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秘密基地の調査へ

謎の建物を右の眼下に見ながら、入り江を慎重に回り込んでいく。

陽光は高く海面は穏やかに煌めくが、この先に何が待ち受けているのか、二人の間には自然と緊張感が高まっていた。


「人がいる」


常に建物付近を注視していたディアナが建物付近に人影を発見し、すぐに木陰に身を潜め、クラリッサもそれに倣って身を隠した。

木陰から顔だけを出して、二人はじっとその人物の様子を窺う。

草木が風に揺れる音だけが耳に届く。よく見れば建物に背を預けて立つ人物ともう一人、椅子に腰を下ろした人物がいた。二人は談笑している様子で、警戒心とは無縁のように見える。

数分間、息を詰めて観察を続けたが、やはり二人に気付いた様子はない。緊張で硬くなっていた肩の力が抜け、二人は同時に安堵の息を吐いた。


「何をしているのかしら?」


見張りにしては暢気に雑談に興じていて、辺りを警戒している様子は見られない。周囲の状況に注意を払うどころか、どちらかと言えばすぐ傍の建物を気にしているようにも見える。


「建物を見張ってる?」


「そのように見えますわね」


しばらくして、ディアナとクラリッサは、同じ結論に達していた。

彼らの任務は周囲を警戒することではなく、建物を監視することにあるのかもしれない。そう考えれば彼らがこれほど油断していたのは、ある意味で当然だっただろう。

それから数時間後、二人は視力を強化しなくても、建物が視認できる距離にまで近づいていた。近づいて分かったことだが、崖の上から発見した建物だけでなく、その奥にも複数の建屋が不規則に立ち並んでいるのが見えた。しかもそれぞれの建屋から人の気配が感じられ、見張りの彼ら以外にも相当数の人間がこの場所に滞在していることが判明した。

彼らの身なりは統一感がなくバラバラだった。擦り切れた継ぎ接ぎだらけの服装をしている者から、色褪せた軍服のような者までいて、どう見ても寄せ集めのような印象しかなかった。そのため、クラリッサが当初予測していた「他国の尖兵」という可能性はあっさりと否定された。

規律と統制に厳しい正規の兵士が、これほどまでに無秩序な服装をしているはずがない。むしろ賊の集団か、あるいは何かの組織の残党が身を潜めている、といった方がしっくりくる状況だ。

建物全体から発せられる異様な空気に、二人は警戒心をさらに高め、近くの藪の中で息をひそめていた。


「子供のすすり泣く声が聞こえる」


聴覚を強化し、建物内の様子を探っていたディアナは、顔を上げると戸惑った顔でそう言った。その表情には明らかな困惑が浮かんでいた。

最初に発見した建物の中から、複数の子供達のひそひそと話す声が聞こえてきたのだという。


「どう思う?」


「もしかしたら、ここはマーヤさんが追っている犯人のアジトではないかしら?」


しばらく思案顔を浮かべていたクラリッサだったが、顔を上げるとそんなことを口にした。

マーヤの追ってる犯人とは、ここ数年、辺境を中心に頻発している亜人の子供誘拐事件のことだ。魔法兵団に所属しているマーヤだけではなく、兵団に所属しているクラリッサの兄であるファビアンも、捜索に加わっていた。

他国の奴隷商人が関与している可能性が指摘されているものの、有力な手掛かりはほとんどなく、捜査は難航している状況だった。

そう考えれば、このような無人島は、犯人がアジトとするのに絶好の場所だろう。


「何とか建物の中を確認したいところですわね」


ここから見る限りでは、子供達が閉じ込められていると思われる建物には、明かり取りの窓すら見当たらなかった。男達が屯している場所に、格子のはまった重そうな扉があるだけだ。

あの扉の奥は一体どうなっているのだろうか。もし子供達が閉じ込められているのであれば、どのような状況になっているかを確認しなければ、救出計画を立てることすらできない。

二人は何とか近づこうと試みるが、意外にも見張りは多く、それ以上近づくことは困難だった。


「やる?」


杖を構え、やる気満々のディアナが、振り向いてクラリッサに尋ねる。しかし、彼女は静かに首を振った。


「ここは一応ダウデルト領ですので、わたくしの一存では決められません。一旦戻ってブルーノに確認いたしましょう」


そう言うと名残惜しさを感じつつも、二人は静かにその場を後にするのだった。

ベースキャンプへと戻った二人は、早速今日発見したことを報告した。


「亜人の誘拐犯のアジトだって!?」


ブルーノの驚きの声が、静かな夜の森に響き渡った。焚き火の炎がパチパチと音を立て、その光が彼の興奮した顔を照らしている。彼の隣では、マーヤもまた身を乗り出し、瞳を爛々と輝かせていた。

今日あったことを報告し合うため、焚き火を囲んで車座に座っていた一同は、クラリッサの報告に一様に息をのんでいた。


「誘拐犯の拠点がこんなところにあったなんて。どれだけ探しても見つからないはずだわ」


マーヤは、これまで捜査が難航していた原因が判明したことに、納得したような表情を浮かべた。

亜人の誘拐事件は、ここ数年の間この地域を騒がせていた。兵団や魔法兵団まで動員して捜査に当たっていたが、犯人の痕跡は掴めず手詰まりの状態が続いていたのだ。それが、まさかこんな隠れた場所にアジトがあったとは、誰も想像していなかっただろう。

