寮対抗戦最終日(1)
いよいよ寮対抗戦も最終日を迎え、学校全体が最後の熱気に包まれていた。
この日はレヴィアカンプフェの三試合のみが競技場でおこなわれる。
昨日までヴェットカンプでしのぎを削っていた選手達や、校内各地で研究発表をおこなっていた学生達も、この日は全員が競技場に集結し、熱烈な声援を送っていた。
全校生徒に加え、遠方から応援に訪れた家族やOBによって、競技場は試合開始前からすでに人々の熱気と期待で充満し、肌を刺すような興奮が渦巻いていた。
そんな喧騒の中、一人だけその熱狂から取り残されたかのように、蚊帳の外に置かれた人物がいた。
彼の名はブルーノ。その淀んだ瞳と、明らかに落ち込んだ様子は、朝から何度となく漏らす深い溜息に現れていた。
「ブルーノ、いつまでも陰気くさいですわよ。準優勝なんだからもっと誇りなさい」
ディアナを間に挟んで座わっていたクラリッサが、呆れたように声を上げた。
彼女の言葉には、ブルーノの不甲斐なさに対する軽い非難と、早く立ち直ってほしいという思いが込められているようだった。
一方で彼の隣に腰を下ろしているディアナは、数本の串焼きを手に、ほくほくとした笑顔を浮かべていた。彼女の関心は串焼きにあり、残念ながらブルーノのことは気にしてすらいなかった。
ブルーノがこれほどまでに意気消沈しているのは、模擬戦の決勝でウルスラに敗れたからだ。
模擬戦の決勝は、両者共に防御を重視した静かな立ち上がりとなった。
互いに相手の出方を伺い、不用意な隙を与えないよう慎重に立ち回った。しかし、中盤以降はブルーノが攻勢に出る場面が目立つようになった。彼は積極的に攻撃を仕掛けるが、ウルスラの防御を破ることはできなかった。試合は膠着状態に陥り、延長戦へと突入した。
延長に入っても、ブルーノの攻勢が続いていた。しかし、試合終盤になるとブルーノの動きが目に見えて鈍り始めた。焦りからか、ブルーノが強引に勝負をかけたその瞬間、ウルスラは一瞬の隙を突いて渾身の攻撃を繰り出した。その一撃はブルーノに正確に決まり、勝負は決したのだった。
この勝利はウルスラにとって、嬉しい初優勝となった。アルケミア始まって以来、一般入学生の初の個人優勝であり、その快挙は学園内に大きな衝撃を与えた。
「そうだぜ。終わったことはしょうがないじゃねぇか。お前はまだ来年も再来年もあるんだ」
ディアナの反対側に座っていたローラントが、ブルーノを元気づけるように言った。
彼は「俺なんか三年間一度も勝てなかったんだぜ」と自虐的に笑っていた。
ディアナと共にアングリフの補欠メンバーに選ばれていたローラントは、一年の時から模擬戦メンバーに選出されるほどの実力者だった。しかし、そんな彼でさえも、三年間一度も一回戦を突破することはできなかった。今年は初戦でウルスラに敗れたのだ。
「わたくし達はブルーノの試合を見てませんけれど、お話を聞く限りブルーノの課題は明らかですわね」
クラリッサの指摘に、串焼きを食べ終えたばかりのディアナが、的確にブルーノの弱点を言い当てた。
「ん。魔力制御」
遠慮のないディアナの指摘に、ブルーノは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。彼の弱点は、まさにそこにあった。
ブルーノは幼い頃から、人並み外れた魔力量と魔法の才能に恵まれていた。そのため、家族からは将来を嘱望され、期待を一身に受けて育った。しかし、才能があったがゆえに、その有り余る魔力に頼りすぎてしまい、魔力制御がおろそかになっていた。
ディアナと出会い、鼻をへし折られるような経験をしてからは、自らの弱点に向き合い、努力するようになったものの、まだまだ魔力制御の甘さは完全に解消できたとは言えなかった。
それは今回のブリッツや模擬戦において、延長で敗れているのを見ても明らかだった。魔力制御が甘いせいで、長期戦になればなるほど余計な魔力を消耗してしまうのだ。その消耗を補おうとして、さらに魔力を消費し、結果としてブルーノの体力と集中力を奪っていった。
