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ひとりぼっち

ディアナが目覚めたのは、それから三日後のことだった。


「……ディアナ。よかった、目を覚まさないかと思った」


ディアナが目を開けると、彼女を覗き込んでいたタネリが、心底安堵したように笑顔を浮かべた。

まだぼんやりした様子のディアナが部屋を見回す。


「こ、こは?」


「村長の家だ。お前あれから三日三晩眠っていたんだぞ」


「あれからって? ……!?

と、盗賊はどうなったの!? ……痛った」


急に盗賊のことを思い出して身体を起こすが、直後に強烈な頭痛に襲われる。


「急に起き上がっちゃダメだ。お前、魔力枯渇で倒れたんだ。

もしかして覚えてないのか?」


「何を?」


ベッドに横になりながらタネリに尋ねた。

何だか会話が噛み合わず不安になる。

腕一本動かすだけでも、自分の身体じゃないくらいに重く感じる。

あの日、村に辿り着いたくらいから全く記憶がなかった。

思い出そうとしても靄がかかったようにはっきりしないのだ。


「目が覚めたか?」


話し声が聞こえたからだろう。

沈痛な表情を浮かべたアハトが部屋に入ってきた。


「ディアナは何も覚えていないって……」


「そうか」


タネリから記憶がないことを聞いたアハトは、そう言ってベッド脇のスツールに腰を下ろした。

そして何かを確かめるようにディアナの顔をジッと見つめる。

ディアナの瞳は、いつもと同じ翡翠色に戻っていた。


「何? どうしてそんなに怖い顔をするの?」


「いや、何でもない。思ったより元気そうでよかった」


アハトの緊張が伝わったのだろう。

若干怯えたようなディアナに笑顔を見せたアハトは、安心したように軽く息を吐いた。


「ねぇ、アハト伯父さん。お父さんとお母さんはどこにいるの? ペトルは?」


「っ!?」


キョロキョロと探すような仕種をしたディアナに、彼は思わず息を呑んだ。

話さなければいけないことは分かっていたが、果たして今のディアナに話して大丈夫なのか、また暴走してしまうのではないかと不安になってしまう。

そうなってしまえば、アハトはディアナを全力で抑えなければならないのだ。

いつの間にか母親であるヘイディを超える魔力量となっているディアナだ。いくらアハトでも一人で抑えられるとは到底思えなかった。

万が一を考えて、ディアナを拘束するべきだという意見も出ていたが、結果的に村を救ってくれたディアナを拘束する気にはアハトはなれなかった。しかし、もしもの場合は差し違えてもディアナを止めなければならない。アハトは密かに覚悟を決めると、タネリに退室を促した。


「俺はここにいるよ」


だがタネリは笑顔を浮かべて首を振った。


「だって俺はディアナを信じてるから」


そう言って照れくさそうに頭を搔いた。

アハトはタネリに教えられた気がした。暴走を恐れていてはディアナを不安がらせるだけだ。

村を救ってくれた小さな英雄を、村長として守らなければ、死んでしまったアランやヘイディに顔向けできない。


「わかった」


アハトはタネリに頷くと、ベッド脇に身を乗り出した。

そしてディアナの手を握り、襲撃の顛末を語り、静かに両親の死を告げたのだった。






村を襲った盗賊は、近頃周辺を荒らし回っていた盗賊だった。

彼らはほとんどが同じ村の出身で、前年の不作時に一斉に村を捨てた者達だった。彼らは三十名という大所帯を生かして、近隣の村々を襲っては焼き討ちや強盗を繰り返すなど暴虐の限りを尽くし、時には人身売買などにも手を染めるような悪党となっていた。

当然ながら懸賞金が懸けられていたが大人数だったこともあって、なかなか手出しできなかったらしい。

生き残りの男の証言から、この村を襲ったのはたまたまだったらしく、周囲が干ばつで干上がった中、収穫のあるこの村なら金目の物が多そうだ、という身勝手な理由からだったようである。

思いがけず抵抗が激しかったため、助かるためには殺すしかなかったと、引き渡した領兵に悪びれもせずに証言したのだという。

結局、三十名中で生き残ったのは僅か二名で、その二人はヘイディに吹き飛ばされて地面に叩き付けられ、気を失っていたため助かったようなものであった。

それ以外もアランによって半数近くが倒され、残りはヘイディとアハトで数名ずつ、そして残った八名もディアナによって倒されたのである。


「そんな……」


両親の死を聞かされたディアナは、暴走こそしなかったものの、大きなショックを受けた。

そして盗賊とはいえ八名もの命を、自らの手で奪ったという事実に恐怖した。

無意識に胸元のペンダントを握る。

目から止めどなく涙が溢れ、しばらく布団の中で嗚咽を濡らしていた。


「カミルは……。カミルは無事だったの?」


「ああ。怪我は負ったが、アランとヘイディのお陰で無事だよ」


「そう、よかった」


アランが死ぬきっかけとなってしまったカミルは、腕に裂傷を負ったものの無事だった。これでカミルに何かあればアランは報われないだろう。ディアナは安堵したように頷いた。


