探索士に登録しよう
「ここが探索士協会、ヴィンデルシュタット支部ですわ」
ディアナらを先導して案内してきたクラリッサが、なぜか自慢げに両手を広げた。
ヴィンデルシュタット市街の南の端に位置する探索士協会の建物は、重厚な石造りの三階建てで、歴史を感じさせる外観だった。周囲の建物と比べると装飾は少ないものの、その堂々とした佇まいは、探索士協会の威厳を感じさせた。
内部には探索士達で賑わう食堂や、情報交換をする探索士たちの姿が見られる談話室、そして旅の疲れを癒す宿などが併設されており、常に活気に満ちていた。
探索士協会は国とは別に独立した組織で、世界中にネットワークを張り巡らされた組織だ。そのためどこの国の探索士協会に行っても、同じサービス、同じ待遇が保証されている。
また自由業だと考えがちだが、魔獣災害などの有事には兵と協力して討伐に当たる義務も発生するなど、ランクが上がればそれなりの責任も発生する。ランクによって受けられる依頼の難易度や報酬が異なり、高ランクの探索士は、大規模な魔獣災害の指揮を執ることもあった。
また社会貢献などにも力を入れていて、領都などある程度の大きさの都市などでは、失業者や苦学生のために仕事を斡旋したり、地域の安全を守るためのパトロール、魔獣災害で被害を受けた人々の支援など、多岐にわたる活動を行っていた。
学校が休日となるこの日、ディアナはアルマやクラリッサと一緒に探索士協会を訪れていた。
最初はアルマと二人で探索士に登録し、稼いだお金を生活費の足しにするつもりだったのだが、なぜかクラリッサも一緒に登録したがったのだ。
「わたくし、小さい頃から探索士になるのが夢でしたの。
幼い頃に読んだ、困難な依頼を解決し、人々を救う勇敢な探索士の物語に憧れて……」
理由を尋ねた二人に、クラリッサは照れくさそうにはにかんでいた。
どうしても物語に出てくる主人公の様な、探索士になりたかったのだという。
結局、クラリッサの熱意に負けた二人は、三人で探索士登録をすることにしたのである。
探索士協会の入口は大きな建物にもかかわらず、場違いなスイングドアになっていて、中の様子がチラリと見えていた。午前中の早い時間だからか、中には多くの人の姿も見える。
「じゃあクラリッサちゃん行きましょうか」
「そ、そうですわね。三人で一緒に入りましょうか?」
中の雰囲気に若干気圧されたような様子で、入ることを躊躇していたが、そんな二人に構わず、ディアナは迷うことなく入口へと向かっていった。
「たのもー!」
呆気に取られた二人が止める間もなく、スイングドアを押し開けたディアナが、抑揚のない大きな声で叫んだ。
スイングドアの向こうには、冒険者たちで賑わう食堂や、情報交換をする探索士たちの姿が見える談話室が広がっている。室内はそれなりにざわついていたが、ディアナの一声で一瞬にして静まりかえり、大人達の視線が一斉に三人の少女へと向かった。
「ち、ちょっとディアナさん(ちゃん)!」
慌てた二人の声が揃うが、ディアナはお構いなしにキョロキョロと室内を見渡すと、受け付けらしきカウンターを見つけると、気にした様子も見せずにツカツカと歩み寄っていく。
入口で立ち竦んだクラリッサとアルマは周りの視線に耐えかね、二人で抱き合うようにしながら慌ててディアナを追いかけていった。
カウンターに座る、美しくウェーブのかかった翡翠色の髪の女性が、近付いてくるディアナに気づいて顔を上げる。
「いらっしゃい。学生さんかしら?」
「ん、探索しぇ、……探索士登録がしたい」
注目を浴びる中、肝心のところでディアナは、短い言葉を噛んでしまった。
流石に恥ずかしかったのだろう。頬を赤く染めながら周りを見渡すと、周りの探索士達は慌てた様子で視線を逸らした。
注目を浴びていただけに、フロアにいたほとんどの人間がこれを目撃したが、そこは経験のある探索士達だ。少女の前途を思い、空気を読んでなかったことにする余裕があった。
受付の女性は一瞬驚いた表情を見せたが笑ったりはせずに、すぐにプロとしての笑顔に戻り、ディアナに話しかけた。
「登録するのは三人でいいかしら?」
「ん」
顔が赤いままのディアナが短く答えると、受付の女性は三人に席を勧めた。
進められるままにカウンター席に三人は腰を下ろす。
「それじゃ探索士について説明するわね」
その女性は気さくにマヌエラと呼んでねと自己紹介すると、探索士協会についてとタイトルの入った、かなり年季の入った冊子を三人の前に広げた。端の方はボロボロでタイトルも掠れていて読みづらくなっているが、マヌエラは慣れた手つきで冊子を開く。
「まず、探索士協会は国から完全に独立した組織で、この国で受けた依頼で国を出る必要があれば、国は出国や入国を速やかに認めなければいけないの。
