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新しい扉がひらいた

「できたぞっ!」


そう言って嬉しそうにブルーノが笑った。

授業が始まってしばらく経ったある日、ついにブルーノが一人で魔力循環ができるようになった。

ユンカー時代から魔力循環をおこなっていたブルーノが、これほど時間がかかった理由は、彼のその性格に寄るところが大きかった。これまでは、その才能によって特に練習などしなくても、何でもそつなくこなすことができた。そのため普段から地味な練習が嫌いで、性急にすぐに成果を求めたがるため、一人ではなかなか集中して練習が続かなかったのだ。

これまで魔力量の多さが自慢だった彼が、魔力測定でクラリッサに並ばれたのが余程ショックだったのだろう。それ以来、より真剣味を増して練習に取り組むようになっていた。


「ん。今の感覚を忘れないうちにもう一度」


ムラッ気のある性格が分かっているからこそ、ディアナは容赦なくもう一度おこなうよう求めた。


「せっかくできたんだから、今日ぐらいは喜んでもいいだろ?」


「ダメ。油断してるとすぐにできなくなる。あとは毎日続けてれば、魔力量は伸びる」


「わかったよ。やればいいんだろ!」


拗ねたように口を尖らせるブルーノだったが、大きくため息を吐くと、しかめっ面を浮かべながらも、もう一度魔力循環を始めた。

先ほどできたことで油断したわけではないだろうが、再開するとすぐに「あ、あれっ?」と首を傾げていた。しかし、その後は真剣な様子で取り組み、何とか無事に循環を成功させるのだった。


「わたくしも負けていられませんわね。来年の魔力測定では、わたくし、ブルーノを超えるつもりですわよ」


ブルーノに対抗するように、クラリッサも気合いを入れ直して練習に取り組み始める。


「いや、クラリッサ様はもう少し抑えて欲しいです」


ブルーノは魔力循環を習得したばかりだが、クラリッサは既に数年の経験がある。そのため、その効率と精度には大きな差があった。魔力循環に疲れ果てたブルーノが困ったように眉を下げると、三人の顔には笑顔が浮かんだ。

早朝の日課を終え、三人で休息を取っていた頃。

アルフォンスが、いつものようにバルナバスとアウレールを伴って屋上に現れた。

彼はまっすぐにディアナの前へと進み出た。


「……」


先日からアルフォンスの異様な姿を目撃しているディアナは、無言でクラリッサの後ろに隠れようとする。だがアルフォンスは、思いの外真剣な表情で語りかけた。


「ディアナ、お願いがあるんだ。わたしにも魔力循環を教えてくれないか?」


「へっ?」


アルフォンスの言葉が理解できずに、思わず間の抜けた声を出したディアナだったが、アルフォンスはそれを気にも留めずに話を続ける。


「今回、わたしは魔力測定で学年首位の成績を収めた。だけどディアナを始めとして、遥かに高い頂が他にも存在することを認識してしまった。王族として、またアルケミアの学生として、その高みをただ見上げるのではなく、挑戦しなければならないと考えているんだ。そこで、様々な意見を聞いた結果、魔力循環についてはディアナに教わるのが最も確実だと聞いたんだ」


先日の異様な姿と違って、アルフォンスはいたって普通の態度だ。もっともらしい理由を述べているが、王族が平民から教えを乞うなど、なかなかできるものではない。普通は命じればすむ話なのだ。この姿だけを見ていれば、何の問題もなかった。だが、ディアナにだけ見せたアルフォンスの姿が、どうしても頭から離れず、すぐに彼女は返事できなかった。


「……もう少ししたら、嫌でも授業で習う」


ディアナが教えるのと、授業で習うのも基本的にはやり方は変わらない。ただマンツーマンで教えるため、ディアナから教わる方がより確実なのは確かだ。できるだけアルフォンスとの関わりを避けたいディアナは、突き放すように授業で習うまで待つように提案した。しかし、アルフォンスは静かに首を振る。