逆にいえば、その有り余る才能だけでユンカーで首席となったブルーノもまた、ある意味規格外の存在なのかも知れない。これまでは、その才能で何とかなってきたが、アルケミアは才能溢れる人間が集まる場所だ。明確な弱点を抱えたまま勝てるほど、甘くなかったのである。
「さあ、選手入場だぞ」
ローラントの声が、ブルーノを現実へと引き戻した。
そこでは、両チーム合わせて総勢二十四名の選手たちが、堂々たる足取りで入場してくる最中だった。
アインホルン寮の選手たちは純白のユニフォームに身を包み、その引き締まった体躯はしなやかさを感じさせる。対するグライフ寮の選手たちは、鮮やかな青のユニフォームを纏い、がっしりとした体格の者が多く、見るからに屈強な印象を与えていた。
彼らの入場は、まるでこれから繰り広げられる激戦を予感させるかのように、観客の期待感を煽る。
入場を終えた選手たちは、観客席を前にして横一列に整列し、大きく手を振った。そのジェスチャーに、観客席からは一際大きな歓声が沸き起こる。
「ルーカス、頼むぞ!」
ローラントの張りのある大声が響き渡る。その声に応えるかのように、ルーカスは観客席に向かって力強く拳を突き上げた。
練習を見た限りでは、今年のアインホルンチームはルーカスとフォルカーという二人のエースが中心のチームだ。攻撃はこの二人に任せ、残りの十人で寮のシンボルを死守するという、守備的な戦術を採るチームだった。
しかし、アングリフでフォルカーが魔力枯渇により倒れてしまったため、チームは戦う前からエースの一人を失うという絶望的な状況に陥っていた。勝利への道は、ルーカス一人にかかっていると言っても過言ではなかった。
ディアナは、これまでチームの練習風景は何度か見たことがあったが、実際の試合を観戦するのは今日が初めてだった。胸の内でドキドキとワクワクが、まるで調合鍋の中でかき混ぜられているような、形容しがたい不思議な気持ちで、配置へと散っていく選手達の姿を見つめていた。
「おい、フランツがシュテュルマーの位置にいるぞ!?」
ローラントが驚きに満ちた声を上げた。
シュテュルマーとは、攻撃的なポジションの選手を指す。
フランツは本来、アインホルンの守備の要であるフェアタイディガーとして、各選手への指示役なども担う重要な選手だった。確かに彼には攻撃的なセンスもあり、ここぞという時に見せる果敢な飛び出しは、チームの強力な武器の一つでもあった。だが、まさか試合開始と同時に攻撃的なポジションに配置されるとは、誰も予想していなかった。
「これは先制を狙ってるんじゃねぇか?」
「そうだな。グライフの攻撃は激しいから、先制して守り切るつもりなんじゃないか」
客席のあちらこちらから、ざわめきと共にそんな声が聞こえてくる。
レヴィアカンプフェは、一チーム十二名で、交代は三名までが認められている。地上には幅約百二十メートル、奥行百メートルのコートが描かれているが、飛行する場合は特に範囲の制限はない。空中の範囲に制限がないのは、飛行魔法を駆使する場合、百メートル程度の範囲ではあまりにも狭すぎるためだ。
試合時間は十分間。これは、魔力消費の激しい飛行魔法を駆使するため、体力と魔力の消耗を考慮した時間設定だった。
コートの両サイド中央には、寮のシンボルを象った、チェスの駒のような高さ五十センチメートルの像が置かれている。相手チームのシンボルを奪取すれば一点が与えられ、試合終了時により多くの得点を挙げたチームが勝利となる。
シンプルなルールの中に、高度な戦略と個々の技術が求められる、それがレヴィアカンプフェだった。
――カラン、カラン
試合開始の鐘が鳴り響いた。
客席の誰もが予想した通り、アインホルンチームはルーカスとフランツの二人が、流れるような動きで素早く敵陣深くへと侵入していく。
