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規格外の魔王様

「おはよう魔王様。今年も規格外の判定を期待してるぜ!」


「他寮の奴らの驚く顔が楽しみだわ。魔王様、今年も頑張ってね」


「魔王様って、こんな小さい頃から毎日魔力循環続けてるんだって」


「すげぇな。だからあんなに魔力が多いのか。さすが魔王と呼ばれるだけあるな」


ディアナの姿を目にすると、アインホルン寮内の其処彼処(そこかしこ)から気さくにディアナに話しかける声が聞こえてくる。

アルフォンスがディアナに頭を下げたことが広まると、誰ともなく彼女のことを「魔王様」と呼んだ。それを皆が面白がったため、アインホルン寮内にあっという間に「ディアナ=魔王様」が定着してしまった。もちろんディアナは否定しようとしたが、その時にはもう手遅れとなっていた。寮生達は、嫌がる彼女の反応すら楽しんでいるかのようだった。

幸いなことに「魔王様」呼びは、今のところ寮内に留まっていたが、これがもし全校に広まってしまうことがあれば、ディアナは羞恥のあまり悶死してしまうかもしれない。


「おはよう、ディアナ!」


アルフォンスは、ディアナが魔王と呼ばれる原因を作った張本人でありながら、あれ以来彼女の姿を見かけると、まるで年相応の少年のような笑顔を浮かべて、嬉しそうに駆け寄ってくるようになった。

満面の笑みを浮かべたアルフォンスが、遠慮なくディアナの手を掴む。

アルフォンスのディアナに対する距離感が気になるブルーノは、彼が駆け寄ってくるとピクリと眉を動かし顔を顰めるが、何も言わずにさりげなくディアナの傍に近づいて聞き耳を立てていた。


「今日は魔力量測定だね。わたしは魔力量は自信があるから楽しみにしていたんだ」


アルフォンスが駆け寄ってくると、露骨に嫌そうな表情を浮かべるディアナだったが、彼女の塩対応が、かえって彼を喜ばせる結果となっていた。彼女がアルフォンスを邪険に扱えば扱うほど、ディアナに対して、王族がしてはいけない顔を浮かべ身体をくねらせる。それを見たディアナがますます怯えていく、という堂々巡りだ。もちろんクラリッサらは、薄々気づいてはいるものの、この時点ではそれほど深刻に捉えていなかったのである。

アルフォンスら一年生は昨日の入学式でローブを授与され、正式にアルケミアの学生となっていた。

アルケミアでは、入学式の翌日に魔力量測定が恒例となっている。昨年も同様に測定が行われ、そこでディアナが「規格外」と判定され、その名を全校に知らしめたのも記憶に新しい。その後の彼女の一年間の目覚ましい活躍は言わずもがなだ。


「それじゃ、また後で」


一方的に喋ったアルフォンスが、満足したように去って行く。

ホールに到着すると、去年と同じように各寮の前方に大きな魔力測定機が三機並んでおり、その手前には一年生が座っていた。


「あら、今年は一年生から測定するようですわね」


クラリッサの言葉に、そういえば去年は三年生から測定していたと、ディアナは思い出した。

初めて見る魔力測定機に興味津々といった様子の新入生達が、順番を今か今かと待っていた。ひとりずつ順番に測定していく中、アルフォンスの側近達の番が来たようだ。紫の髪のバルナバスが緊張した様子で測定機に手を翳す。


「判定は、『四』だ」


続いて銀髪のアウレールが測定するようだ。


「判定は、『三』だ」


その結果にアウレールが顔を歪める。賭けでもしていたのか、勝ち誇ったようなバルナバスの顔が対照的だ。アルフォンスが言っていたように、彼らの目的はアルフォンスの護衛のため、魔法はそれほど得意ではないのだろう。

その後も新入生の測定が続いていくが、判定が「六」以上になることはまれで、ほとんどの学生が「四」と判定されていた。


「こうして見れば、去年のディアナさんの測定結果で、大騒ぎになったのもうなずけますわね」


「ええ。一年生で『五』が出るだけでも、あれだけ盛り上がるのですから。いかにディアナが規格外なのかが分かります」


「むぅ、それは心外。あたしだけじゃなく、クレアとブルーノも大概だから!」


クラリッサとブルーノが、しみじみと去年のディアナの規格外さを語り合うと、頬を膨らませたディアナが言葉を返す。ディアナが大きな注目を浴びた影に霞んではいるが、去年の測定でクラリッサは「七」、ブルーノに至っては「八」という測定結果で周りを驚かせていたのだ。いかに三人が、常人離れしているかが分かるだろう。


「いや、それをお前が言うのか」


ディアナが膨れっ面を浮かべているが、規格外の筆頭である彼女が言っても説得力はなかった。ブルーノが呆れたように彼女に突っ込む。


――おおおぉ!