「俺もおじさんに助けられたんだぜ」


「タネリも?」


寄り添うようにディアナの傍にいたタネリも、実はアランに助けられたのだという。


「ああ。盗賊がやってきた時、ちょうど父ちゃんの手伝いしてたんだ。父ちゃんが俺を逃がしてくれたんだけど俺、転んじまって。ちょうどその時おじさんが助けてくれたんだ。

おじさんからディアナは森にいるから、二人で一緒に森に隠れてろって言われて……」


「そう、お父さんは皆を守ったんだ」


タネリ以外にも多くの村民が、アランに助けられたと証言していたとアハトが付け足すと、ディアナはそう言って泣き笑いのような顔を浮かべた。


「ペトルは? ペトルは無事なの?」


「……」


ディアナがペトルの名を口にした瞬間、二人とも言葉に詰まり口を噤む。

すると、その様子を見たディアナが、大きく目を見開いて息を呑んだ。


「まさか……」


「いや、ペトルは無事だよ」


ディアナを落ち着かせるように、アハトが優しく告げる。


「どこにいるの?

お父さんとお母さんがいなくなって寂しがってない?」


「ペトルとはしばらく会わない方がいいと思う」


心配するディアナに、タネリが吐き捨てるように言った。

いつもと同じようなぶっきらぼうな口調だが、立腹しているのかそう言うとプイと横を向いた。


「ペトルがどうかしたの?」


「どうもしないさ。ただ今回のことで少しショックが大きかったみたいでな」


アハトがフォローするように言葉を継ぐが、タネリは横を向いたままだ。

二人の態度が理解できず、ディアナは首を傾げた。

彼らの言葉から、ペトルは無事だったことがわかったが、二人の奥歯に物が挟まったような態度が理解できない。ペトルが落ち込んでいるようなら、ディアナは姉として元気づけてあげたいと思った。


「お願い、ペトルに会わせて」


「ディアナ……」


タネリが目を見開いた。

アハトも難しい顔をして、考え込む仕草をみせる。


「だってあたしペトルのお姉ちゃんだよ。落ち込んでるならあたしが元気づけてあげなきゃ」


「……わかった。待っていなさい」


ディアナの言葉に彼女を翻意させられないと悟ったアハトは、固い表情のまま部屋をでていく。

アハトが部屋を出てしばらく後、部屋の外で何やら言い争うような声が聞こえてきた。


「ディアナ、何があっても俺はお前の味方だからな」


その喧噪を誤魔化すように、タネリがディアナの手を握って元気づけるように声をかけた。


――ガチャ


その直後、扉が開きアハトが戻ってきた。

彼の妻のノーラも一緒だ。そしてノーラに付き添われるようにしてペトルが入室してくる。

しかし、ディアナの傍まできたアハトと違って、何故か二人は部屋の入口で立ち止まったままだ。


「げ、元気そうでよかったわ」


ノーラは無理矢理笑顔を貼り付けたような表情で、ディアナに声をかけたが、視線を合わせようともしなかった。それはペトルも同様で、ノーラにしがみついたまま彼女を見ようとはしなかった。


「ペトルどうしたの? お姉ちゃんだよ?」


そう言って右手を伸ばすと、明らかに怯えた様子を見せてノーラの後に隠れてしまう。


「ペトル? お姉ちゃんにお顔を見せてよ」


ディアナが優しく呼びかけるが、ペトルはノーラの影から出てこない。

それどころかノーラにしがみついたまま、小さく震えているようだ。


「どこか具合が悪いの?」


「嫌っ! 怖いっ!」


さらに声をかけるが、ペトルはそう叫ぶと部屋を飛び出していった。

それを追うようにして、ノーラも逃げるように部屋を出て行く。


「な、に? みんなどうしたの?」


ペトルからはっきりと拒絶され、ディアナは狼狽えたようにアハトとタネリの間で視線を彷徨わせた。


「すまない、ディアナ」


ショックを受けたディアナに、突然アハトが申し訳なさそうに頭を垂れた。


「いくら雨を呼ぶ魔法を使ったとしても、十歳に満たないディアナが使いこなすことがどれほど凄いことなのかをもっと説明すべきだった。それをしていればディアナに辛い思いをさせずにすんだのかも知れない」


