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反省会という名の宴会

『本年の寮対抗戦最優秀賞は、アインホルン寮一年生、ディアナ!』


その名が呼ばれた瞬間、アインホルン寮の学生が陣取る観客席は一瞬の沈黙の後、割れんばかりの歓声が沸き起こった。地鳴りのような拍手と、口笛、そして「ディアナ!」「ディアナ!」と名を呼ぶ声が会場中に響き渡る。

一年生で最優秀賞を獲得するのは、現役の王宮魔法師ドミニク以来となる快挙だ。ましてや十二歳での獲得となれば史上最年少記録を塗り替えることになり、その偉業に誰もが興奮を隠せないでいた。

壇上で恥ずかしそうに手を振る小さな少女からは、とても最優秀を獲った学生だとは思えない。知らない人が見れば、まるで幼い女の子が間違って紛れ込んだようにしか見えないだろう。それでも、彼女が成し遂げたことは紛れもない事実であり、その場にいる誰もが彼女の才能と可能性に畏敬の念を抱いていた。


「……すげぇな」


ユンカー入学当初から何かと因縁のあるブルーノが、感嘆して呟いた。彼の隣に立つクラリッサも、静かに頷いている。

最初は口数も少なく表情も乏しかったことから、ブルーノはディアナを人形のような奴だと考えていた。だが、その思い込みはすぐに打ち砕かれることになる。魔力量が自慢だった彼の魔力量をあっさりと上回っただけでなく、軽く捻ってやるつもりだった模擬戦でも、彼はディアナに瞬殺されてしまったのだ。その時の衝撃は、今でも鮮明にブルーノの記憶に残っていた。


「ユンカーでも一年と経たずに注目されましたけれど、やはりアルケミアでも同じ結果になりましたね。このままディアナさんはどこまで行ってしまうのでしょうね」


「そうですね」


クラリッサの言葉に、ブルーノは深く同意する。

ユンカーの基礎学年の長期休暇中、ディアナとの模擬戦で負けて後期授業に入った辺りからだ。ディアナがその特異性を発揮しだしたのは。それまで三組だった彼女が、後期からは二組となり、応用学年に上がるときには一組になっていた。その成長速度は驚異的としか言いようがなく、誰もが彼女の才能に舌を巻いた。それでもブルーノは、身体強化魔法が禁じられた模擬戦ではまだディアナに負けなかったこともあって、高を括っていた部分があった。

決定的な変化があったのは、やはり最終試験だろう。

オオカミの魔獣に襲われた際、エルマーらを逃がすため時間稼ぎをしたブルーノは、重傷を負って動くことができなくなっていた。

「もうダメかも知れない」そう思っていたところに表れたのがディアナだった。

ブルーノが動けないのを知ると、手際よく傷の具合を確かめ、惜しげもなく自分の回復薬を提供し、応急処置までおこなったのだ。その冷静で的確な判断力と行動力に、ブルーノはただただ驚くしかなかった。さらに、途中で合流したモニカとブルーノの二人を、彼女は魔獣から最後まで守り通した。

今思えば、その頃からディアナの強さに、単なる信頼以上のものを感じ始めていたのかも知れないとブルーノは思った。


「ブルーノは他人事のように言ってますけど、分かっているのですか?」


突然、クラリッサが眉をひそめて尋ねてきた。


「何をでしょうか?」


聞き返しただけなのに、なぜかクラリッサの機嫌が悪くなったように見える。

ブルーノは心当たりがなく、首を傾げた。

そのブルーノの様子を見たクラリッサが、呆れたような顔で軽く溜息を吐く。


「残り二年で、ディアナさんを振り向かせなければならないのですよ。今のままでは単なる友達で終わってしまいますわ!」


ブルーノは、幼い頃から周囲に天才と持て囃され、その傲慢な振る舞いは大人の目が行き届かない場所で顕著だった。幼い頃のクラリッサは、そんなブルーノのことを苦手としていた。しかし、彼の鼻をへし折ったのがディアナだった。

それ以来、それまで努力を嫌っていたブルーノが、ディアナへの対抗心からか、努力するようになったのだ。だが、ディアナやクラリッサとは異なり、地道な努力を続けるのは苦手なのだろう。その真剣さは、はた目には伝わってこない。

アルケミア入学時には魔力量の多さで注目を浴びたものの、ここはブルーノのような才能ある魔法士が集う場所だ。今のままでは、せっかくの才能を埋もれさせてしまうのではないかと、クラリッサは懸念していた。

ブルーノを賭けに誘い込んだのは、彼が変わるきっかけになればというクラリッサの思いからだった。もしブルーノが賭けに勝ち、ディアナが望むのであれば彼との約束は果たすつもりはいた。しかし、朴念仁のディアナのことだ。簡単にブルーノに靡くとは到底思えなかった。


『アルマさんのように分かりやすければいいのですが』


ディアナは当初に比べて表情豊かになったものの、興味のないものに対する感情表現の乏しさは相変わらずだった。

クラリッサはディアナを妹のように大切に思っているが、最近では彼女は本当にエルフなのではないかと考えることがあった。

エルフは種族的に達観した考えを持つ者が多いと言われている。そのため細かいことに惑わされず、ちょっとしたことでは動じない。また長命ゆえに恋愛感情も乏しく、性欲も希薄で、子供自体が非常に少ないのだそうだ。