もちろん国をまたぐような依頼を受ける探索士は経験を積んだ信頼できる探索士に限られるわ。
そして探索士として得た収入は、協会からまとめて納税しているため、探索士個人としては、国への納税の義務は免除されているし、よその国と戦争が起こっても兵役の義務も発生しないの。
ただし魔獣災害などが起こった場合は別よ。領兵や国軍と協力して速やかに討伐に参加しなければならないわ」
探索士協会は国をまたいだ世界的な組織だ。そのため国とは独立した組織として扱われていた。
探索士としての活動中は、国に守られない代わりに国に奉仕する義務もない。
依頼によっては命の危険と隣り合わせとなるが、探索士としての活動中の事故や怪我についてはその全てが自己責任となっていた。
知識として知っていたクラリッサはうんうんと頷いているが、ディアナとアルマは、戸惑った表情を浮かべていた。小遣いを稼ぎたかっただけなのに、思っていたより大きな話に面食らっていたのだ。
「それじゃあ、この申込書にそれぞれ名前を書いてくれる?」
マヌエラは、三人の前に一枚ずつ申込書を並べていく。
ここでもすぐにペンを取って書き始めるクラリッサに対し、ディアナとアルマは顔を見合わせた。
「あなた達、探索士に登録しないとお金が稼げませんわよ」
「わかった書く」
クラリッサのその一言で、ディアナはペンを取った。
迷っている様子を見せていたアルマだったが、ディアナが書き始めたのを見てようやくペンを取るのだった。
申し込み書には氏名の他、出身地や特技など、最低限の項目を記入するようになっていた。
「特技?」
「探索士の暗黙のマナーとして、他の人の特技を詮索したり吹聴したりしないことというのがあるの。だから書いたからといって、それを他の人におおっぴらにすることはないわ。
どうしても気になるなら書かなくてもいいわよ。書く場合は剣術を使えるとか魔法なら得意な魔法なんかを簡単に書いてくれればいいわ」
探索士の中には個人活動が中心の人も多く、パーティの仲間以外に自分の特技を知られることを嫌う傾向があるそうだ。そのため無回答であっても咎められることはないのだという。
「書けたわ」
「あたしも」
クラリッサとディアナが顔を上げ、アルマも少し遅れて書き終わった。
特技欄にはクラリッサは「風魔法」、ディアナは簡単に「水」とだけ記入し、アルマは少し迷って「土魔法」と書いていた。
「記入が終わったわね」
マヌエラは、三人の記入が終わったのを確認すると、微笑みながら三人から申込書を回収する。
受け取った申込書を軽く確認すると、別のスタッフを呼んで何事か告げて申込書を手渡した。そのスタッフは申込書を手に、奥の部屋へと消える。
「それじゃあらためて、探索士について説明するわね。
協会に登録された探索士は初等級から特等級まで七階級に分かれているわ。基本的に階級が上がることで収入が上がるけれど危険度も上がっていくの。だから階級分けは探索士の安全のためでもあるのよ」
そう言うと冊子の該当ページを開く。
見開きに初等級から特等級までの探索士の等級分けが、分かりやすく記されていた。
「ここに記されている通り、探索士は誰でも初等級から始まるの。
そこから実績を積んで五等級、四等級、三等級、二等級、一等級とあって、最後に特等級となっているわ」
ふむふむとディアナは頷く。
彼女は等級制度に興味があるようで、見開きを食い入るように見つめていた。
「探索士に登録していれば、依頼中は乗合馬車の割引や協会指定宿屋の割引などを受けることができるわ。ただしそういった特典が受けられるのは五等級からなの」
「あら、そうなんですの?」
クラリッサも知らなかったようで、軽く驚いた声を上げた。
「ええそうなの。
割引の特典目的で登録する人が一時期とても多かったの。だからそういったことを防ぐ意味もあって、初等級からの特典は取りやめることになったのよ」
マヌエラは困ったように眉尻を下げる。
何年か前に探索者登録をする人が大きく増えたことがあった。だがその多くが登録だけをして依頼を受けることをしない、いわゆる幽霊会員だったのだ。
調べてみると特典のことが口コミで広がっていて、それを聞いた者が割引目当てで登録をおこなっていたことが判明した。そのため現在では初等級は特典が受けられなくなってしまったのだという。
また、以前は登録後一年間有効だった探索士資格も、現在では一定期間依頼を受けないと自動的に抹消されるようにもなり、有効期限は初等級は一カ月、五等級は二カ月、それ以外は半年となっていた。
「それで一時は多くの探索士が抹消されちゃったんだけどね」
そう言ってマヌエラが自嘲気味に笑う。
