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惨劇

結局この年は、ほとんど雨が降らないまま収穫の時期を迎えた。

さすがにこのところ気温は下がってきていたが、野山には茶色く灼けた草木が目立っていた。

ボンノ村でもさすがに例年通りの収穫とはいかなかったが、ヘイディとディアナのお陰で、ある程度満足のいく収穫量を確保できそうだった。


「収穫は何とかなりそうだな」


「ああ、だが周りはほとんど全滅に近いらしい」


ホッとした様子のアランに対し、アハトは近隣の村の状況を語る。

全滅に近いと濁しているが、実際はもっと酷く収穫は見込めないところが多いらしい。


「結局、魔法師様が頑張って廻っても初動の遅さが致命的だったな」


「もう少し柔軟に対処できるようになればいいんだがな。

それより、この村だけが満足な収穫があるのを不満に思っている連中がいるようだ」


「何だそれは。それに不満が出るのはいつものことだろう?」


降雨魔法を使える魔法士を抱える村はほとんどなく、毎回不公平だという意見は一定数出ていた。今回の干ばつでも全く収穫が見込めない地域が多く出る中、ボンノ村だけがある程度の収穫量を確保したことで、いつも以上に不満は高まっているという。


「それはそうなんだが、さすがに今回のは餓死者が出てもおかしくない規模の干害だ。

国や領主様から満足のいく支援がなければ、不満の矛先はこちらに向くかも知れない」


「そんなに他は酷いのか?」


「ああ、ちらっと見ただけだが水源は枯れ、農地はひび割れが目立つほど干からびていた」


「けどよ、村の魔法士を村のために使うことは認められた権利じゃねぇか。それにヘイディやディアナは、何もこの村だけで独占した訳じゃねぇぜ!」


「もちろんそれは周りも分かっているさ。だが干ばつの規模がでかすぎるんだ。皆やりきれない気持ちを抱えて我慢しているが、どこかで不満のはけ口を求めているのかも知れない」


「それでその不満がこの村に向くのか? そんなのただの逆恨みじゃねぇか!」


王宮魔法師が各地を支援して廻っていた頃、ヘイディとディアナの二人も請われて一緒に各地を廻っていた。だがそれでも足りないほど今年の干ばつの範囲は広く、被害もかなり酷かったのだった。


「さすがに魔法師も全て廻り切れた訳じゃない。それに常に二人が気にかけてくれるこの村と違って、一度や二度の雨ではどうにもならなかっただろうよ」


「不平や不満はできるだけこちらで対処するが、万が一のこともある。

子ども達には、あまり村はずれに行かないように伝えておいてくれ」


「ああ分かった。頼むぜ村長」


「任せろ。それが俺の仕事だ」


アランはアハトの肩を軽く叩き、二人で笑顔を浮かべた。

しかし後日、アハトの懸念は再び現実のものとなる。






ディアナは一人森の奥の空き地で、いつものように魔法の練習をおこなっていた。

最近は生活魔法も精度が高くなったため、詠唱をせずとも問題ないレベルで行使できるようになっていた。

そのため今は、どこまで魔力を減らせるかや、逆に魔力を多く込めて生活魔法を使うなど実験のようなことに時間を費やしていた。

身体強化魔法も同様で手足の強化だけではなく、目や耳に魔力を集中することで、視力や聴覚を強化できることを発見していた。

もちろん発見したのはたまたまだが、ディアナのオリジナルという訳ではない。

一般的に知られてはいないが、目や耳を強化する方法は、斥候職には必須ともいえる能力であった。

また身体強化で身体の一部分に集めるのではなく、身体全体に広げた魔力を身体を大きくするようなイメージで魔力をどこまで広げられるかなど、こちらも興味の赴くままに色々なことを試していた。

