恋バナ
アルフォンスの性癖が明かになり、微妙な空気が流れたまま終わった晩餐会の翌日。
夕方近くになって、アルマらが迎えの馬車に乗って、ビンデバルト家にやってきた。
「やっほー! 久しぶり」
アルマやモニカが馬車から降りると、笑顔で駆け寄って来る。その後ろからマーヤは、凄く疲れた様子で欠伸を噛み殺しながら降りてきた。
「マーヤ、眠そう」
「そうね。ちょっと捜査で街を離れてたのよ。ヴィンデルシュタットに帰ってきたのが朝方だったら……ふわぁぁ」
マーヤはそう言いながら、また大きな欠伸を漏らした。
「大丈夫なんですの?」
「戻ってきてから仮眠取ったから。少し寝足りないけど平気。でも今日は早めに休ませて貰うわ」
「まだあの事件を追ってるの?」
あの事件とは、亜人の子供が攫われるという事件だ。
最初は辺境伯領を中心に人攫いが横行していたが、近頃は周辺へと広がりを見せているそうだ。そのため、周囲の領兵とも協力して捜査に当たっているが、イタチごっことなっていて、なかなか解決まで至らないのだという。
「各地の港からどこかに運ばれていくとこまでは分かったんだけどね。そこから先がまだ掴めてないのよ」
子供達を積んだ小舟を追っていくと、沖に停泊していた商船に合流するところまでは確認したが、そこから先その船の行方がどうしても掴めないのだという。
「なかなか大きな組織のようですわね」
「そうね。噂ではベルガウ王国の奴隷商人じゃないかと言われてるわ」
ベルガウ王国とは、アルブレヒト王国と違い、いまだに亜人の奴隷が合法とされている国だ。そこの奴隷商人が、アルブレヒト王国で奴隷狩りをおこなっていることを、否定できないそうだ。
「いっそベルガウ王国に潜入できれば、噂が正しいのか正しくないのか判明してすっきりするんだけどね」
さすがにそのようなことをすれば外交問題となるため、今はその証拠をコツコツと集めるしかないのだという。そのため兵団や魔法兵団は、他領の兵と協力しながら各地を飛び回っているそうだ。
「やあ。キミ達がブライトナーへ同行するという、クラリッサ達の友達だね?」
玄関前で喋っていると、アルフォンスが姿を現した。彼の背後には護衛の二人が、彼女らの行動に目を光らせている。
「でん、…アルフィー!」
「クラリッサ、ボクにも紹介してくれないか?」
慌てて言い直したクラリッサに微笑んだアルフォンスは、アルマらを紹介するように促した。「ええ」と応えたクラリッサが気を取り直して、三人にアルフォンスを紹介する。
「皆様、こちらは今回急遽ブライトナーに同行することになったアルフォンス様。侯爵家のご子息ですけれど、今回は堅苦しいのはなしにしたいと言うことで、アルフィーと呼んで欲しいそうですわ。アルフォンス様。こちらの三名はわたくし達がユンカー魔法学校時代の同級生で、右からアルマさん、モニカさん、そしてマーヤさんですわ」
「急な参加となって申し訳ないけど、ボクのことは気軽にアルフィーと呼んでくれ。よろしく頼むよ」
クラリッサの紹介に応じたアルフォンスは、気さくにアルマらと挨拶をおこなった。まさかアルフォンスが王族だとは夢にも思わない彼女らは、クラリッサの紹介を信じたようで、緊張しながらもそれぞれ挨拶するのだった。
「侯爵家の方ってことは、もしかしてクレアちゃんの婚約者?」
「全然違いますわ!」
アルマの詮索に、クラリッサが食い気味に全力否定する。彼女の婚約者であるエンゲルハルト侯爵家のカールハインツは、少なくともアルフォンスのような変態ではないのだ。
「クレアちゃんが全力で否定するなんて、何かあやしいわね?」
すぐに否定したことで逆に疑惑が濃くなったようで、アルマ達は興味津々といった視線を二人に向ける。
「ははは。ボクはクラリッサの婚約者ではないよ。それに、わたしにも他に婚約者がいるんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
クラリッサが否定した時には疑わしい視線を崩さなかったアルマ達も、アルフォンスがにこやかに否定すると、ようやく納得したように疑いの目を晴らすのだった。
「どうしてわたくしの言葉より、アルフィーの言葉を信じるのですか!?」
クラリッサ一人だけが納得いかない様子で頬を膨らませ、ディアナはそんな彼女の肩を叩き、黙って首を振るのだった。
その夜は、久しぶりに五人での食事となった。
領主邸三階にある家族用の食堂だ。ビンデバルト夫妻は、前日に引き続き二階の食堂で、アルフォンスとの晩餐のため不在。またファビアンは、兵団の仕事で屋敷を離れていた。
アルフォンスはアルマ達との食事を望んだが、彼の性癖をこれ以上露呈させないためと周りから説得され、渋々了承したのだった。給仕のメイドはいるものの、気の置けない友達との食事となった三階は、賑やかな会話や笑い声の響く楽しいひとときとなった。