クラリッサは、皆の興奮をよそに、冷静な声で続けた。


「まだアジトだと決まった訳ではありませんわ。その可能性が高いですけれど」


彼女の言葉は、熱くなった一同の頭を冷やすには十分だった。しかし、その可能性が高いという言葉に、皆の胸には新たな希望の光が灯った。

長い間、捜査に当たってきたマーヤにとって、これはまさに一筋の光明だった。マーヤと同じく魔法兵団にはブルーノの姉も所属していて、長い間捜査に加わっているそうだ。これは、誘拐された亜人たちを救い出すための、大きな一歩になるかもしれない。焚き火の炎が、希望を映すかのように、ゆらゆらと揺れていた。


「なら明日は重点的にその拠点を捜索してみよう。何とかして亜人誘拐の手がかりを掴みたい」


「なら、わたしを含めて何人か坊ちゃんに付けましょう。誘拐犯なら他国の商船と接触するかもしれません。タイミングが合えばその船を奪えるかも知れませんぜ!」


船長に代わってこちらの探索チームの水夫側のリーダーとなった副船長が、船を奪える可能性を示唆した。彼の言うとおり、攫ってきた子供達がいるなら、近いうちに奴隷商人と接触するはずだ。そうなれば隙を見て船を奪うことができるかも知れない。


「分かった。それじゃあ水夫の人選を頼む。こちらのメンバーは、俺とエルマー、案内役のディアナ、そして魔法兵団に所属しているマーヤ嬢だ」


ブルーノが毅然とした態度で人選を発表した途端、クラリッサから不満の声が沸き上がった。


「ちょっと納得いきませんわ! どうしてわたくしがメンバーから外れているのかしら?」


彼女の眉間には深い皺が刻まれ、その瞳には納得いかない感情が露わになっていた。

クラリッサがこれほど不満を露わにするのは珍しい。だが、ディアナもアルマもこの結果は想像できたのか、「やっぱり」という顔を浮かべていた。

彼女から思わぬ反論に遭ったブルーノは、慌てた様子をみせたが、毅然とした態度は崩すことなくすぐに理由を述べた。


「クラリッサ様の安全を考慮した上です。案内役はディアナがいれば事足ります。明日はもしかしたら、相手の出方によっては戦闘になるおそれがあります。そのためクラリッサ様、アルマ嬢、モニカ嬢には安全のためこちらに残っていただきます」


彼の弁明は理にかなっており、納得のいくものだった。

ブルーノにとってクラリッサは主筋に当たる。そのため彼女に何かあれば、子爵家として困ることになるのだ。

アルマとモニカの二人も魔法士としての才能は高いとはいえ、今はもう学生ではなく一般人であり、兵団に所属しているマーヤと違い、普段から魔法を使う頻度は減っていて、学生の頃のように活躍できるかは未知数だ。しかし、クラリッサは引き下がらなかった。


「わたくしはこれでも現役の探索士であり、魔獣の討伐経験のある魔法士ですわ。森の中での行動でしたら、貴方よりも動ける自信はございますわ。それに、今回は亜人の子供達が関わっているかも知れないのです。ビンデバルト家の人間として、このまま見過ごすわけにはまいりませんわ!」


彼女の真剣な眼差しと強い意志は、折れるつもりがないことを窺わせ、ブルーノは言葉を詰まらせた。マーヤもまた、彼女の言葉に「うんうん」と何度も頷いている。

マーヤと違ってクラリッサは、領内の治安維持に関わっているわけではない。しかし辺境伯家の人間として、長く人々を不安に陥れていた事件は許すことができなかったのだ。

なおも渋り続けるブルーノを、ディアナが遮った。


「大丈夫。あたしがクレアを守る」


ディアナは、驚いた顔を浮かべるブルーノの肩に手を置くと、力強く頷いた。

その言葉に、ブルーノは諦めたように溜息を吐いた。


「わかりました。そこまで仰るのであれば、クラリッサ様をお止めする理由はありません。ただし、万が一戦闘になっても前には出ず、自分の身を守ることを最優先にして、常に誰かと行動を共にしてください」


「わかりましたわ」


クラリッサは、彼のその言葉に満面の笑みを浮かべるのだった。

だが、不満の声はそれで収まらない。今度はアルマとモニカが不満を口にする。


「クレアちゃんが行くなら、わたし達も連れていってよ」


「ちょ、何を考えてる。危険が伴うんだぞ!?」


「だって、亜人の子供達がいるかも知れないんでしょ? 保護したときに人手が必要じゃない?」


「わたし達だって前みたいにできないことは分かっているわ。万が一戦いになったら防御に専念するから!」


ブルーノは頭を抱え込んだ。

確かにアルマとモニカが言うように子供達を救出した場合には、厳つい水夫ばかりよりは女性が多い方が、子供達も安心するだろう。学生時代のようにいかなくても、魔法を使える二人がいれば心強いのも確かだ。だが、彼女らを巻き込んでしまうかも知れないと思うと、簡単に首を縦に振ることもできなかった。


「ああもう、分かった。その代わり戦いになった場合は、お前達まで気が回らなくなるからな。防御を最優先で自分の身を守ってくれ」


「わかったわ。ありがとう」


こうして、探索チームのメンバーは、ブルーノ、エルマー、ディアナ、マーヤ、そしてクラリッサの五名に加え、アルマとモニカの同行も決まった。


「では、明日は早朝からアジトの探索に向かう。相手の出方によっては戦闘になるかも知れない。覚悟しておいてくれ!」


ブルーノの檄に、焚き火を囲んだメンバーは一様に「おう!」と力強く応えた。

静かな夜の森に、彼らの決意の咆哮が響き渡った。

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