ありがと
別行動をとっていた副船長らの班も無事に海賊船を奪うことに成功したようで、それからほどなくして、彼らと無事に再会を果たした。
激しい戦闘を繰り広げたにもかかわらず、離脱者を出さずに任務を遂行できたことに、一同は安堵の息を漏らした。
元海賊の拠点だった場所で、再会の喜びを分かち合っていた頃、一部の海賊達が目を覚まし始めた。彼らのほとんどは、ディアナの雷によって意識を失っていた者であり、目が覚めたとしてもショックのあまりすぐに動き出せる状態ではなかった。雷撃を受けた彼らの身体には、痛々しい焼け焦げた跡が残り、その威力がいかに凄まじかったかを物語っていた。彼らは合流した水夫達によって一か所に集められ、武器を全て取り上げられた後、手足を厳重に拘束されていた。
「あれだけの威力で魔法を使ったにもかかわらず、気を失っているだけなのか!?」
拘束を手伝っていたブルーノが感心したように、目を丸くして言った。彼自身、ディアナの魔法の威力を目の当たりにしていたからこそ、そのコントロールの妙に驚きを隠せないようだった。
「怒りに我を忘れているように見えてたけど、実際はちゃんと威力をコントロールできていたのね」
アルマもまた、意外そうな顔を浮かべていた。
彼女の目には、ディアナが怒りに任せて魔法を使っているように見えたため、加減などしていないと思っていた。しかしこの結果を見ると、ディアナは冷静沈着に状況を判断し、必要最低限の威力で敵を無力化したことを示していた。
見張り台から落下した者の中には、打ち所が悪く、残念ながら命を失ってしまった者もいたが、地上で落雷に遭った者は、もちろん雷による火傷はあるものの、マルコも含めて気を失っているだけだった。
そのマルコの意識が戻ったのは、海賊達の中でも一番最後だった。呻き声と共に目を開けると、周りには見慣れたはずの仲間達が、手足を縛られて転がっていた。
「いってぇっ!」
彼は半身を起こそうとした瞬間、全身に鈍い痛みが走った。特に両足には激痛が走り、その耐え難い痛みに、彼は思わず悲鳴を上げていた。
彼は、空中で雷に撃たれ、地面に叩きつけられた衝撃で両足を骨折していたのだ。
「クソッ、何が起こったんだ! 畜生め、一体誰だ!」
怒りにも似た悪態を吐きながらも、彼は無様な姿を晒しながら必死に周囲を見回し、彼は何が起きたのかを把握しようと藻掻いた。
すると、彼を冷ややかな目で見下ろす水夫達の中に、先ほどまで戦っていたブルーノの姿が目に入った。彼は、彼が意識を失う直前まで、まさに死闘を演じていた相手だった。
「ちっ、俺様も焼きが回ったか。こんなガキにやられちまうとはな」
彼は忌々しげに舌打ちした。
奇襲だったとはいえ、仲間が次々と倒され、何よりも大切な商品である亜人の子供達まで奪還されるという失態を演じてしまった。安全な隠れ家だと油断していたのは否めないが、たった十人足らずの少年達に、長年育ててきた組織が全滅させられたのだ。魔法士相手とはいえ、マルコ以外の仲間達はほとんど抵抗することもできずに討ち取られていった。この屈辱的な敗北に、マルコ自身への不甲斐なさと、無力な仲間達への怒りが沸々と込み上げてくるのを感じた。
「ちきしょう! お前ら何やってんだ! いいようにやられて情けねぇ!」
身体が動かせない上に、激しい痛みと屈辱感による苛立ちが募り、マルコはただ喚き散らすしかなかった。彼の絶叫は、かつての隠れ家に虚しく響き渡った。
「静かにして」
そんな彼に冷たい声が響いた。
その声の主は、杖を構えたディアナだった。彼女の瞳は凍てつくように冷たく、マルコは一瞬で全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。あの時の為す術もなく打ちのめされた自分の姿が、脳裏に鮮明にフラッシュバックする。
「ひぃぃぃぃっ! わ、分かったから、勘弁してくれっ!」
痛みを忘れ、マルコは恐怖に顔を歪ませた。
先ほどまでの威勢は見る影もなく、無様に後ずさる。かつて「鉄壁のマルコ」と呼ばれ、恐れられたその姿は、そこにはどこにもなかった。ただただ、怯えきった一人の男がそこにいるだけだった。彼はディアナの視線から逃れるように顔を背け、震える声で命乞いを続けた。
ディアナはそんなマルコを興味なさそうに一瞥すると踵を返し、横になっているクラリッサの傍に腰を下ろした。
「クレア、大丈夫?」
「ええ、ディアナさんのお陰で、随分と楽になりましたわ」
ディアナが慈愛に満ちた表情で尋ねると、クラリッサはそう言って笑顔を見せるが、その表情には疲労の色が濃く残っていた。彼女の顔色は、まだ多少土気色だったが、それでも彼女の言う通り順調に回復しているようだった。
「そんなことよりも、わたくしを救うためとはいえ治癒魔法を使ったのですって?」
クラリッサの口調に、若干ディアナを非難するような色が混じっていた。
「ん」
「どうしてですの? ディアナさんでも、禁忌に数えられる魔法だということはご存じのはずでしょう?」
クラリッサの問いかけには、当然の訝しげな響きがあった。
