋の声が聞こえるかどうかなんだよきっと。よしできた」
アルマは自分を納得させるようにそう言ってコンロの火を止めるのだった。
「これで今月、ひもじい思いをしなくて大丈夫」
「そうね、うまくいけばもう一回くらいはカフェに行けるかもね」
「ん。最近はアレを食べるためだけに頑張ってる」
以前アルホフ通りのカフェでパフェを食べて以来、その味にすっかりはまってしまった二人は、依頼達成のご褒美として月に一度そのパフェを口にするようになっていた。
「それでクラリッサちゃんは魔力循環をまだ続けてるの?」
「ん。毎日放課後に続けてる」
「自力で動かせるようになったの?」
「少しは動くけどまだ難しい」
クラリッサは毎日ディアナに手伝って貰って、魔力循環の練習を続けていた。
ひとりでもわずかに動かせるようになっていたが、まだ循環まではできないため、放課後にディアナが手伝っていたのだ。
「気持ち悪くないのかな?」
「最初よりも慣れてきたみたい」
「うへぇ……」
ディアナの言葉にアルマは、苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべた。
魔力循環の様子をどうしても見たくないアルマは、学校が終わるとそそくさと先に帰っていた。
「次の依頼達成でようやくわたくしも五等級に昇格ですわ。ようやく貴女たちとパーティを組むことができますわ」
数日後の放課後、いつものカフェでパフェを頬張りながらクラリッサが微笑んだ。
この日、学校終わりに前日までに調合した分の魔法薬を、探索士協会に納品した帰りだ。学校終わりでそのまま納品に来たため、三人とも学校のローブ姿だ。
ディアナとアルマの二人は調合の依頼もこなしているため、既に前回の依頼達成時に五等級に昇級を果たしていた。ひとり残されていたクラリッサは、今日のアヒレス草の納品依頼で四件めの依頼達成となり、次の納品依頼をこなせばディアナらと同じ五等級に昇格を果たすことができる。そうなればパーティを組むことが可能となり、ひとつ上の等級までの依頼を受けることができるようになるのだ。
「でも、四等級になると採取依頼ってほとんどないよね?」
「ん、あってもいつもの森では採れないものばかり」
「んもう、二人とも夢がないですわね。探索士といえばパーティを組んでの冒険が定番ですわ!
未開の地を踏破したり、強力な魔物や魔獣を力を合わせて討伐する。
パーティを組んでこそ、探索士の醍醐味を味わえるというものですわよ!」
クラリッサの熱弁に二人はポカンと口を開けていたが、要するに彼女が言いたいのは、探索士になったのだから折角ならパーティを組んでみたいということらしい。
「でもわたし達はまだ討伐依頼を受けられないわよ?」
「もちろんわかっています。ただの気分ですわ」
例え四等級に昇級したとしても、魔法学校の学生が討伐依頼を受けることができるようになるのは、応用学年に上がってからだ。そのため基礎学年の彼女達では、まだ討伐依頼を受けることができなかった。
「それにまだまだ貴女達には及びませんけれど、一人よりも二人、二人よりも三人の方が依頼をこなす効率が上がりますわよ。そうしたらこのパフェも月一ではなく毎週食べることもできるのではなくて?」
「流石クラリッサ。あたしの見込んだ通り!」
「クラリッサちゃん、それ最高だわ!」
クラリッサの言葉に立ち上がった三人は、ガッチリと固い握手を交わした。
「それでパーティ名は何にしましょうか?」
「パーティ名?」
「パーティを組むには、わたくし達だとすぐに分かるようなパーティ名を付けるのが常識ですわよ。例えばヴィンデルシュタットだと『大鷲のさえずり』とか『三本の槍』などのパーティが有名ですわね」
「三本の槍は聞いたことあるわ。確か戦士三人の肉弾戦が得意なパーティだよね?」
「そうですわね。ただパーティ名は三本の槍ですけれど、今は槍を使う人はいなかったはずですわ」
登録時に槍使い三人組だったパーティはその後、一人が斧使いになり残りの二人も使用する武器が剣に代わったのだという。ただパーティ名はあえてそのままにしているそうで、パーティの等級は四等級だったが、そのお陰でヴィンデルシュタットでは等級以上に有名なパーティだ。
「ともかく、パーティ名はわたくしたちの名刺のようなもの。下手なパーティ名を付けると有名になった際には恥ずかしくてよ」
「パーティ名かぁ、何でもいいけど覚えやすいのがいいかな?」
「じゃクラリッサと愉快な仲間たちとか?」
アルマが考える仕草を見せるが、あまり興味がないのかディアナは適当に考えたパーティ名を披露する。
「どうしてそこに、わたくしの名前が入るのですか?」
「覚えやすいと思って」
「確かに覚えやすいわね」
「それじゃアルマさんが年上なんだし、アルマと三人の魔法少女でいいじゃない?」
「ちょっとクラリッサちゃん! それは嫌だよ」
「わたくしも嫌ですわ」
