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金属性はいまいちだった

「魔王様、昨日は本当凄かったよな!」


一日経っても、二年生の話題は、教室を森に変えてしまったディアナのことばかりだった。


「もう止めて……」


話題が蒸し返されるたびに、顔を真っ赤にしてディアナが恥じらっている。

普段は『魔王』として畏怖されている彼女だったが、この話題を出せばディアナが赤くなって恥ずかしがるため、そのギャップを皆が楽しんでいた。あまりにしつこいと手痛いしっぺ返しを喰らってしまうため、そのギリギリの線を見極めるのが、学生達の新たな遊びにもなっていた。

ディアナ自身も、ただの芽吹きの魔法があのような大惨事になるとは思ってもみなかった。

ラッヘルも『ありえない』と言っていたほどだ。彼の言うとおり、植物がディアナの適性の高さを喜んだとしか思えない現象だった。実際、あの後もう一度芽吹きの魔法を使ってみたが、そのときは普通に花を咲かせただけで、異常な反応はあの時の一度きりだった。


「ディアナさんのご先祖様が、エルフだというのと関係あるのかしら?」


「さぁ? でも、森に行っても別に普通だった」


クラリッサの疑問にもそう言って首をかしげた。

エルフは別名「森の人」と言われているだけに、木属性の魔法との相性はいいのだという。しかし、小さい頃や探索士としてよく森に入っていたが、その際に特に「懐かしい」とか「落ち着く」とかいう感覚は覚えたことはなかった。また、エルフの血筋と言っても何十代も前のご先祖様の話だ。耳がエルフのように尖ってはいるが、今はもうそれだけのことでしかなかった。


「やはりディアナさんを一度、隅から隅まで調べないといけませんわね?」


「それは前に断った。あたしのこと何だと思ってる?」


「可愛いマスコットに決まってますわ!」


膨れっ面のディアナの脇腹を、クラリッサはそう言ってくすぐりはじめた。


――きゃはは……


笑い声を上げながらディアナが逃れようと身を捩り、クラリッサは逃すまいとくすぐり続ける。負けじとディアナも反撃し始め、二人の笑い声が談話室に響いた。

目の前で突然イチャイチャとじゃれあい始めた二人に、ブルーノは居たたまれない思いで顔を赤くしながらも、心を無にして何とかやり過ごす。何があったのかは知らないが、二年生になってから二人がこうしてじゃれ合うことが増えているような気がする。周りの学生達も、二人の姿を極力目に入れないようにしているが、きゃあきゃあと楽しそうな二人の姿はやはり気にはなるらしく、皆チラチラと横目で見ていた。

木属性の授業の翌日、今日は金属性の授業がおこなわれた。

この日も初めての金属性の授業と言うことで、二年生全員が大講義室に集められていた。

金属性は、ラインマーというドワーフの男性教師だった。

彼は縮れた赤い髪と髭、それにドワーフという名に違わず酒焼けしたような赤ら顔で、太鼓のように突き出たお腹を揺すりながら教室に入ってきた。

ラインマーは、教壇の前に立つと学生達を見渡した。背が小さいため、彼の後ろにある教壇とそれほど大きさが変わらない。


「え、今日からキミ達に金属性を教えるラインマーだ。知っているとは思うが、金属性は錬金術師には必須となっておる属性なんだぞぃ。え、そのためこの適性がなければ、どれだけ錬金術師になりたいと望んでもなることはできないんだぞぃ」


独特の喋り方をするラインマーは、そう言って教室を見渡した。

比較的多くの者が適性を示した木属性と違って、金属性から陽属性、さらには月属性へと進むにつれて適性者が減っていく。もちろん金属性の適性がなくとも陽属性などに適性が出る者もいるが、相対的に適性を持つ者は少なくなっていくのだ。特に、月属性への適性を持つ者は非常に少なく、魔力量が足りずに使うことができない者もいるが、適性があるというだけで希少な存在であった。


「え、今日は、え、適性があるかどうかの簡単なテストをおこなうぞぃ」


そう言って、学生たちに握り拳大の金属の塊を配り始めた。

全体に行き渡ったのを見計らい、ラインマーが口を開く。


「え、昨日の木属性の授業では、教室を森に変えた者がおったらいいの。さすがに今日の授業ではそういうことは起こらんと思うが、非常に楽しみだぞぃ」


ラインマーの言葉で、ディアナへと一斉に視線が注がれる。彼女は身を固くして恥ずかしそうに俯いた。

そのディアナが森に変えてしまった大講義室は、現在使用不可となっていた。

広大なアルケミアの中でも、三つしかない大講義室が使用できなくなっていたため、講師達は授業の進行に腐心していた。しかし、ラッヘルが不可抗力によるものと証言したため、特に怒られたり罰を受けたりする事態にはならず、ディアナはホッと胸をなでおろしていた。