アレクシスにヘイディが言ったように、彼女は地味な練習を嫌がることなく自ら創意工夫しながら続けることができた。


「ふう」


一通りの訓練を終えたディアナは、切り株に座って息を吐いた。


「学校かぁ……」


そう呟いた途端に表情が曇った。

先日、来年から領都の魔法学校に通うように告げられたばかりだ。

両親は少し前から考えていて、お金も少しずつ準備していたそうだが、ディアナ自身はまだそのことを消化できていなかった。

学校に興味がないといえば嘘になる。

今まで村から離れたことのない彼女にとって、領都は興味を刺激するのに充分だった。

ただ迷っている理由は、学校は領都にあるため村からは通えない。そのため家族と離れ一人で寮生活を送ることになるという。

十歳にもならない少女だ。まだまだ家族に甘えていたいディアナは、寂しさが勝っていたのだった。

彼女は無意識に、服の上からアレクシスに貰ったペンダントを握っていた。

ペンダントを貰ってから、彼女はそれをお守りのように肌身離さず身に付けていた。

あれ以来、アレクシスには会っていない。

ヘイディに聞くと「学校に行っていっぱい勉強したら会えるかも」と言っていたが、学校に行ったことのない彼女にはよくわからなかった。


「ダメだ。こんなことを考えてたら雨が降って来ちゃった」


気づけば雨が降っていた。

彼女の気持ちを映したような静かな雨だった。


「んもう、降るなら雨季に降ってくれれば良かったのに」


彼女の村以外では、収穫がほとんどなかったという話は彼女も耳にしていた。

この雨が雨季に降っていたとしても、焼け石に水にしかならなかったに違いない。

でも、もしかしたらほんの少しでも収穫に影響していたかも知れないと考えると恨めしく思えた。


「ふぅ」


ディアナはもう一度息を吐いた。


「学校へは行く!

いっぱい勉強してたくさん魔法を覚えて、あたしはお母さんみたいな魔法士になるんだ」


そう自分に思い込ませるように、無理矢理口に出した時だ。

慌てた様子でタネリが走ってくるのが見えた。


「おーい、ディアナ―!」


あんなに慌てたタネリは見たことがない。

何だか嫌な予感がして、ディアナは思わず駆け寄っていた。


「どうしたのタネリ?」


「はぁはぁはぁ、……む、村が襲われてる!」


「えっ!?」


すぐに言葉の意味を理解できず、ポカンとした表情を浮かべた。


「と、盗賊が村を襲ってんだ!

奴ら、刈り入れ間近の農地に火を放ってる!

父ちゃん達が必死で止めようとしてるんだけど、奴ら武器を持ってるから……お、おいディアナ待てよ!

お前が行ってもどうしようもないだろ!?」


タネリの言葉を理解した瞬間、ディアナは背筋がぞくりと震えるのを感じた。

そして次の瞬間には身体強化魔法でありったけの強化をおこない村へと走り出していた。

慌ててタネリが止めようとするが、ディアナはあっと言う間に見えなくなる。

雨がいつの間にか強くなりディアナの顔を叩く。

遠くで雷鳴も聞こえているようだ。


『お父さん! お母さん! ペトル!

