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【閑話】ナハトゲレート設置

久しぶりにナハトゲレートの登場

「エミーリアさん、久しぶりですわね」


出迎えたクラリッサが微笑みながら声をかけると、技術者として訪れていたエミーリアは、それまで張り詰めていた肩の力がふっと抜けたような表情を見せた。王国の中でも絶大な権力を持つ辺境伯邸という場所に、エミーリアは相当な緊張を強いられていたのだろう。見知った顔に会ったことで、彼女は桃色の瞳を細め、安堵の息を漏らす。肩まである鮮やかな赤毛が、そのわずかな動きに合わせて揺れた。


「クラリッサ、ディアナ、久しぶりね。二人とも元気そうで何よりだわ」


エミーリアはそう言って花が咲いたような笑顔を浮かべた。


「ええ、わたくし達は元気ですわ。エミーリアさんも元気そうで何よりです」


「ん。エミーリア、よく来た」


ディアナのそっけない言葉にも、エミーリアは楽しげに「ありがとう」と返す。

休暇で帰省中のこの日、ディアナの二年先輩にあたるエミーリアが、ヴィンデルシュタットの領主邸を訪れていた。王都のアルケミアで共に学びの時を過ごした彼女達は、学年が違えど、寮対抗戦では研究発表で協力した仲だった。

エミーリアはアルケミア在籍中の三年間、地道に魔力通信装置「ナハトゲレート」の研究を続け、去年の寮対抗戦ではデモンストレーション機を設置し、「遠隔地とのリアルタイム通信」という常識を覆す技術で来場者の度肝を抜いた。

ナハトゲレートは、その年の研究発表部門の最優秀に輝いた。その実績を手土産に、彼女は設立されたばかりのナハトゲレート協会に就職したのだった。それから一年、いよいよヴィンデルシュタットの領主邸に、ナハトゲレートの実証機が設置される。エミーリアは、その技術者として派遣されてきたのだった。


「いよいよ、実証実験が始まるわ。これはその第一歩よ!」


エミーリアは、次々と運び込まれてくる分解されたナハトゲレートを、自慢気に両手を広げて紹介していた。このナハトゲレートと対となる機器は、すでに王都の辺境伯邸に設置されているらしい。また、協会にも研究発表で展示されていた旧型のナハトゲレートがあるため、複数箇所での通話実験もおこなわれる予定だそうだ。


「ほほぅ、手際がいいな」


ベルンハルトは、一階の執務室に運び入れられ、手際よく組み立てられていくナハトゲレートを眺めながら、感心したように目を細めた。普通の職人技とは違い、あまり見ることのない魔導回路の繊細なパーツのひとつひとつが、慎重に配置されていく様子は、見る者を惹きつけた。


「見た目はそれほど変わっていないように見えますが、中身は発表会の時とは別物といっても過言ではありません」


エミーリアは、組み上がっていくナハトゲレートを横目に、ベルンハルトにそう説明をおこなった。たった一年しか経っていないが、その間、技術スタッフと何度も議論を重ね、試作品をいくつも作成し、魔導回路の改良をおこなってきた。そのため、寮対抗戦で展示していたものとは比べものにならないくらい、効率が上がっているのだという。


「ほう、たった一年でそれほどとは!」


「素晴らしいですわ! 効率が上がるとということは、それだけ多くの人が、より簡単に通信できるようになるということですものね」


「エミーリア、頑張った」


ベルンハルトと一緒に組立てを見学していた二人も、彼女の説明を聞いて感嘆の声を上げる。エミーリアのナハトゲレートにかける情熱は、当時からまったく衰えることを知らないようだ。いや、彼女の様子を見ると、もしかしたらそのとき以上に高まっているのかもしれない。

しばらくすると、ナハトゲレートが組み上がった。大きな木枠でできたボックスは、造形は以前と変わらないが、その色は鮮やかな赤ではなく落ち着いた深い緑に塗られ、執務室に設置されていてもそれほど違和感はなかった。色が違うだけで印象はまるで違って見えた。


「あとは、これを取り付ければ完成よ」


エミーリアがそう言って、大事そうに抱えていた鞄から、濃紺の布で包まれた物体を取り出した。エミーリアは、花弁をめくるように丁寧な仕草で包みを開いていく。

すると、包みの中から、拳大の大きな青い魔法石が現れた。


「大きい……、わたくし、これほど大きな魔法石は初めて見ますわ」


クラリッサが大きな目をさらに大きく見開きながら、淡く光りを放つ魔法石を凝視する。透き通った青い石の表面には傷ひとつなく、石の内部にも不純物のない極めて純度の高い魔法石だ。

この魔法石はナハトゲレートのために、辺境伯家から提供したものだった。


「本当は、ここまで純度の高い魔法石は必要ないのだけれど……」


ここまで純度の高い魔法石となれば、それこそ他国とでさえ通信が可能なレベルだった。


「せっかくの実証実験なんだ。純度不足で実証が進まなければ困るだろう?」


話を聞いていたベルンハルトが、何でもないことのようにそう言って肩を竦めた。

魔法具に使用する魔法石は、指の先ほどの小さいものから拳大までと様々だ。もちろん、大きくて純度の高い魔法石の方が、高価格で取引されるが、小さいものでも平民はおいそれと手を出せる価格ではなかった。ましてやこれほど大きく純度の高い魔法石となると、家宝としてもおかしくないほどだ。実証実験のためとはいえ、それほどの魔法石を、王都とヴィンデルシュタットの辺境伯家用にポンとふたつも提供できるのは、それこそ辺境伯家でなければできないだろう。


「これほどのものを提供していただいて、こちらとしては、色々な実証が進むからありがたいんだけど、流石に恐縮してしまいます」


「それだけわたし達が、このナハトゲレートに魅力を感じている証拠だよ」


ベルンハルトは、今まで情報の遅延によってどれほどの判断を誤り、どれほどの時機を逸してきたかを、改めて思い返しているようだった。

王都とヴィンデルシュタットは、馬車で十日の距離がある。緊急の事案が起こったとしても、情報が届くのは十日後だ。その頃には事態が悪化、もしくは解決しているかもしれないのだ。昔から辺境伯家は、この距離に悩まされてきた。

ナハトゲレートを使えば、瞬時に情報をやりとりできるだけでなく、詳細な情報を得ることも可能になる。ヴィンデルシュタットにいながら、リアルタイムな王都の情報を手に入れることができるのだ。この魔法通信装置に、それだけの価値を見出していたのだった。


「これで、完成よ!」


エミーリアが手ずから通信機本体内部に魔法石を設置すると、ホッとしたように笑顔を浮かべた。


「あとは、通話テストが終われば設置完了ね」


エミーリアがそう言ってベルンハルトを振り返ったときだ。ナハトゲレートの呼び出しベルがけたたましい音で鳴り始めた。


――リンリン、リンリン……


一同、ギョッとした表情を浮かべてナハトゲレートを見つめる。乾いた金属音が鳴り響く中、皆の視線がベルンハルトに向かった。彼は緊張した表情を浮かべ、そっと深緑の木製扉を開いて中に入ると、おずおずと受話器を手に取った。


「……ベ、ベルンハルトだ」


ベルンハルトが固い声で送話器に告げた。すると、その張り詰めた空気を打ち破るように、受話器から王都にいる彼の息子、エッカルトの明るい声が聞こえてきた。


「やぁ、父さん。久しぶり!」

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