アルフォンスの辺境行脚
ヴィンデルシュタットへ向かう道中で、結局クラリッサやアルフォンスが懸念していた事態は起こらなかった。騎士達は単純に任務に忠実なだけなのか、必要以上に彼女らに関わることもなく、十日後には無事にヴィンデルシュタットの城門をくぐることができた。
「アルフォンス侯爵様にご挨拶を申し上げます」
城門で出迎えたファビアンが、アルフォンスに挨拶をおこなった。
クラリッサが手紙で依頼していた通り、アルフォンスを侯爵として遇してくれている。
「今回のわたしの我儘にかかわらず、こうして対応いただいたこと。心より感謝する」
「はっ。過分なお言葉にございます。父もアルフォンス侯爵様のお越しを心よりお待ち申し上げておりました」
アルフォンスとファビアンが挨拶を交わしている間、クラリッサはキョロキョロと辺りを見渡していた。
「クレア?」
「いつの間にか護衛の騎士の姿が見えませんわね?」
ディアナが問いかけると、クラリッサは騎士の姿が見えないことを不審に感じ首を傾げた。ヴィンデルシュタットまでの道中、彼らを監視するように無言のまま護衛していた彼らだったが、街に入るといつの間にか姿を消していた。
「はい。街中での殿下の身分を考えれば、王宮騎士が表立って同行するのは好ましくありません。こちらの予定は知っていますから、帰るときにはまた姿を現すはずです」
バルナバスはそう言って説明するが、騎士の監視が外れたことにホッとした表情を浮かべていた。
騎士達はアルフォンスが帰路につくときまで、この街のどこかで身を隠すつもりなのだろう。あるいは彼らも王宮を離れた解放感で、こっそり休暇を楽しむつもりなのかも知れない。
「これがヴィンデルシュタットの街なんだね。わたしは城郭都市を見るのは初めてだよ!」
ファビアンとの挨拶を終えたアルフォンスは、無骨な城郭に囲まれたヴィンデルシュタットの街を興味深そうに眺めていた。
「辺境伯が首を長くしてお待ちです。ここからは我々が先導いたします」
そう言ってファビアン率いる領兵の先導で、一行はビンデバルト辺境伯邸へと向かうのであった。
「それではわたしは、先にブライトナーでお待ちしております」
「わかった。子爵殿にもよろしくと伝えておいてくれ」
「はっ、恐れ入ります。父も喜ぶかと存じます!」
領主邸に着くと、ブルーノが子爵家の迎えの馬車に乗り替えた。彼は翌日ブライトナーへと発ち、一足早くアルフォンスらの受け入れ準備を確認するのである。
「それじゃ、クラリッサ様、ディアナ。五日後にブライトナーでな」
「よろしくお願いしますわね」
「ん。楽しみにしてる」
クラリッサとディアナは、そう言ってブルーノを見送るのであった。
彼女らは、二日ほどヴィンデルシュタットに滞在したのち、ブライトナーへと出発する。
本日はアルフォンスを迎えて、辺境伯家で私的な晩餐会が開かれる予定だ。そして明日はアルマらと合流し、その翌日にブライトナーへ向けて移動するのだ。
彼女らは再び馬車へと乗り込み、屋敷の門をくぐる。屋敷の前では、ベルンハルトとイリーナの二人が、オスヴィンを筆頭に多くの使用人を引き連れ出迎えていた。
「アルフォンス殿下にご挨拶申し上げます」
「ビンデバルト辺境伯、久しぶりだな。息災であったか?」
「もったいなきお言葉、恐れ入ります」
そう言ってベルンハルトをはじめ、一同が一斉に頭を下げる。
周りの目がないためか、ベルンハルトはアルフォンスを偽りの身分ではなく、第五王子として遇していた。周りの使用人達にも、そのように言い含めているようで、使用人からは普段とは違う緊張感が漂っていた。
ひと通り挨拶がすむと、アルフォンスが砕けた調子で口を開く。
「今回わたしは侯爵家の人間だ。対応はそれに準じて構わないのでそのつもりで」
「はっ。恐れ入ります。では、アルフォンス様とお呼びさせていただきます」
「うん。それで頼むよ」
そう言って笑顔を見せたアルフォンスは、ベルンハルトに屋敷へと案内されていった。
「さ、ディアナさんはいつものわたくしの隣の部屋ですわ」
「ん」
アルフォンスの相手から解放されたクラリッサはホッと息を吐くと、ディアナの手を引いて一緒に屋敷へと入っていくのだった。アルフォンスは、屋敷の二階にあるもっとも豪華な客間に通され、バルナバスとアウレールの二人はその隣の部屋だ。
「それではアルフォンス様、滞在中はわたくしオスヴィンが、身の回りのお世話をさせていただきます。何かあればお呼びください」
オスヴィンが慇懃な態度で挨拶をおこなう。