突然の謝罪に戸惑うディアナ。

そしてアハトは、ペトルやノーラがああいう態度を取った理由を説明しはじめた。


「あの日、俺たちはアランやヘイディ、そしてディアナに助けられた。

だけど、アランやヘイディの実力は何となく知っていても、ディアナがヘイディを超える魔力を持っているとは誰も思ってなかったんだ。

だからディアナが嵐を起こして助けてくれたことに素直に驚いた。

だけど、そのときのディアナがいつもと違った様子だったから、みんな怖がっているんだ」


「怖い?」


「ああ、そうなんだ。みんなディアナを怖がっているんだよ」


自分のことを怖がっていると言われても、ディアナは簡単に納得はできなかった。さすがにペトルやノーラの態度が、そんな単純なものではないことはディアナにもわかった。

あれははっきりと拒絶だった。

そしてそれは自分が、自覚のないままおこなった行為によるものだと彼女は悟った。

実際、アハトの説明は概ね正解だったが、正確ではなかった。

あのとき、表情を変えずに盗賊を葬っていくディアナの姿に、住民達は怯え、恐怖から恐慌を来す者もいたのだ。

両親を亡くしてショックを受けているところに、今度は姉が虹色に光る瞳で、躊躇なく盗賊を蹂躙していく様を見たペトルが、恐怖を覚えるのも仕方がなかった。

盗賊がそう呼んだように、ディアナのことをはっきりと「バケモノ」と口にする住民もいて、盗賊と一緒にディアナを領兵に引き渡すべきだと主張する者まで現れたのだ。

ディアナが眠っていた三日間、ほとんどの時間を住民への説明に費やしたアハトだったが、住民達に刷り込まれた恐怖は根深かった。

結局アハトは、ペトルはおろか妻のノーラすら納得させることができていなかったのだ。






村の外れに、大きな鞄を手にしたディアナが立っていた。

彼女を見送るのはアハトとタネリのたった二人だけだ。

あの日目覚めてから、ディアナはほとんどの時間をひとりぼっちで過ごしていた。

彼女を見かけても住民は、腫れ物に触るように誰も近寄らず、また話しかけることもなかった。

あれからペトルはアハトの家に引き取られ、結局一度も顔を合わせていない。

ディアナは一人で、誰も帰ってこない家で暮らし、昼間は森の奥で魔法の練習をすることで、寂しさを紛らわせて過ごした。

そんな中、タネリだけは以前と変わらぬ態度で接し、時には魔法の練習に付き合ったりするなどディアナに寄り添ってくれた。

そのお陰でこの半年間はひとりぼっちでも何とかやってこれた。

そして今日、ディアナは領都へと旅立つ。


「しっかりやってこい」


「ん、ペトルをお願い」


「分かった」


短い言葉のやりとりだが、アハトとは前日に別れをすませていた。

見送りはいらないと言ったが、こうして見送ってくれるのが嬉しかった。


「じゃあ、そろそろ行く」


鞄を乗合馬車に預けたディアナが、ヘイディの形見である杖を手に振り返った。

ディアナは、あれからほとんど笑わなくなっていた。

タネリが元気づけようとしてもはにかむだけで、以前のように無邪気に笑ったりしなくなっていた。


「ディアナ!」


そのまま馬車に乗ろうとしたディアナをタネリは思わず呼び止めていた。

このまま行かせてしまったら、ディアナは二度とこの村に戻ってこないような気がした。


「お、俺はお前のこと、ずっと応援してるからな」


「タネリ……」


「お前のおじさんやおばさんに比べたら頼りないと思うけど、俺は代わりに村を守っているから。だから……」


涙が止めどなく溢れ、タネリが言葉に詰まる。

泣いているのが恥ずかしくて袖で乱暴に拭った。


「だからお前はいっぱしの魔法士になって必ず帰ってこい!」


精一杯の思いを伝えると、タネリはいつものように人懐っこい笑顔を見せた。


「いつもありがとう。タネリも元気でね」


ディアナはそう言ってはにかんだように笑顔を浮かべると、乗合馬車に乗り込んでいった。

それはひかえめだったが、久しぶりに見るディアナの笑顔だった。

後味が悪いですが、これにて第一部完結です。

第二部では、新たな出会いが固く閉ざされたディアナの心に変化を起こしていきます。

その前に閑話として新キャラを二人登場させます。

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― 新着の感想 ―
これから成り上がる主人公が村を捨てる理由が出来ましたね。 ここまで後味悪くする必要があったかは分かりませんが。
人の命を奪うことしか出来ない少女のお話にはついて行けない。 こんなダークな話とは思ってもみなかった。読了です。
面白くてここまで一気に読んだけど、ムカついたので読むのやめます。
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