対するグライフチームは、四人を自陣に残して八人が一斉に動き出した。うち三人は地を這うかのよう低空でアインホルン陣へ向かい、残りの五人は一気に上空へと舞い上がり、アインホルンの象徴たるシンボルを目がけて急降下してきた。その動きはまさに、天空を舞う猛禽類のようだった。
「早い!」
アインホルンチームのフェアタイディガー達は、そのあまりの速攻に思わず声を上げた。
「像を守れ!」
始まってすぐのことだが、アインホルンの守備陣はすでに混乱の極みにあった。陣形はバラバラになり、連携も全く取れていない。各自が孤立した状態で、ただひたすらにシンボルを守ろうともがいている。
速攻を仕掛けたルーカス達も、たった四人のフェアタイディガーに足止めを食らっていた。彼らの守りは固く、シンボルに近づくことすら叶わない。
「混乱してるな。やっぱり守備はフランツがいないと苦しい……」
守備の統率者が不在では、相手のシュテュルマーを止める術もなく、自陣奥深くへと易々と進入を許してしまう。グライフチームの攻撃は淀みなく、まるで洪水のようにアインホルン陣を飲み込んでいく。
そして、試合開始から僅か一分足らず。アインホルンチームはあっという間に像を奪われてしまった。観客席からは、ため息にも似た声が漏れる。
「くそっ、やっぱりグライフは強いな」
「うちのチーム、あんなに練習してたのに全然連携できてないじゃない?」
「やっぱりルーカス一人じゃどうにもならないわね」
始まったばかりだというのに、アインホルン寮の応援席はすでに諦めムードが漂っていた。
現に一点を先制された後は、フランツを本来のフェアタイディガーに戻して守備は劇的に安定した。彼の的確な指示と、持ち前の統率力によって、バラバラだった陣形は再びまとまりを取り戻す。しかし、如何せんルーカス一人では相手の堅固な守備を突破することは難しい。一点を返すことができないまま、時間だけが虚しく過ぎていく。
結局守備は安定したものの、一点が遠く、終了間際に致命的な二点目を献上し、二対〇でアインホルンチームは敗れた。
ほとんど自陣に釘付けとなっていたフェアタイディガー達だったが、それでもフランツを始め全員が肩で息をするほど疲弊していた。。彼らの額には大粒の汗が滲み、全身からは湯気のように熱気が立ち上っていた。
「むぅ、弱すぎる」
そこに、ディアナの容赦ない言葉が突き刺さる。
「ち、ちょっとディアナさん!」
不満そうに腕を組んだディアナが頬を膨らませながら呟き、周りの視線を気にしたクラリッサが慌ててディアナの口を押さえる。かくゆうクラリッサも気持ちはディアナと同じだった。
選手それぞれが必死に頑張っているのは分かるが、グライフチームと比べるとチームとしての完成度がまるで違う。アインホルンチームは目の前の相手しか見ていないのに対し、グライフチームは各々が役割を持って、有機的に連携しているように感じる。特に攻撃面では、ルーカス個人の突破力に依存しすぎている感が否めず、十回対戦しても一度も勝てないのではないだろうか。かとさえ思えるほどだ。観客席のあちこちから、アインホルンチームの拙い連携に落胆の声が漏れ聞こえていた。
「追加を買ってくるなら今のうちですわよ」
「ん。行ってくる。クレアは何か欲しいものある?」
クラリッサは、少し考えてから首を横に振った。
「わたくしは結構ですわ。ブルーノはどうですか?」
クラリッサがブルーノに視線を向けると、ブルーノは俯いたまま、蚊の鳴くような声で答えた。
「……俺もいい」
「わかった」
ディアナはそう言うと、いそいそと料理の追加を買うために場外の屋台へと向かった。その足取りは、まるで今の試合展開など気にも留めていないかのようだ。
後に残ったクラリッサは、まだ拗ねたように唇を尖らせているブルーノを一瞥すると、軽く溜息を吐く。
「ブルーノ、悔しいのは分かりますが、いつまでも拗ねていても結果は覆りませんわよ」
クラリッサの言葉に、ブルーノはびくりと肩を震わせ、慌てたように顔を上げた。
「わ、わたしは決して拗ねてなどありません」