「じゃあ……」
「却下!」
「わたしまだ何も言ってない!」
「言わなくても分かった」
折角なのでちゃんとしたパーティ名を付けたいが、なぜか人の名を冠するパーティ名ばかり提案する。だが誰もが自分の名を入れることだけは嫌がるため、押しつけあってなかなか決まらない。
「とりあえずパーティ名は、クラリッサが五等に上がってから」
「そ、そうですわ。まだわたくしが昇格してませんもの。それまでに考えればいいのですわ」
「そうね。慌てて名前を付ける必要はないわね」
ディアナが悩ましいパーティ名の問題を先送りとすることを提案すると、二人も異論はないらしくあっさりと引き下がったのである。
「なぁ嬢ちゃん達、魔法学校の学生さんかい?」
パフェを食べ終えた三人が席を立とうとしたとき、三人組の男が声をかけてきた。
ひいき目に見ても、この通りに似つかわしくない格好をした三人組だ。
怪訝そうな顔を浮かべる三人に、男達は下卑た笑顔で近づいてくる。
「ちらっと聞こえたんだけどさ、嬢ちゃん達探索士なんだって?」
「ええそうよ」
「俺らもそうなんだよ。よかったらさ俺達が色々と教えてやろうか?」
思わずといった様子でアルマが答えると、男達は隣のテーブルを彼女達のテーブルにくっ付け、図々しくも隣に席を下ろして親切心を装って話し続けてくる。
「えっと、だ、大丈夫です」
「いやぁそんなこと言わないでさあ。色々と教えてやるからさ、俺らと一度依頼受けてみないかい」
戸惑いながらもアルマが断ろうとするが、カモと見たのか男の一人が強引にアルマの傍に座って話を進めようとする。男達を完全に無視しているディアナやクラリッサには目もくれず、それどころかアルマから二人が見えないように、男達は連携して二人の前に陣取っていた。
とりあえずアルマさえ何とかすれば、二人は付いてくるものと考えているのだろう。
「ほ、本当に大丈夫なんで……」
「俺らはこう見えて採取は得意なんだぜ。あの森のどこに何が生えているかとか網羅してるんだ。一緒に依頼受けてくれたらさあ、色々教えてあげられるぜ!」
あまりの強引さに、アルマが泣きそうな顔を浮かべていた。男達は彼女が首を縦に振るまで、粘り続ける気なのだろう。
うんざりしたディアナは、テーブルの下でこっそりと風魔法を発動させた。
ほんの小さな風は、壁に貼ってあった貼紙を剥がして巻き上げ、そのまま空中でクシャクシャと丸まっていく。
「なぁ一回でいいからさ。一緒に…ぶへっ!」
アルマの肩に手を回してしつこく迫る男だったが、突風と共に飛んできた紙玉が口に飛び込み、そのまま後ろにひっくり返った。
直後にそれまで静かに静観していたクラリッサが立ち上がる。
「ちょっと貴方達。わたくしのパーティメンバーを強引に勧誘しないでくださらないかしら?」
「いいじゃねぇか。どうせあんたも一緒に依頼を受けることになるんだしよ」
「何て破廉恥な方なんでしょう。貴方方がわたくしと同じ探索士だと思うとゾッといたますわ」
「何だとてめぇ! ちょっと可愛い顔してるからっていい気になりやがって。いつまでも俺達が下手に出ると思ったら大間違いだぞ!」
「あら、そうですの? ちょうどいいですわ。わたくしもいつまでも、大人しくしていると思われるのも心外ですわ」
そう言ってクラリッサが右手を上げて合図を送った。
すると、途端にどこからか黒服の男達が現れ、彼らの周りを取り囲んだのだ。
「何だてめえら……」
「貴様達、このお方はビンデバルト辺境伯家の者と知っての狼藉か?」
黒服の一人が男の前に立ちはだかり、抑揚を抑えた声で静かに告げた。
ヴィンデルシュタットを拠点にしている者にとって、辺境伯家の者にちょっかいを出す者はいない。
一瞬にして男達が狼狽えはじめた。
「なっ!? ビンデバルト辺境伯様の……」
「クラリッサお嬢様だ」
紹介されたクラリッサは、腕を組んで仁王立ちとなり男を睨み付けた。
「ひ、ひいっ! し、知らなかったんだ」
「あら、知らなかったら明らかに嫌がっている女性に、しつこく絡んでもいいのかしら?」
「す、すみません。もうしません」
男達は腰が引けた平謝りを繰り返すと、逃げるように退散していった。
「追いますか?」
「もういいわ。あんな奴ら放っておきなさい」
黒服達はクラリッサの言葉に従うと、一人また一人と人混みに消えていき、気づいたときには一人もいなくなっていた。
「アルマ、大丈夫?」
「あーん、怖かったぁ」
安心したのだろう。ディアナに抱きついたアルマが声を上げて泣き出した。
優しく背中をさすられながら、嗚咽を漏らし続ける。
「もう少し痛い目を見せておいた方がよかったかしら?
それとアルマさんにも忠告を。ああいった輩は無視するのが一番よ」
「ありがとうクラリッサちゃん。今度から気をつけるね」
抱きしめたクラリッサが戯けた調子でそう言うと、アルマは泣きながらもようやく笑顔を浮かべるのだった。