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ユルサナイ

静かに、そして優しくアランの亡骸を横たえたヘイディが、杖を手に立ち上がる。


「もう一人魔法士がいるぞ!」


「先にこの(アマ)をやっちまえ!」


盗賊達が口々に叫び、ヘイディに襲いかかろうとするが、風を巧みに使った彼女に近付くことすらできない。

それどころか風をまともに喰らえば、先程の男のように上空へと巻き上げられてしまう。


「ち、近づけねぇ」


「弓だ。弓を持ってこい!」


「ダメだ、届かねぇ!」


一人、二人と数を減らしていく中、弓を手に反撃を試みるが、風に阻まれヘイディに届くことはない。


「ヘイディ、……暴走しているのか!?

抑えろヘイディ! このままじゃ!」


彼女が起こす暴風は、まったく制御を考慮していないかのようで、敵味方関係なく襲っていた。

そのためアハトは、叩き付けるような風に動くことができない。

ヘイディはアハトの呼びかけにも反応はなく、若干俯いた彼女の瞳は怪しく七色に輝いているように見えた。

しかしいくら彼女の魔力量が多いとはいえ、魔力消費の激しい天候魔法を使い続ければすぐに魔力も枯渇してしまうだろう。

ましてや普段使っている降雨魔法ではなく、使ったことのない暴風の魔法を怒りのままに使い続けているのだ。彼女まで失うことになれば、アハトにとって大事な妹という以上に、盗賊に抵抗する手段を失うことになるのだ。