その声には明らかな動揺が滲んでいた。
「では何だというのですか?」
クラリッサは、じっとブルーノの目を見つめる。
ブルーノは反論しようと口を開きかけるが、言葉が出てこない。何かを言いたげに口をパクパクさせる姿は、まるで陸に打ち上げられた魚のようだ。
「そ、それは……」
結局、ブルーノは反論を諦めたように、ゆっくりと口を閉じてしまった。
「ほら、ごらんなさい。終わったことをいつまでもうじうじと悩んでいるよりも、ディアナさんのように前向きに悩む方が健全だと思いますけど? 今の拗ねているだけの貴方には、はっきり言って全く魅力がありませんわ。そんなことでは、ディアナさんを振り向かせることなどできませんわよ」
クラリッサの言葉は、ブルーノの心の最も柔らかな部分を突いた。
彼がディアナに対して抱いている、まだ形にならない淡い感情を、図星のように指摘されたのだ。
「な、なぜそこでディアナの話が出てくるんですか!?」
ブルーノは顔を真っ赤にして狼狽した。
その表情は、まるで隠し事を暴かれた子供のようにあからさまで、見ているクラリッサにとっては滑稽に映っただろう。誤魔化そうと必死になっているようだが、彼の顔がまるで熟れたトマトのように赤くなっていることが、ディアナを意識している何よりの証拠だった。
「貴方、まだご自分でもよく分かっていないようですけれど、ディアナさんに懸想していますわね」
クラリッサは、確信めいた口調で追い打ちをかけた。彼女の言葉は、ブルーノの心臓に直接響いたかのようだった。
「け、懸想!?」
ブルーノは、自分の感情に名前を付けられたことに驚き、ますます顔を赤く染めた。自覚していなかった感情を他者から指摘され、彼は混乱と恥ずかしさでいっぱいになった。慌てて両手で顔を覆い隠そうとするが、熱くなった耳まで赤いため、全く隠すことができていなかった。むしろ、その仕草がかえって彼の動揺を物語っていた。
「ええ、そうですわ。先日から、いえ、結構前から、貴方は無意識のうちにディアナさんの姿を目で追ったり、他の男子生徒と話しているディアナさんを、チラチラと盗み見たりしているではないですか。それに、ナハトゲレートまで使ってディアナさんの声を聞こうとするのですもの。いくら何でも、その行動はあからさま過ぎだと思いますわ。まるで恋する少年そのものですもの」
クラリッサの指摘は具体的で、ブルーノは反論の余地もなかった。彼の無意識の行動は、全てディアナへの特別な感情から来ていたのだと、彼は今になって初めて理解した。
「そんな、俺、わたしはそんなっ……」
しどろもどろになるブルーノを見て、クラリッサは面白そうに目を細めた。その表情は、まるで猫がおもちゃで遊ぶかのように楽しげだった。
「本当に自覚してなかったのね。呆れるくらい鈍感ですわ」
クラリッサの言葉に、ブルーノは頭を抱え込んだ。
ディアナに対して抱いていた、友情とは言い切れない親愛の情や、彼女が他の男子生徒と親しげに話すのを見たときに感じた、説明のつかない嫉妬の念。
自身ではその感情の正体を理解できずにいたが、クラリッサから「恋愛感情」だと示され、彼はようやくそれが恋であると自覚した。
「それで、貴方はディアナさんを、まさか愛人にでもするつもりなのかしら?」
やや硬い声音で、クラリッサが問う。その声には、否定的な響きが込められており、ブルーノは思わず身を固くした。
学内では身分差など意識せず、よく三人で行動していたが、学校を出れば貴族と平民の間には明確な違いがあることを痛感させられる。住居、乗る馬車、着る服、そして社交の場での振る舞いまで、あらゆる面でその隔たりは大きく、決して軽んじられるものではなかった。
クラリッサがディアナを実の妹のように可愛がり、辺境伯家もそれを認めているため、辺境伯邸に滞在する際、ディアナはクラリッサと同等の扱いを受けている。しかし、本来であれば、両者の間には身分的な隔たりがあり、直接会話することさえ許されないほどだ。