「それでは遅過ぎる。わたしは早く魔力循環をマスターし、少しでも其方(そなた)らに追いつきたいのだ」


「……殿下は、魔力循環の経験はあるのでしょうか?」


困っているディアナを見かねたクラリッサが、助け船を出すように口を挟んだ。


「いや、まったく経験ないんだ」


その後、クラリッサが確認した限りでは、どうやらアルフォンスは、魔力循環自体がどのようなものなのかすら分かっていないようだった。


「ディアナさん……」


クラリッサの言いたいことが分かったのだろう。軽く頷いたディアナが、アルフォンスに向き直った。


「わかった。じゃ、両手を前に出して」


その言葉にアルフォンスが、嬉しそうに両手を前に突き出した。

彼の両手を握ったディアナが、いつものように右手から軽く魔力を流す。


「んんっ!?」


ほんの少し魔力を流しただけだが、アルフォンスは顔を紅潮させて吐息を漏らした。すぐに彼の顔色が悪くなり、側近の二人も血相を変える。

ディアナが手を離すと、アルフォンスは驚いたように目を大きく見開いた。


「どう? 今身体の中で動いているのが魔力。続けるなら慣れるまで気持ち悪いのがずっと続く」


「あれが、続くのか……」


アルフォンスは体内で魔力の蠢く感覚を思い出したのか、身震いする身体を両手で抱いた。顔色は赤く、視線もどこか焦点が定まっていないように見える。


「我慢できないなら、止める?」


「い、いや、もう少し続けてみてくれないか?」


「大丈夫?」


「ああ……、このような体験は、わたしにとって初めての境地だ。どう表現すればよいのか。ディアナ、キミの魔力にこの身体の隅々まで犯される感覚とでも言おうか。全身を駆け巡る抗いがたい快感に、わたしの魂までもがゾクゾクと泡立ち、打ち震えるかのようだ!」


心配そうに尋ねたディアナに対し、アルフォンスは潤んだ瞳を向け、陶酔したような妙に艶っぽい声で、その異様な感覚を蕩々(とうとう)と語り始めた。


「ひっ……」


今まで魔力循環をおこなってきた者と明らかに違う反応に、ディアナは思わず軽く悲鳴を上げて数歩飛び退いていた。

先日の耳打ちするような独白とは異なり、今回は全員が目撃している。

アルフォンスの異常ともいえるこの性癖に、クラリッサやブルーノは思わず顔を引きつらせ、バルナバスとアウレールはどうするべきか分からず唖然としていた。


「コ、コホン。と、とにかくだ。もう少し続けてくれないか?」


周りからの視線に気付いたアルフォンスが、取り繕うように告げる。だがディアナのみならず誰もすぐに動くことはできない。


「どうした? ディアナ、頼むよ」


「い、嫌っ!」


伸ばされたアルフォンスの手がディアナに触れる寸前、彼女は怯えたようにクラリッサの背中に隠れてしまった。だが、そんな彼女の態度すらアルフォンスの琴線に触れてしまうのか、身悶えながらうっとりした表情を浮かべている。


「どうしたんだい? 早く続きをしておくれよ」


さらに足を踏み出すが、今度はクラリッサとブルーノが戸惑った顔を浮かべながらも、ディアナを守るようにアルフォンスの前に立ちはだかり、その後ろからディアナがジトッとした目で睨んでいた。

側近の二人は、理解が追いつかないこの状況を、見なかったことにするらしく、無表情で虚空を見つめたままだ。


「ああぁ……。なんて目をわたしに向けるんだい。そんな人を人とも思わないような視線を向けられるなんて初めてだよ。う~ん、ゾクゾクするじゃないか」


取り繕うことを止めたのか、アルフォンスはうっとりしたように紅潮した表情で身体をくねらせた。

その異様な姿にディアナのみならず、クラリッサやブルーノまでが恐怖を覚えたように後ずさりしていた。

魔力循環するたびにアルフォンスがこういう反応をするなら、ディアナの怯え方からしても継続して教えることは不可能だろう。かといって、クラリッサが代わりに魔力循環をおこなうのも、さすがにこの姿を見た後では全力で拒否したい。だが、第五王子という立場を鑑みても、この奇妙な性癖がこれ以上広まるのは拙い。故に、ここはディアナに責任を持って面倒を見て貰うのが、最も穏便な方法だろう。クラリッサらはブルーノや側近と話し合い、そういう結論に達した。