「え、このインゴットは、いくつかの素材が組み合わされた混合物となっておるんじゃ。え、錬金術の基本は、え、そういった混合物を分離して、単一の素材へと分けることから始めるんだぞぃ。え、これから儂が手本を見せるでの。え、よく見ておくんじゃぞぃ」


そう言って台に登り、教壇の上に置かれた一回り大きな金属塊に、重ねるようにした両手をかざした。


分離せよ(トレヌング)!」


ラインマーは呪文を唱えると、重ねていた手をゆっくりと左右に開いた。

すると金属の塊が、まるで生き物のように蠢いたと思うと、なめらかな動きで四つの塊へと分離し始めた。そして、ものの一分も経たないうちに、四つの球状の塊へと姿を変えていた。

四つの球体のうち黒っぽい鈍色(にびいろ)の塊が最も大きく、次いで赤銅色(しゃくどういろ)の塊と光沢のない白い球体、そして指の先ほどの小さな金色の球体となっていた。


「え、ざっとこんなもんじゃぞぃ!」


ラインマーがそう言って顔を上げると、学生達から感嘆の声とまばらな拍手が起こる。


「え、まずは適性があるかどうかを見るため、皆に配ったインゴットに向けて呪文を唱えてみることだぞぃ。インゴットが反応しなかったら、え、残念じゃが金属性への適性がないということじゃぞぃ。え、この魔法はもちろん、混じり合った素材が多ければ多いほど、え、金属塊が大きくなればなるほど、使用する魔力も多くなる。え、とりあえず諸君らの前にあるのは、二種類の素材を混ぜたインゴットじゃ。え、まずはお気軽に試してみることじゃぞぃ」


ラインマーのその言葉を合図に、教室のあちこちから『分離せよ(トレヌング)』と呪文を唱える声が聞こえ始めた。

入学時にアレクシスが、推薦状のペンダントをあっという間に修理したのを見てから、「いつかあたしも」と密かに楽しみにしていたディアナも、早速呪文を唱えてみた。


分離せよ(トレヌング)!」


その瞬間、ディアナの体内から、ごっそりと魔力が吸い出される感覚がした。ディアナの魔力は、魔力蒸留によって濃度が高められている。その魔力が三分の一ほどが一気に吸い出されてしまった。

ディアナは驚いて目を見開くが、目の前の金属塊が反応していることから金属性への適性はあるようだったが、その速度は驚くほどに緩慢だった。


――むむっ


必死で魔力を込めることで何とか分離することに成功するが、終わったときには息が上がり額には汗が浮き出ていた。


「ふむ。どうやらそれほど適性は高くないようじゃの。え、さすがに木属性のようにはいかなんだと見えるぞぃ」


ラインマーはディアナのその結果を目の当たりにし、明らかに落胆した様子を見せた。分離できたとはいえ、木属性のときは僅かな魔力ですんでいたものが、金属性では多くの魔力が必要となった。ラインマーの言うとおり、ディアナの適性はそれほど高くないのだろう。ディアナ自身も、これまで周りの期待以上の結果を出してきたことから、金属性の魔法でも密かに期待していたのだが、残念な結果となり、落胆したように息を吐くのだった。


「魔王様でも苦手なものがあったんだ……」


しかしこのことが学生達には逆に勇気を与えたらしく、教室には安堵するような空気が流れ、次々と学生達が挑戦を始めた。


「わたくしは、どうやら適性はないみたいですわね」


クラリッサの前には、始める前とまったく形の変わっていない金属塊が、そのままの形で残されていた。彼女もディアナと同様、一瞬で多くの魔力を吸い出されてしまったが、その後はどれだけ魔力を込めようともまったく反応しなかったと、無念そうに嘆いていた。


『おおっ!』


そんな中、今回の授業で注目を浴びたのがブルーノだ。

彼は初めてとは思えない手際の良さを見せ、あっという間に素材を分離して見せたのだ。しかも二種類の混合物だと言っていたが、ブルーノは六種類に分離したのだ。もちろん大きく二つの金属には違いはないのだが、誤差で混入したような、ほんの僅かしか混入されていない金属も見事に分離していた。


「何と!? これほどの適性が高い者を見るのは久しぶりだぞぃ。え、こんな爪の先ほどの混合物まで分離してしまうとは恐れ入ったぞい!」


ラインマーは相好を崩し、手放しでブルーノを褒め称える。

ブルーノは照れくさそうにしながらも、どこか得意気に胸を張っていた。


「ブルーノ、凄い」


「へへっ、やっとディアナに勝てるものが見つかったぜ」


ディアナに大きく実力で水をあけられていたブルーノは、彼女の賞賛に素直に喜び、ニカッと笑顔を浮かべるのだった。

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