『まるでディアナさんそのものですわね』


いくらエルフの血を引いているといえど、言い伝えられているエルフの特徴にここまで似るものだろうか。違うのは食欲が旺盛なところくらいかも知れない。


『いつかディアナさんで研究発表をおこなってみようかしら?』


クラリッサは競技場で祝福を受けるディアナを見ながら、頭の片隅ではそんなことを考えていた。






表彰式が滞りなく終わり、アインホルン寮の生徒たちは寮の談話室に全員が集まっていた。一週間に及ぶ寮対抗戦の疲れは、それぞれの顔に色濃く刻まれている。しかし、それは決してネガティブなものではなく、むしろ大きな任務を終えた後の安堵と達成感が混じり合った、心地よい疲労感のように見えた。皆一様にリラックスした表情を浮かべ、談話室は普段の賑やかさに加え、どこか特別な祝祭の雰囲気に包まれていた。

談話室の中央に、ハウスリーダーであるルーカスとエミーリアが並んで立った。彼らの存在感は、自然と寮生たちの視線を集める。


「一週間にわたる寮対抗戦、本当にお疲れ様でした」


ルーカスの声が、談話室に響き渡る。


「残念ながら今年もレヴィアカンプフェでは勝利を得ることができなかったが、個人戦や研究発表では、目覚ましい成績を収めることができた」


ルーカスはゆっくりと寮生たちを見渡した。


「何と言っても直前にあれだけ苦しんでいたディアナが、フルスコアでアングリフを圧勝したのは痛快だった。その結果として最優秀となったのも、皆が納得できる結果だろう。

もちろんこの結果は、準決勝を突破したフォルカーのお陰でもある。そのフォルカーは魔力枯渇でまだ眠ったままだが、あと数日もすれば目覚めるとのことだ」


ルーカスの言葉で、寮内がホッとした空気に包まれた。

アングリフのディアナの優勝し、最優秀に輝いたのは、まさにフォルカーの頑張りがあってこそだ。

その代償としてアインホルン寮は、レヴィアカンプフェのエースの一人を失うことになったが、レベル差を考えると、たとえフォルカーが万全の状態であったとしても、結果は変わらなかったに違いない。


「という訳でだ。ディアナ、一言貰えるかい?」


ルーカスの言葉に、ディアナの肩がビクリと震えた。

突然の指名に、彼女は少し戸惑った様子を見せる。

談話室中の視線がディアナに集中する中、彼女はゆっくりと立ち上がった。


「えーっと、……勝ちました」


ディアナは簡潔に一言だけ告げると、照れくさそうにすぐに座ってしまった。

彼女らしいぶっきらぼうな、しかし正直な一言に、一年近く苦楽を共にしてきた寮生達は、親愛を込めたやんやの歓声を上げた。


「それ以外にもブルーノが、ブリッツで準決勝まで進み、模擬戦でも惜しくも準優勝となったことは、来年以降のヴェットカンプにも期待が持てる結果だ。また、研究発表でも最優秀をいただいたことは、アインホルン寮の存在感を示す上でもよかったと思う。それじゃ、エミーリア。代表してコメント貰えるかい」


ルーカスが隣に立つエミーリアを促すと、彼女は深く頷き、一歩前へ進み出た。彼女の表情は、どこか晴れやかでありながら、緊張も見て取れる。


「えーっと、……獲りました!」


エミーリアは、つい先ほどのディアナの口調を真似ておどけてみせた。そのとたんに談話室は大きな笑いに包まれた。


「ナハトゲレートはわたしが一年生のときから当時の先輩方と共に研究してきました。もちろんその先輩方もまた、さらに上の先輩から受け継いできた研究よ。

代々アインホルン寮でコツコツと積み重ねてきた研究の成果が、今年ようやく認められて嬉しく思います。もちろん、この成果は先輩方だけのものではありません。多くの後輩達にも手伝って貰いました。……みんな、本当にありがとう」


エミーリアの言葉は、徐々に熱を帯びていく。途中、感極まって声が震え、瞳にはうっすらと涙が浮かんだ。しかし、彼女は最後まで感謝の気持ちを伝えきった。


「皆のお陰で、これから多くの研究者や出資者の方々の協力を得られそうです。

この先、ナハトゲレートの研究はアインホルン寮の手を離れ、さらに大きな舞台で研究を続けることになると思います。もちろんわたしの理想は、いつか映像を遠く離れた場所へ瞬時に送受信できること、そして誰もが携帯できるサイズまで小型化すること。その目標を達成するまで、わたしは決して止まるつもりはありません!」


エミーリアの力強い誓いの言葉に、温かい拍手が降り注いだ。

何度も挫折しそうになりながらも、決して諦めずに発表まで漕ぎ着けた彼女の執念は、寮の誰もが知るところだった。もしエミーリアがいなければ、ナハトゲレートの研究は、日の目を見ることがなかったかも知れない。彼女の情熱が、多くの困難を乗り越える原動力となったのだ。


「よし。じゃあ挨拶はこのくらいで。皆、飲み物はいきわたったかな?

ちょっとした食べ物を用意したから、今日は存分に楽しんでくれ。

ただし、ディアナはあまり食べないでくれると助かる、皆の分がなくなるからな」


ルーカスの冗談に、ディアナは顔を真っ赤にした。

その反応に、寮内は大いに湧き、談話室は賑やかな笑い声に包まれた。


「それじゃ、皆一週間本当にお疲れ様。乾杯!」


『かんぱーい!』


ルーカスの高らかな声に、全員がグラスを掲げ、口々に叫んだ。

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