「それで、この格好なのかい?」


クラリッサはブルーノやバルナバスに命じて、備品のシーツをつかってアルフォンスに巻き付け、ロープでぐるぐる巻きに固定したのだ。アルフォンスはあっという間に簀巻き状態となり、腰の左右から鰭のように突き出た手先だけが、僅かに動かせる状態となっていた。

王族に対して不敬極まりない対応だったが、クラリッサが考え、ディアナが妥協できるギリギリの線を探った結果だ。


「はい。ディアナの心の平穏のためです。ご容赦ください」


「わたしが頼んだことだ、我慢するさ。だが、これはこれでくるものがあるな」


そう言ってうっとりした表情を浮かべるアルフォンスの言葉を、聞かなかったことにしたクラリッサは、まだ怯えた様子を見せるディアナに向き直った。


「さ、ディアナさん」


「……ん」


クラリッサが優しくディアナを促す。すると、決死の覚悟を決めたような顔で、ディアナはゆっくりとアルフォンスの後ろから近づく。そして、ひらひらと魚の鰭のように動くアルフォンスの手を、躊躇いがちに掴んだ。

とりあえず顔が見えないだけで、気分的に随分楽になった気がした。ディアナは軽く息を吐いて気合いを入れると、魔獣と対峙しているかのような真剣な表情を浮かべ、静かに告げる。


「じゃ、流す」


ディアナが僅かに魔力を流し始めると、アルフォンスがビクリと震え、途端に王族が出してはいけない声が、屋上に響き始めた。


「んはっ、……はぁぁぁぁぁん!」


その気持ち悪さに全身が泡立ったディアナは、それでも我慢して少しずつ魔力を流し続けた。アルフォンスの二人の側近はいたたまれない表情を浮かべて、主の身悶える様を見守っていた。


「う゛う゛ぅ……」


やがて、アルフォンスの声が、魔力循環でよく聞く苦痛に耐える声に変わっていた。いつの間にか彼の顔も、脂汗の浮き出た青い顔へと変わっている。


「ディアナさん、そこまでですわ!」


魔力循環を止めたディアナが手を離すと、すぐにバルナバスとアウレールの二人が、アルフォンスを担ぎ上げた。


「急いで!」


クラリッサが叫ぶと、二人はアルフォンスを担いだまま駆け出していく。彼らが向かった先は洗面所だ。屋上から、二階にある男子の洗面所までは遠い。注意深くアルフォンスの顔色を見守っていたつもりだったが、快感に打ち震えていたと思えば、急激に顔色が悪くなっていった。その急な変化に、止めるタイミングが少し遅れてしまったかも知れない。


「少し、……間に合わないかも知れませんわね」


三人を見送ったクラリッサが、心配そうに呟いた。


「それはそうとディアナさん。あなた殿下に何かしたのかしら?」


「あたしは何もしてない。気付いたら目覚めてた」


世の中には、ああいった性癖を持った人間が少なからずいる。だが、そのことを知らないクラリッサは、アルフォンスが気持ち悪くなったことの原因をディアナに求めた。しかし、ディアナもいつの間にか、アルフォンスがああなっていたと首を捻るだけだった。


「あのような状態で、アルケミアでの生活は大丈夫なのかしら」


少なくとも王族、いや人がしていい表情だとは思えない。

クラリッサはアルフォンスが消えていった扉を、心配そうに見つめていた。


「急げっ!」


急いで階段を駆け下りながら、アウレールは前方のバルナバスに叫ぶ。しかし、アルフォンスを担いでいるため、バルナバスはどうしても慎重にならざるを得ない。

だが、足を担いでいるバルナバスに対し、アウレールのすぐ傍にはアルフォンスの顔があり、こうしているうちにも彼の顔色がどんどん悪くなってきているのだ。


「何でもいいから急いで…うわっ!」


焦ったように叫ぶアウレールだったが、階段を一段踏み外してしまった。幸い踊り場まで数段のところだったため事なきを得たが、それでも三人はもつれ合うようにして転げ落ちた。


「……う゛っ」


「殿下っ!?」


「ダメです!?」


青を通り越して紫色の顔をしたアルフォンスがついに限界を迎え、恐怖におののくバルナバスとアウレールの二人に向けて、盛大に吐瀉物(としゃぶつ)をぶちまけてしまうのだった。

無自覚のSっ気を発揮するディアナ。

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