アハトは必死で、ヘイディに呼びかけ続けていた。


――ふらり


不意にヘイディがよろめいた。

同時に猛威を振るっていた暴風が、一瞬弱まったように感じた。


「ヘイディ!」


アハトは引き続き名を呼び続けるが、相変わらず彼女からの反応はない。

ヘイディの魔力は、すでに枯渇寸前なのだろう。

これ以上魔法を使い続ければ、アランに続いてヘイディまで失ってしまう。


「ヘイディもういい。やめるんだ!」


ヘイディは足を踏ん張り仁王立ちになると、再び杖を構えた。

すると、すぐにまた暴風が猛威を振るい始める。

焦りを覚えるアハトだったが、彼は壁に叩き付けられた影響で、身体にまだ痺れが残ったままだ。

アハト自身も魔力は枯渇寸前で、残りの魔力では低級魔法を一発放つのが精一杯だろう。


「何でこんな時に俺はっ!」


無力な自分に嫌気がさす。

村長として村を守ることもできず親友を失い、今また妹まで危険に晒している。

彼は絶望に苛まれそうな自分を叱咤しながら、妹の名を叫び続けるのだった。


「……!?」


やがて、あれほど猛威を振るっていた風が急にピタリと止んだ。

ヘイディを見れば、彼女はまだその場に立っていたが、俯いたままフラフラと揺れている。


「ヘイディ」


アハトが名を呼ぶと、ヘイディは僅かに反応して顔を上げた。

七色に輝いていた瞳も元の翡翠色に戻っていた。彼女が無事なことにアハトはホッと安堵した。


「っ!?」


だが次の瞬間、彼女の胸に矢が突き刺さった。

自分の胸に刺さった矢を、ぼんやりと見つめるヘイディ。


「ヘイディ!?」


アハトが彼女の名を叫ぶ中、続けざまに四方から彼女に矢が降り注いていく。


「……」


一瞬でハリネズミのようになった彼女は、アハトや村人の絶叫が響く中、無言のままゆっくりと崩れ落ちた。

彼女のすぐ傍にはアランの亡骸が横たわっている。

残った力でヘイディが必死で手を伸ばし、アランの傍ににじり寄っていく。


「ア、ラ……ン……」


最後の力を振り絞るようにアランの顔を抱き寄せたヘイディは、アランの顔に自分の頬を寄せるようにすると、静かに力尽きるのだった。






「散々手こずらせやがって。おい、こっちの生き残りは何人だ?」


「……七、八。八人です」


「三十人がたった八人かよ。これじゃしばらく活動できねぇじゃねぇか。

これは多くの仲間を殺してくれたこいつらには、きっちり絶望を味わわせないと割に合わねぇ!」


髭面のリーダー格の男はそう言うと、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

抵抗力を失ったアハトらは、ひとりひとり手足を縛られ、村の広場へと集められていた。


「これから、必死でお前らが守ろうとした田畑を全て燃やしてやる。

干ばつの中の他の農地のように、お前らが育てた農地を失う絶望を味合わせてやる。

その次は子ども達だ。ひとりずつ手足を折って泣き叫ぶ声を聞かせてやる。

その後は女達だ。旦那や知り合いの前で犯しながら、腹をかっさばいてやるからよく見ておけ。

最後に男どもだ。手足の腱を切ったまま放置してやるよ。生きたまま獣の餌にしてやる。ま、運が良ければ助けられるかも知れねぇが、二度と農地を耕すことはできねぇだろうな」


ゆっくりとひとりひとりに、恐怖心を植え付けるように告げていく男に、村人達は恐怖に怯えた。

その中で覚悟を決めたアハトが顔を上げると、その男に話しかけた。


「ま、待ってくれ。俺はどうなったって構わない。だが村人は開放してくれないか?」


「ああ? 何だお前」


「俺はこの村の村長だ。頼む」


アハトは恐怖に震えながらも、目を逸らすことなく相手を見据える。

だが……


「……ダメだね」


獲物を見つけたような顔で男は言った。


「絶望を味わわせると言ったはずだ!

お前みたいな奴は特にな。特別にお前は最後まで生かしておいてやるよ。

最後まで絶望を堪能させてやるぜ!」


男の言葉に、周りの盗賊達も下卑た笑い声をあげる。


「くっ……」


「さぁ、楽しいショーの始まりだ! お前ら、農地や建物をことごとく燃やしてしまえ!」


髭面の男が命じると残った夜盗達が四方に散っていき農地や家に火を点けて廻り始めた。

農地はあっと言う間にモクモクと黒い煙が立ち上り、炎が燃え広がっていく。


「ああ、作物が……」


例年よりも収穫量が低いとはいえ、干ばつの中では貴重な食料だ。

ヘイディやディアナが雨を降らせ、農夫達が必死で育てた作物が火に包まれる。

村人達の中に咽び泣く声が静かに響いていく。


――ポツッ


頬に水滴が当たった。


「雨?」


それまで雲ひとつない快晴の空だったはずが、いつの間にか真っ黒い雲が広がっていた。

アハトがふと空を見上げた途端、突然激しい雨が降ってきた。


「ダメだ、火が消えちまう!」


激しい雨で農地に放火した火が、建物の炎が、あっという間に消えていく。

そして雨に加えて、冷たく強い風が吹き始めた。


「風? まさかさっきの魔法士か?」


先程までヘイディの風に散々痛めつけられた盗賊達だ。

アハトも含め、全員が思わずヘイディの姿を探した。


「いたぞ!?」


「誰だ? 子ども?」


盗賊のひとりが指差す先に、いつの間にか少女が立っていた。

少女は雨に濡れながら、静かにヘイディとアランの亡骸を見下ろしていた。

雨はさらに激しさを増し、もはや豪雨といっていいほどだ。

黒雲の中でゴロゴロという雷の音も聞こえ始めていた。


「お姉ちゃん!?」


泣き腫らした顔で、ペトルが姉を呼んだ。


「ディアナ、なのか……?」


静かに佇む少女は、雨のせいかアハトが知るディアナとは雰囲気が違って見えた。

しかし、藍色の髪の毛や着ている服装は、今朝見たディアナの姿のままだ。


「なんだぁ、ガキがまだいたのか?

おいお前、どこに隠れてやがった。こっちにこい!」


盗賊のひとりが呼びかけながらディアナに近付いていく。


「ディアナ逃げろ!」


「逃げてディアナちゃん!」


アハト達が口々に叫ぶが、ディアナはその場を動かないどころか俯いたままだ。


「へへっ、まだ子供だが、売れば結構な金になりそうな上玉じゃねぇか。

ほらお前もこっちに来るんだ」


男が舌なめずりするように下品な顔を浮かべ、ディアナの肩に手をかけようと右手を伸ばした。


――ゴウ


「う、うわぁ!?」


突然、周囲で風が渦巻いたかと思うと、男は一瞬にして上空へと巻き上げられてしまった。


――ドン!