そのとき、アインホルン寮のテーブルで歓声があがった。

いつの間にかアルフォンスの番になっていたようだ。


「判定は、『七』です!」


「七」という結果にアルフォンスは両手を挙げて歓声に応えていた。

結局、その後も新入生の中で「七」を超える数値を出す者は、アルフォンス以外に現れなかった。そのため、彼が一年生の中で魔力量トップはアルフォンスとなるようだ。


「さすがに自信があると仰るだけはありますわね」


「王宮で測定していたんじゃないですか?」


「それでも去年のクレアと同じなのは凄い」


素直に賞賛するクラリッサとディアナとは違い、複雑な感情が交じったブルーノ。彼は、ディアナがアルフォンスを素直に褒めるのを見ると、拗ねたように横を向いてしまった。


「どしたの?」


拗ねた原因となったのは自分だとは気付いていないディアナは、ブルーノの顔色を窺うが、それがますます彼を頑なな態度を取らせてしまう。


「ディアナさん、そろそろわたくし達の番ですわよ」


小さく息を吐いたクラリッサが、誤魔化すようにディアナの注意を逸らす。

測定機を見れば、確かに二年生が測定を始めていた。

ディアナの興味は測定する仲間へと移ったようで、測定結果に一喜一憂するように聞き入っている。


「何をしているんですか? 露骨すぎて見ててモヤモヤいたしますわ」


「いえ、すみません」


「いっそのこと告白してしまいなさいな」


「い、いえ、それは……」


面白がって背中を押すクラリッサの言葉に、絶句したようにブルーノが固まる。いくら恋愛に疎い彼でも、今の状況で告白しても振られるのは、火を見るよりも明らかだった。何とかディアナの注意を惹きたいと考えているが、朴念仁のディアナは彼には手ごわ過ぎる。今はある意味、アルフォンスの方がディアナの気を惹いているように見える。そのような状況の中で、玉砕覚悟でアタックする度胸などブルーノにはなかった。


「ブルーノの番ですわよ」


クラリッサに促されてブルーノが魔力測定機に向かう。去年の彼は「八」を叩き出し、大いに注目を浴びていた。彼は測定機の黒い球体に手をのせる。すると球体が一瞬光を放つ。そして次の瞬間には、測定員から結果を告げられる。


「結果は『八』です!」


ブルーノは去年に引き続き、「八」という結果だった。

ホール内に「おおっ」という歓声が響く中、ブルーノは若干悔しそうな表情で席に戻ってきた。


「どしたの?」


「魔力循環を続けてるのに、魔力が伸びてなかったじゃないか!」


魔力循環の成果が出なかったことが納得いかなかったのだろう。拗ねたように口を尖らせながら、ブルーノはディアナに文句を言った。ディアナは軽く溜息を吐くと、彼の頭に手刀を落とした。


()っ!?」


「魔力循環してもそんなに急激に魔力は伸びない。ブルーノはすぐに結果を求めすぎ」


ディアナが今の魔力量になるまで、およそ十年間毎日地道に魔力循環を続けてきたのだ。クラリッサは魔力循環を始めて一カ月後には、その成果を感じ始めていた。しかし、ブルーノと同じように、ディアナに魔力循環を手伝って貰っていたクラリッサだったが、彼女は一人でも地道に練習を重ねていたのだ。

ブルーノがキチンと魔力循環をおこなうようになって、まだ二カ月と経っていない。しかも実家に戻っている間は一人ではほとんどおこなっておらず、ディアナに手伝って貰うときだけ真面目に取り組んでいるだけだった。ブルーノとクラリッサでは、取り組む真剣さが違うのだ。


「結果は、『八』です!」


そのクラリッサの測定結果は「八」だった。彼女はディアナと一緒に真面目に魔力循環に取り組んでいるため、成果は確実に出ていた。彼女が、去年の「七」から魔力量が伸びたことで、ブルーノよりも大きな歓声があがった。自分でも手応えを感じていたのか、笑顔で声援に応えながら戻ってくる。


「やりましたわ。どんなもんです!」


「ん。クレアは凄い」


席に戻ってくると、クラリッサは嬉しそうに胸を張った。

一方で魔力量でついに並ばれたブルーノは、悔しそうに唇を噛んでいた。魔法の能力ではまだまだブルーノに分があるものの、身体強化魔法ではクラリッサの方がうまく使いこなしていた。また繊細な魔力制御を得意とする彼女は、飛行魔法や調合ではブルーノよりも成績がよかったのだ。これまで才能に頼って地道な努力を怠ってきたツケが、ここに来て顕在化していた。ブルーノは焦りを覚えると同時に、これまで下に見ていたクラリッサにすら置いていかれる恐怖を感じていた。


「俺も負けてられません」


彼は内心を悟られないよう、取り繕った笑みを浮かべるのだった。

そして、いよいよディアナの番となった。去年と違って注目が集まる中、ディアナが測定機の半球体に手を乗せる。


――カッ!


半球体が一瞬、目映い光を放ったかと思うと、すぐに沈黙する。

念のため再度手を翳すが、測定機の反応は変わらない。


「結果は、『規格外』です!」


静まり返る中、測定員の声が響いた。


――わっ!


期待に違わぬ結果に沸き上がる学生や教師達。ディアナのことを知らない新入生も「規格外」という結果に、目を輝かせ興奮したように語り合っていた。


「さすが魔王様!」


そんな中、アインホルン寮から「魔王様」という声が飛んだ。

「はっ!」としたようにディアナが振り返るが、その声に触発されたかのように皆が次々に「魔王様」と呼ぶ。他寮の学生が怪訝な顔を浮かべていたが、すぐに仲の良いアインホルン寮の学生が説明していた。そのため「ディアナ=魔王様」の異名は、あっという間に学校中に知れ渡ってしまうのだった。

ディアナは顔を真っ赤にしながら、逃げるように席に戻ってくると、クラリッサの陰に隠れて羞恥に身を(よじ)るのだった。

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