それだけ特典目当てで登録している輩が多かったのだろう。だがそのお陰で結果的に探索士の質が確保できたことも確かだ。一時は傭兵崩れや見るからに堅気ではなさそうな輩が多かったが、以降はすっかりと見なくなったらしい。
「話が逸れちゃったわね。
初等級では簡単な採取や運搬が中心だけど、五件の依頼をこなせば五等級への昇格よ。そしたらあなたたちも依頼を受ける際に乗合馬車なんかが割引になるし、パーティを組むこともできるようになるわ」
「パーティ?」
耳慣れない言葉にディアナは思わず聞き返していた。
「討伐依頼なんかもそうなんだけど、依頼内容によっては何人かで受けた方が楽なものもあるわ。
例えば剣士と魔法士でパーティを組んで苦手なことを補ったりするの。
個人の等級とは別にパーティにも等級があって、個人では受けることができなくても、パーティならひとつ上位の依頼を受けることもできるから、一人で活動するよりも報酬が得られやすくなっているわ」
採取依頼をこなすだけならそれほど重視されないが、討伐依頼をメインでおこなう場合は、複数人でパーティを組む方が効率が上がる。もちろん効率だけではなく、万が一負傷し動けなくなった場合の生還率も高い。そのため討伐依頼を受けることができる四等級以上の探索士の多くは、パーティを組んでいるそうだ。
「もちろん討伐依頼を受けなくても、パーティを組むことができるわ。
あなた達のような学生さんだと、採取が得意な人と調合が得意な人で組んだりするわね」
普通に採取依頼をこなすよりも調合までおこなった方が手間がかかる分、大きく報酬も変わってくる。だから学生達でパーティを組む場合は得意な分野で手分けして効率を上げることも多いのだという。
「ありがとう、よく分かったわ」
「あとは特典についてもう少し説明するわね。
特典の内容は、さっきも言ったけど協会が指定した宿屋が割引になるわ。さすがに高級宿とはいかないけれど、依頼でヴィンデルシュタットを離れた時に重宝するわね。
それとここの二階は資料室になっているんだけど、資料によっては閲覧制限がかかっているものもあるの。そういった資料が等級が上がれば閲覧できるようになるわ。
あとは四等級からになるけど指名依頼を受けられるようになるのも大きいわね」
指名依頼とは文字通り探索士を指名して、依頼をお願いすることだ。
通常は依頼の内容によってランク分けがされて協会の掲示板に貼り出されるが、指名依頼は探索士個人またはパーティーを指名した依頼となる。通常の依頼より報酬が高いのが特長で、指名依頼がくるような探索士ほど、比例して信頼度も高くなる。そういう訳で指名依頼が貰えるようになることが、駆け出しの探索士のひとつの目標となるそうだ。
「あとは討伐依頼なんかは四等級からしか受けることができないわ。もちろん探索の途中で遭遇しちゃえば別だけど。
だから四等級に上がるには規定の依頼をこなして、簡単な戦闘試験を受けてもらう必要があるの。
とりあえずこんな所かしら。あとは追々説明していくわね」
マヌエラが説明を終えたタイミングで、先程申込書をどこかに持って行ったスタッフがトレーを手に戻ってきた。
トレーには銀色に輝く金属片が三組載っている。
「これは探索士としての身分を保障するモノよ。探索の仕事をする場合は必ず身に着けておくこと。いいわね?」
そう言って二枚一組となった認識票をそれぞれに手渡していく。
認識票には名前と出身地、そして探索士の登録番号が刻印されていて、二枚とも全く同じ内容だ。
「二枚あるのは、万が一の時の身元確認のためよ。例えば探索中に命を落としてしまった、または探索士の遺体を発見した場合、一枚は遺体にそのまま残してもう一枚を回収して協会に届けて欲しいの」
その情報をもとに遺族への報告や、探索士の抹消に使用するのだという。
「説明は以上よ。何か不明点があればいつでも言ってね。
入口横の掲示板に依頼書が貼ってあるから、それを受付に渡せば依頼開始よ。その際は期限なんかに気を付けてね。期限に間に合わなければ依頼達成とならないから。
とりあえず初等級は採取依頼や街の清掃くらいしかできないけれど頑張ってね」
「ありがとう」
認識票を手にした三人は、マヌエラに礼を言って立ち上がった。
ディアナは真剣な表情で認識票を見つめ、クラリッサは憧れの探索士になれたことを嬉しそうに早速首にかけていた。不安がまだ勝っているのか、アルマは迷いのある表情で認識票を握りしめていた。
説明を全て理解したかといわれると怪しいが、ディアナが考えていた以上にきちんとした組織だということが分かったことは収穫だった。
「早速依頼書を見てみましょうよ」
クラリッサが足取りも軽く、嬉々として掲示板へと向かっていく。
取り急ぎ依頼をこなして五等級に昇格することが、当面の目標となるだろうか。上手くいけば、パンとミルクだけの昼食からは卒業できるだろう。