どうか無事でいて!』


ディアナはそれだけを唱えながら、森の中を風のように駆け抜けていった。






顔を布で隠すようにした三十名近くの男達が、突然村に火を放ち、家に押し入っては金目の物を片っ端から奪い取っていく。

異変に気づいたアラン達が、必死で火を消し男達を止めようとするが、彼らは抵抗すると刃こぼれして錆び付いた剣や、折れた槍などを使って躊躇することなく牙を剥いた。

着ている服装などはアラン達と変わらず、手にした武器も粗末なものばかりだ。


「何だこいつらは!?」


対峙していたアランは戸惑った声を上げた。

大所帯で襲ってきたにもかかわらず、統率がまるで取れてなくてバラバラだ。

また動きも素人に近く、アランの身体強化魔法で簡単に対処できていた。


「アラン無事か!?」


「アハト、こいつら本当に盗賊か?」


「わからん。だがあいつら、ばばさまに手をかけやがった」


「何っ!? ばばさまは?」


アハトは無言で首を振った。

盗賊達がたまたま押し入った家にはマルタがいた。

彼らは躊躇うことなく無抵抗のマルタを殺害し、金品を奪った後に火を点けたのだ。


「酷ぇことをしやがる」


「とりあえずこいつらを何とかしないと、何人も犠牲者が出るぞ!」


「何にせよ、もう手加減はできねぇ」


「ああ、任せる」


アランは身体に魔力を纏わせると、手当たり次第に盗賊を排除していく。


「なんだあいつは!?」


「兵士上がりがいるぞ!」


「先にあいつを潰せ!」


隻腕だとはいえ、身体強化を使ったアランにあっと言う間に十人近くを無力化させられた盗賊達は、まずはアランを仕留めようと一斉に襲いかかる。

しかし身体強化を使った人間に、盗賊とはいえ一般人が敵うはずもなかった。


「うわぁ!」


「は、早い!」


瞬く間に五人がアランに討ち取られてしまった。


「強すぎる……」


残った盗賊達が思わず動きを止めてしまうほどだった。

誰もがアランを恐れ、動くことができないでいた。


炎の礫(フランメクーゲル)!」


ちょうど魔法攻撃で盗賊の一人を打ち倒したアハトも、アランの頼もしさに舌を巻いていた。

ここまで左手がないことを感じさせない働きに、ホッと安堵の息を吐いたちょうどその時だ。


「テメエら動くんじゃねぇ! こいつがどうなってもいいのか!?」


野卑(やひ)た野太い声が響き渡った。

一軒の家から出てきた盗賊が、子供を人質に取っていた。


「ちっ、卑怯な!」


動きを止めたアランが、吐き捨てるように呟いた。


「カミル!?」


アハトが息子の名を叫ぶ。

人質となっていたのは彼の息子カミルだった。

彼は後から抱きかかえられ、首元に錆びた短剣を押し当てられている。

乱暴されたのか、左目が半分ほど塞がり鼻血も出ていた。


「ううっ……」


丸太のような腕に締め付けられて、カミルの口から苦しそうな吐息が漏れる。


「やめろっ!」


「うるせぇ、動くなと言ったろうが! このガキがどうなってもいいのか!」


そう言うと男は、カミルの腕に躊躇なく刃を走らせる。

探検は錆びていても、柔らかい子どもの肌を傷つけるには充分だ。

切り裂かれたカミルの腕から鮮血が滴り落ちる。


「まずはお前だ」


そう言うなり傍にいたアハトを剣の柄で殴りつけた。


「ぐぁっ!」


アハトは家の壁に後頭部から打ち付けられると、頭から血を流しぐったりと動かなくなった。


「アハトっ!」


思わず駆け寄ろうとしたアランの前に、棍棒を肩に担ぎ下卑た笑みを貼り付けた男が立ちはだかった。


「動くなと言ったろうが、よくも弟を殺ってくれたな!

馬鹿な弟だったけどよ、俺にとっちゃ唯一の肉親だったんだぜ」


男は無造作に、棍棒でアランの足を払う。


「ぐぁっ!!」


鈍い音とともに、アランの左足があらぬ方向に曲がった。

更に男は、(うずくま)ったアランへと、続けざまに棍棒を振り下ろす。


「……ぅう、ア、アラン」


すぐに目を覚ましたアハトだったが、打ち所が悪かったのか身体が痺れて、すぐに動くことがことができない。

彼の目に、無抵抗に(なぶ)られるアランの姿が目に入った。

手足を折られ、それでもなお棍棒で殴られ続けるアランは、すでに抵抗すらできる状態ではない。

にもかかわらず、アランはぎらついた目で、その男を睨むのを止めなかった。

だがそれが、ますます男を激高させた。


「何だその目は!?

みっともなく地面を這いつくばることしかできないくせして生意気だな。

泣き喚け! 命乞いしろ!」


男は容赦なくアランに棍棒を叩き付けていく。


「ア、アラン叔父さん……」


目の前で繰り広げられる惨劇に、拘束されたままのカミルは泣くことしかできない。

アランは全身の骨が砕け、自身の血だまりの中に横たわっていた。

もはや素人目にも、助からないことが明らかだった。


「はぁはぁ、やり過ぎちまったぜ。死んじまったか?」


息の上がった男は、そう言うとアランに軽く蹴りを入れて反応を確かめる。


「うぅ……」


虫の息だが、アランは生きていた。


「へっ、まるでG並の生命力だぜ。だがこれで終わり、べっ!?」


トドメを刺そうと、男が棍棒を振り上げた時だ。

突然一陣の突風が駆け抜け、男の身体を巻き上げたのだ。

男は何もできず、そのまま上空へと高く舞い上がっていく。

そして始まったときと同じように突然風が止む。


「う、うわぁ!?」


――グシャッ


男は十数メートルの高さから地面に叩き付けられ、そのまま動かなくなった。


「なっ、何だぁ! 何が起きた!?」


カミルを拘束する男は、突然の出来事に状況が掴めず呆然となった。

そして、カミルを拘束していた腕が緩んだ。


風の礫(ヴィントクーゲル)!」


まだ満足に動くことができないアハトだったが、その隙を逃さずに魔法を発動した。

圧縮された空気の塊が、見事に男の顔面を捉える。


「カミル!」


「母さん!」


拘束が解かれたカミルを母親のノーラが抱き寄せ、そのまま家の中へと避難していった。

その隙に建物の影から飛び出した人影が、アランに向かって駆けていく。

ヘイディだ。


「アラン!」


血塗れのアランを、ヘイディは涙を浮かべて優しく抱き寄せた。

ヘイディの胸の中で、急速に体温が奪われていくアランは、ヘイディの顔を見上げて最後に柔らかく微笑んだ。

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