「それで、アルマはホルストとはどうなったの?」
ディアナの鋭い質問に、モニカやマーヤも興味津々といった様子だ。
「べ、別に何にもないから!」
若干不満そうに頬を膨らませたアルマが、拗ねたようにプイッと横を向いた。何度か買付時の護衛として、ホルストと旅に出ているそうだが、今のところ何の進展もないのだという。ホルストと二人での旅になることもあり、野営にもなったこともあるそうだが、特にアルマとの関係が進むこともなかったらしい。
「アルマさんのこと、大事に考えてくれてますのね」
「早くしないとホルストに薹が立つ」
クラリッサは前向きに受け取ったようだが、ディアナは容赦がなかった。ホルストの年齢はすでに三十代半ばを迎えている。アルマとは倍以上の年齢差がある。ホルストはともかく、早くしないとアルマも適齢期を逃してしまうかも知れない。それに加えて、今やヴィンデルシュタットでも大店と認められているビッテラウフ商会の代表として、辣腕を振るう彼の奥方に収まりたいと考える女性は後を絶たないそうだ。
「待ってては埒が明かない。アルマから行くべき」
ディアナの過激なその言葉に、アルマは思わず赤面してしまったが、このまま待っていてはホルストが見初める女性が現れないとも限らない。現に大番頭のヘルマンが、ちょくちょくそういう話を持ってきているそうだ。
「そうですわね。わたくしもアルマさんから行くべきだと思いますわ! 目の前にこんなにたわわに実った果実があるというのに、ホルストは大店の代表とは思えないほど奥手ですわね」
「ク、クレアちゃんって、こんな感じだったっけ!?」
ディアナに続いてクラリッサがアルマの胸を眺めながら、ホルストをダメだしするような言葉が飛び出し、アルマが胸を守るように両手を交差する。クラリッサらしからぬ言動に、モニカやマーヤが大きく目を見開いていた。
「クレアはこう見えてむっつりだから」
「ちょっとディアナさん! それはどういう意味でしょうか?」
思わぬディアナのクラリッサ評と慌てる彼女の様子に、食堂は大きな笑いに包まれるのだった。
「そういうディアナちゃんはどうなの?」
「ん?」
そして話題はディアナへと移り、モニカの質問に意味を確認するように首をかしげた。
「学校に気になる男の子とかいないの?」
「あー」
ようやく意味が分かったようにポンと手を打つが、直後にあっさりと「ない」と切って捨てる。
「そうなの? ディアナちゃん可愛いいし、魔法も凄いからモテるんじゃないの?」
「ねぇ」
モニカとマーヤが、顔を見合わせながら頷きあった。実際ユンカー時代でも、密かに思いを寄せていた男子から、相談されたこともあったのだとモニカはいう。その時は、ディアナとの実力差に自信をなくした男子が諦めてしまったそうだが、アルケミアでは実力差はそこまで開かず、釣り合うんじゃないかと考えていた。
「残念ですけど、それはありませんわね」
だが、クラリッサからあっさりと否定されてしまう。
「ディアナさんは、今やアルケミアで『魔王』と恐れられる存在。そんな魔王様に釣り合うような学生はなかなかいませんわ」
「ちょっとクレア、それは言わない約束」
「あら、わたくしのことむっつりなんて言った罰ですわ」
どうやらクラリッサは先ほど「むっつり」と呼ばれた意趣返しに、「魔王」呼びを暴露したようだ。
「えっ、魔王様って何!? 詳しく?」
案の定、クラリッサの思った通りに魔王に食いつくアルマ達に、満足したような笑顔で説明をおこない、ディアナは羞恥に身悶えることになるのだった。
「へぇ、ディアナちゃんってアルケミアでも変わらないんだ」
「何か安心したわ」
「うん、わたしも安心した」
クラリッサからアルケミアでも、変わらぬディアナの規格外っぷりを聞いた三人は、驚いた様子だったが、どこか納得した様子で安堵の表情を浮かべる。
「何だかディアナちゃん、思ってたよりもずっと遠くまで行っちゃってるのね」
「解せぬ。あたしは普通。魔王でも規格外でもない」
「そういう無自覚なところもディアナちゃんよね」
しみじみとアルマが零した言葉に、納得がいかない様子のディアナが反論するが、その様子も含めて変わらないディアナにほっこりとするのだった。
「それよりディアナちゃん、このままじゃ普通の恋愛って無理なんじゃない? 最終的にブルーノとかアルフィーの愛妾になるしかないような気がしてきたわ」
「アルフィーだけはない」
心配そうに気遣うアルマに対し、クラリッサと同様即座に否定するディアナ。その様子をあやしく思った三人が、興味を引いたように問いかける。
「何々? さっきから二人ともおかしいわよ。アルフィーと何かあったの?」
「何でもない(ありませんわ)!」
ディアナとクラリッサは同時にそう口を開き、その後は口を噤む。
「やっぱりあやしいなぁ……」
二人の様子にますます疑いの目を向ける三人だった。