治癒魔法は、上級魔法に分類される強力な魔法だ。その威力は絶大で、瀕死の重傷から瞬く間に回復させ、時には欠損した手足すらも再生させる奇跡を起こす。しかし、陽属性の魔法の中でも特に魔力消費が激しく、その強力さゆえに、王宮魔法師の中でも「幻の魔法」とまで言われるほど使い手は非常に少なかった。だがその効果はまさに圧倒的で、その行使は時に人の理を捻じ曲げるとまで言われる。それゆえに、王によって厳重な制限が課され、使用するには王の許可が不可欠だった。
そんな奇跡にも等しい魔法を、ディアナが使用できたこと自体が驚きであったが、クラリッサの命に関わる状況とはいえ、迷いなくその禁忌を破った彼女は、厳しい処罰の対象となる可能性が極めて高かったのだ。その事実が、クラリッサの心を重く圧し、問いの言葉に切迫感を与えていた。
「あたし、クレアを助けられたことには後悔はない」
ディアナの声は、確固たる決意を秘めていた。
クラリッサが倒れたあの瞬間、ディアナの脳裏には忘れ去っていたはずの光景が鮮明に蘇っていた。それはディアナ自身ですら、無意識のうちに記憶の奥底に封じ込めていた、両親の最後の姿だった。
鮮血に塗れ、見る影もなく傷つき倒れ伏した父の姿。そして、無数の矢に射抜かれ、まるでハリネズミのように変わり果てた母の姿が、鮮明な記憶の断片となって脳裏に蘇ったのだ。
その瞬間、悲しみと絶望に飲み込まれるかのように、ディアナの魔力は暴走を始めた。制御を失った魔法は、容赦なく盗賊たちを打ち取り、辺りには凄惨な光景が広がった。後に残ったのは、猛威を振るったディアナの魔法の痕跡と、見るも無残な盗賊たちの死体だけだった。
全てが終わると同時に、張り詰めていた糸が切れたかのようにディアナは力尽きて倒れた。そして、気がついたときには、周囲の村人達から「バケモノ」と恐れられ、実の弟であるペトルからも怯えられる存在となっていたのだ。
「ずっと不思議に思ってた。皆を助けたはずなのに、どうして怖がられるんだろうって……」
ディアナは悲しげに目を伏せる。彼女の言葉には、拭いきれない悲しみが宿っていた。
それは、彼女の無垢な魂が受けた、あまりにも理不尽な傷跡であった。彼女の悲しげな瞳には、過去の苦しみが色濃く浮かんでいた。そして、ゆっくりと顔を上げると、泣き笑いのような、無理矢理作った笑顔を見せた。
「全部あたしだった。あたしが皆から恐れられるような力を使ったからだった」
その言葉は、ディアナがどれほどの自己嫌悪に苛まれていたかを如実に示していた。彼女は自分自身を責め、その強大な力を呪っていたのだ。まるで自らの存在そのものが、周囲に災いをもたらすかのように思い詰めていた。かつて人々から向けられた恐怖の眼差し、それがまた自分に向けられるのではないかとおびえていた。
「それは違いますわ!」
クラリッサは思わず声を張り上げ、ディアナの手を強く握りしめた。
その手は、冷たく震えていた。
先ほどまでは感謝の言葉をかけられ、笑顔を浮かべていたディアナだった。だが記憶が鮮明に蘇ったことで、過去に周りから突然拒絶された理由が、自分にあることを理解してしまった。そのため、いつかまた親しくしていた友人達の顔が恐怖に染まり、ディアナを拒絶する日が来るのではないかと怯えていたのだ。
「わたくしにディアナさんと同じ力があれば、きっと同じようにその力を使っていたでしょう」
クラリッサはそう言って、ディアナの目を見つめ、優しく微笑んだ。その笑顔は、ディアナの心を覆う暗雲を少しずつ晴らしていくかのように温かかった。
「不幸にも過去にディアナさんが受けた苦しみは、周りの無知によるもの。人は理解の及ばない力を、本能的に恐れる生き物ですもの。ですが、わたくし達は、貴女がどれだけ人知れず努力を続けてきたのかを知っています。そしてどれほどわたくし達を大事に思っているかも。だからこそ、ディアナさんが想像を超える力を使ったからといって、わたくし達が貴女を拒絶することは、絶対にありませんわ」
クラリッサの言葉は、ディアナの心に深く染み渡った。それは、ただの慰めではなく、深い理解と揺るぎない信頼に裏打ちされた真実の響きだった。
彼女の言葉は、まるで固く閉ざされたディアナの心の扉を、ゆっくりと開いていく鍵のようだった。
「……ほんと?」
まだ心から信じることができないのか、ディアナは母親に甘える幼子のような顔で、クラリッサに確認する。その瞳には、一筋の光が差し込んでいるようにも見えたが、同時にまだ深い闇が残っているかのようでもあった。クラリッサは、ディアナの小さな震えを感じながら、もう一度その手を強く握り返した。
「ええ、本当ですわ。わたくし達は、貴女の力を恐れてなどいません。むしろ、貴女がその力を使って、どれほど多くの人々を救い、助けてきたかを知っていますもの。わたくしはディアナさんのその力が、貴女を苦しめるものであって欲しくないのです。それは貴女を護るための力であり、貴女が望む未来を切り開くための力。もし、その力に恐怖を感じるなら、わたくし達が共に支えましょう。決して、一人で抱え込む必要はありませんわ」
クラリッサは、ディアナの手を両手で優しく包み込んだ。その手つきは、まるで母親が我が子を慈しむようだった。
ディアナは、ゆっくりと顔を上げ、クラリッサのまっすぐな瞳を見つめ返した。涙が溢れ落ちそうになるのを必死にこらえながら、ディアナは震える声でつぶやいた。
「ありがと……」
その言葉には、安堵の響きがあった。
ディアナは、しっかりとクラリッサの手を握り返した。その手は、もう震えてはいなかった。