滞在中に何かあってはならないため、ベルンハルトから最も信頼の厚い上級使用人である彼が、アルフォンスにつけられたようだ。
「わかった。よろしく頼むよ」
「はい。では、お食事の時間までごゆるりとお過ごしくださいませ」
オスヴィンはそう言って、丁重に頭を下げると下がっていった。
アルフォンスは一人になると、部屋の中を見渡した。
豪華で煌びやかな調度品が並んでいるが、華美というわけではなく、調和の取れた落ち着いた雰囲気で統一されている。このセンスの良さは、さすが辺境伯と思わせるものだった。
アルフォンスはバルコニーへと出た。
目の前には鮮やかな庭園の緑が映え、その先にはヴィンデルシュタットの街並みが広がっている。王城やアルケミアと違って緑が多く、見ていてホッとするような落ち着いた雰囲気の街並みだ。
「ふう……」
移動の疲れを癒やすように、アルフォンスは大きく息を吐き、軽く伸びをした。
数日後にはブライトナーへと移動しなければならないのが惜しいと思えるほど、彼はこの景色を早くも気に入っていた。
夕食の時間となり、オスヴィンに案内されてアルフォンスは食堂へと向かった。
今日は三階の家族の食堂ではなく、二階にある来賓用の食堂にエッカルトを除くビンデバルト家の全員とディアナが正装して集まっていた。
エッカルトは今回都合がつかなかったため、王都から帰ることが叶わず不在となっていた。
「こちらにどうぞ」
楽師のゆったりした演奏が流れる中、オスヴィンに案内されたアルフォンスの席は、当然ながら最も上座だ。彼の右側にはベルンハルトが、左側にイリーナが席に着く。
ベルンハルトの隣にファビアンが席に着き、イリーナの隣にクラリッサとディアナが腰を下ろした。平民であるディアナは、本来、貴族の晩餐会に出席することは叶わないが、ビンデバルト家に滞在中は娘として扱われていること。また、アルフォンスとは知らない仲ではないため、特別に出席を許されていた。
バルナバスとアウレールは護衛としてアルフォンスの背後に控えていた。彼らの席は別に用意されていて、交代で食事を摂ることになっている。
「ほおっ!」
ビンデバルト家ではおなじみとなっているが、アルフォンスが着飾ったディアナに感嘆の声を上げた。バルナバスとアウレールの二人も声にこそ出さないものの、驚いた様子で目を見開いていた。
今日のディアナは、青いオフショルダーのドレスを身に纏っていた。ゆったりとした生地には、星をちりばめたような小花が刺繍され、腰には彼女の髪色と合わせた藍色の大きめのリボンが飾られている。首にはアレクシスから貰ったペンダントがアクセントとなっていて、露出の大きい肩口には、薄い半透明のショールが掛けられていた。
ビンデバルト家に滞在時には、毎回ドレスを着せられるディアナだったが、この日のためだけに急遽誂えられたドレスは、これまで着たドレスの中でも最も華やいだ豪華な衣装で、ディアナは居心地が悪そうに身じろいでいた。
その隣のクラリッサは、華やかなピンク色のドレスだ。ディアナのドレスと随分と印象が変わって見えるが、色違いの同じデザインのドレスだった。
ニコニコと嬉しそうな表情でディアナと並んで座っていると、本当の姉妹のように見えた。
「普段と違って見違えたよ。ディアナはドレスも似合うじゃないか!」
「そうでしょう? ディアナさんは素材がいいのです。ここに滞在中はいつもこうやって着飾って差し上げるのが、わたくしの楽しみのひとつなのです」
身を固くして顔を赤く染めるディアナに対し、クラリッサは嬉しそうに自慢するのだった。
しかし、彼女の言葉にますます身を捩らせるディアナの姿が、アルフォンスの秘めたスイッチを入れてしまう。
「うっ、そ、その……。何というか……凄くいいじゃないか!」
バルナバスとアウレールの二人が、気付いたときには手遅れだった。
アルフォンスが顔を上気させ、身体をくねらせ始めていた。
「えっ!?」
ベルンハルト夫妻やファビアン、それに多くの使用人達も何が起こったか分からなず、目を見開いてその様子をしっかりと目に焼き付けてしまった。
「その格好で、一度だけでいいから、わたしを折檻してくれないか?」
うっとりした表情で悶えるアルフォンスに、その場の空気が凍り付いたのは言うまでもない。
「あ、いや。何でもないんだ。忘れてくれ」
ふと我に返ったアルフォンスが、すぐに誤魔化そうとしたが時すでに遅し。ほんのわずかの間だったが、その異様な恍惚とした表情で身をくねらせるアルフォンスの姿は、脳裏にまで焼き付いてしまっている。アルフォンスの異常な性癖は、到着早々にビンデバルト家に露呈したのだった。