そして、目映い光とともに、落雷が男を貫いた。

おそらく男は何が起こったかも分からずに、命を落としたに違いない。


「え!?」


状況を理解していないのは男だけではなかった。

この場にいた全員が、何が起こったのか分からずポカンとした顔を浮かべていた。


『今のは魔法……なのか?』


アハトももちろんその中の一人だ。

ディアナはかつてのヘイディの師から推薦状を貰うほどだ。

魔法士の適性が高いことは理解していた。

だが、今も降っている暴風や豪雨、そして雷。

どこまでが魔法でどこからがそうでないのか、アハトは理解できていなかった。


『ユルサナイ』


声は小さいが、はっきり頭に直接響いた気がした。

その声に戦慄を覚えたのか、盗賊達は思わず後ずさっていた。


「お前……目が……」


顔を上げたディアナの瞳は、普段の翡翠色ではなく、先ほどのヘイディと同じ虹色に怪しく輝いていた。

表情がコロコロと変わり、ニコニコといつも明るく笑っていたディアナの表情が、今は白く冷たい陶器のようになっていた。


「ディアナ、お前まで」


明らかに正気でない様子に、アハトはディアナまでも失ってしまうのではないかと感じた。


「何が許さないだ。ふざけるんじゃねぇぞ、このガキ!」


男はそう言うと矢を放った。

矢はヘイディのときのように風に流される事はなく、真っ直ぐディアナに向かって飛んでいく。


「ディアナ!」


悲鳴のような声が木霊する中、ディアナはその矢を何と手で掴んで止めた。


「へ!? 掴んだだと!?」


少女が射られた矢を手掴みで止めるという行為に、矢を放った男は間抜けな声を上げる。

だがすぐに顔を真っ赤に染めて激高すると、次の矢を番えてすぐに放った。


「お前らも射て!」


そして仲間達にもすぐに射るように命じる。


「お、おい!?」


しかし仲間は弓を構えるどころか、なぜか戸惑った声を漏らし男の方を指さした。


「なんだ? どうしたっていうんだ。……へっ!?」


男が視線を戻すといつの間に移動したのか、目の前にディアナが立っていた。

男は、目の前に立つ幼さの残る少女が、放った矢を本当に手でつかみ取ったのだろうかと漠然と考えていた。

しかしディアナは右手を突き出すと、次の瞬間には容赦なく男を吹き飛ばした。

男は一瞬で後方の建物の壁まで吹き飛ばされ、グシャっと果実を投げ付けたような音とともに、壁に貼り付いたまま息絶えた。


――きゃぁ!


村の女性から悲鳴が上がった。残酷な光景に失神する者も出る。

アハトも子ども達に見せないよう指示を出しながら、ディアナの様子を窺っていた。

ディアナはやはり別人のようだった。

感情の抜け落ちた表情に、虹色に爛々と輝く瞳で、淡々と作業のように盗賊達を葬っていく。


「ディアナ、もういい! もうこれ以上は!」


アハトの必死の呼びかけにもまるで反応を見せない。

それどころか瞳の輝きとともに風雨が更に強まっていた。

村の周囲に幾つも落雷が落ち、村人どころか今や盗賊達も怯えたように引き攣った顔を浮かべている。


「ひぃぃぃっ、ば、バケモノっ!」


ついに最後の一人となった盗賊が、鉈を放り出して逃げ出した。

しかし、風を操るようにディアナが腕を振ると、突風に煽られて転んだ。


「た、助け……」


それでも這うようにして逃げていく男だったが、直後に落雷に見舞われて命を落とすのだった。


「ディアナ!?」


しんと静まる中、ディアナは力尽きたようにゆっくりと倒れていく。

倒れてしまう寸前、ようやく追いついてきたタネリが、彼女を優しく抱き留めるのだった。


「雨が……」


あれほど猛威を振るっていた雷雨が、嘘のように掻き消えていた。

青空には最初から何も変わらなかったかのように、太陽が日差しを振り注いでいた。

ディアナ、激おこで暴走しました。

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― 新着の感想 ―
父さんと母さんいつまでも元気にいてほしかった……(泣)
あら、いいですねぇ今後の展開のために邪魔な家族には退場してもらう。
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