それは恋愛においても同様だった。
貴族と平民では、たとえお互いが深く愛し合っていたとしても、正式に結婚することは許されない。もし強引に結婚したとしても、それは社交界において明白な弱点となり、貴族としての地位を危うくする。そして一度ついてしまった汚点は、たとえ離婚したとしても生涯消えることのない烙印となるのだ。
密かに平民を愛人として囲っている貴族もいるが、それはあくまで公にはできない非公式の関係に過ぎない。
「そ、そのようなつもりは……」
ブルーノは慌てて否定した。
貴族である自分と、平民であるディアナ。その間に横たわる深い溝を、彼は今、まざまざと突きつけられていた。身分の壁はあまりにも厚く、彼の淡い恋心を踏みにじるかのように立ちはだかっていた。愛する気持ちと、越えられない壁。彼の心は、激しい葛藤に揺さぶられた。
貴族としての立場、家の名誉、そして何よりもディアナの幸せを考えれば、この恋は諦めるべきなのか。クラリッサに指摘されるまで、ディアナに対する気持ちに気付かなかったくらいだ。
彼はただ、無意識のうちにディアナのそばにいたいと願い、彼女の笑顔を見ることが日々の喜びとなっていた。明確な恋愛感情として自覚していなかったからこそ、ディアナとどうなりたいという、具体的な未来像すら持ち合わせていなかったのだ。彼の心は、まだ曖昧なままで、ただディアナへの好意だけがそこにあった。
「そう。それならディアナさんには黙っていて差し上げますわ」
クラリッサの笑顔にブルーノは安堵した。
しかしブルーノの様子を見て、クラリッサはにっこりとある提案をする。その目は、まるで獲物を見定めたかのように、どこか挑戦的で楽しげな光を宿していた。
「でも、それだと貴方は安心できないかしら? そうですわね。……それではひとつ賭けをいたしましょうか?」
「賭け? ……ですか」
ブルーノは訝しげに尋ねた。クラリッサが一体何を企んでいるのか、全く予想がつかなかった。
「ええ。貴方とわたくしとの賭けですわ」
挑戦的な目を向けられたブルーノが、ゴクリと喉を鳴らした。
クラリッサの真意は依然として不明だが、彼女が提示する「賭け」という言葉に、彼の好奇心は強く刺激されていた。
「期限はアルケミアを卒業するまで。もし貴方がディアナさんを振り向かせることができれば貴方の勝ち。残念ながら関係が進まなければわたくしの勝ち。
貴方が勝てば、ディアナさんをビンデバルト家の養女とし、結婚できるよう計って差し上げますわ。その代わり、私が勝ったならディアナさんのことはきっぱりと諦めていただきます」
ブルーノは漠然とした将来に、いきなり光が差したような気がした。
ディアナへの想いをどうすればよいのか、全く見当もつかなかった彼にとって、この提案はまさに渡りに船だった。
ディアナが貴族の養女となれば、身分の壁は取り払われ、ブルーノとの婚姻も可能となる。彼女が元平民だとバレれば面倒くさいことになるだろうが、社交界の中でも大きな勢力を持つビンデバルト家に、表立って立てつくような貴族はそれほど多くはないはずだ。
「わかりました。この勝負受けます」
ブルーノは迷うことなく答えた。彼の瞳には、ディアナへの確かな想いと、未来への希望が宿っていた。
「そう。ただしディアナさんには、賭けのことは知られてはなりません。よろしいですわね」
クラリッサはそう念を押すと、満足そうにニコリと微笑んだ。
彼女の口元には、何か秘密めいた笑みが浮かんでいた。この賭けが、ブルーノとディアナ、そしてクラリッサ自身にどのような影響を与えるのか、今はまだ誰も知る由もなかった。
その直後、串焼きや山盛りのソーセージを抱えたディアナが、笑顔で戻ってくるのが見えた。彼女は何も知らない無垢な笑顔を浮かべており、その姿が、ブルーノの決意を一層固いものにした。
本人の知らない所で、ディアナが賭けの対象となってしまいました。
果たしてブルーノは、彼女を振り向かせることができるでしょうか?
 




