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アレクシス先生

「お嬢ちゃん、その歳で雨を降らせるとは凄いのう!」


その老魔法師は、まさか降雨魔法を使っているのが十歳にも満たない少女だと知って、心底驚きを隠せないようだった。

確かに彼の教え子であるヘイディは十数年前の生徒なので、そのヘイディの子であれば、確かに十歳前後になるだろう。しかし、天候魔法の中では比較的魔力消費量の少ない魔法とはいえ、他の属性の魔法に比べれば膨大な魔力を必要とするのが天候魔法の常識だ。目の前のあどけない少女が、実際に降雨魔法を使っている姿を目にしても、彼は俄には信じられなかった。


「おじいさんは誰?」


見ず知らずの老人から突然話しかけられ、傍に居たカミルとタネリの二人は、咄嗟にディアナを守るように立ちはだかった。彼らの表情には、警戒の色がありありと出ている。何かあればディアナを連れて何時でも逃げ出せるように、ジリジリと魔法師から距離を取るように動いていた。


「ほほほ、これは警戒させてしもうたか。儂はほれ、王宮魔法師でアレクシスというじいさんじゃよ」


魔法師は子供たちの警戒心を解くように、愉快そうに笑いながら、ローブの胸にある王宮魔法師の証である精緻な刺繍を子供達に見せた。その刺繍は、王宮魔法師にしか許されない梟を模した特別な意匠であり、彼がただの老人ではないことを示していた。


「おじいさん、王宮魔法師様なの!?」


「お、おい、ディアナ!?」


ヘイディから話を聞いて、幼いながら王宮魔法師という存在に強い憧れを抱いていたディアナは、二人が制止するのも構わずアレクシスに近づくと、目を輝かせながらその魔法師を見上げた。


「ああそうじゃよ。それにお嬢ちゃんのお母さんのこともよく知っておるよ」


「お母さんのこと知ってるの!?」


お母さんのことを知っている。その一言で、ディアナの警戒心は、たちまち霧散していった。


「お母さんは儂の教え子なんじゃよ。お嬢ちゃんは降雨魔法をお母さんに教わったのかの?」


アレクシスは、ディアナの澄んだ瞳の奥に、かつての教え子の面影を見つけていた。


「うん、そうだよ。お母さんに教えてもらったんだよ」


ディアナは、少し得意げに答えた。


「降雨魔法を使った後でも随分と余裕があるようじゃが、お嬢ちゃんの歳でその魔法を使えるとは凄いの。どこか気持ち悪くなったり、しんどくなったりしてないかの?」


アレクシスは、その才能に驚きつつも、幼いディアナの体を気遣った。通常、降雨魔法は魔力の消費が大きく、熟練の魔法士でも疲労を伴うものだからだ。


「大丈夫だよ。あとあたしディアナっていうの」


「そうかそうか、お嬢ちゃんはディアナというのか? いい名じゃな」


「そうでしょ。お母さんのずっとずっと昔に、魔法士をしてたおばあちゃんの名前なんだって」


「ほう、するとあのディアナ様の名を貰ったのか」


「おじいさん、ディアナおばあちゃんのこと知ってるの?」


ディアナの瞳は、好奇心で輝いた。家族以外で、自分の祖母の名を知る人物に初めて出会ったのだ。


「もちろん知っておるとも! ディアナ様は儂らのような魔法師にとっては憧れの存在じゃからの」


アレクシスは、熱のこもった声で語った。彼の言葉には、ディアナという名への深い尊敬と畏敬の念が込められていた。ディアナの名は、村では家族の他には、村長のアハトしか知らなかったが、目の前の魔法師にとっては憧れの存在であることに、驚きと喜びを感じた。

自分の名の由来となったその魔法士を知るという初めての経験に、ディアナはその魔法師をキラキラした目で見つめた。

彼女を守る役目があるカミルとタネリは、予想外の展開にどうしていいか分からず、かといってディアナを一人にもできずに戸惑った顔を浮かべていた。

そんなことを知ってか知らずか、ディアナはアレクシスに質問を重ねていく。


「ディアナおばあちゃんって凄かったの?」


「もちろん凄かったとも。お前さんの使う雨を降らせる魔法も、ディアナ様が作ったと言われておるくらいじゃよ」


アレクシスの言葉に、ディアナは息を呑んだ。自分が使う魔法が、かつての彼女の先祖が作ったものだとは、想像もしていなかったからだ。


「へぇそんなに凄いんだ」


ディアナの目は、さらに輝きを増した。

村ではすでに忘れられた名となっていたかつてのディアナの名だったが、王宮魔法師の間では伝説と呼ばれる存在だった。彼女は、魔法体系を整理し、天候魔法を作り出したと言い伝えられている。その功績は、現代の魔法の基礎を築いたとまで言われていた。そもそも王宮魔法師自体が、彼女のような稀有な才能を持つ魔法士を集める名目で作られたのが始まりだった。


「そうじゃよ。だから同じ名を付けたということは、ディアナ様みたいな魔法士になるようにって期待されているんじゃな」


アレクシスは、優しくディアナの頭を撫でた。


「あたし頑張って凄い魔法士になる!」


ディアナは、力強く宣言した。


「ほほほ、期待しておるぞ。それでは小さなディアナ様、お母さんの所に連れて行ってくれんかの? 久しぶりに教え子の顔を見たくなったんじゃ」


「うん。お母さんはお家にいるよ。こっち!」


アレクシスが優しく語り掛けると、ディアナはそう言って、その彼の手を取り、家の方へと案内し始めた。

その小さな手を引かれ、アレクシスはにこにことした笑顔を浮かべている。まるで慈愛に満ちた祖父が、愛しい孫に手を引かれているかのような、微笑ましい光景がそこにはあった。その背後からは、何やら困った顔を浮かべたカミルとタネリの二人が静かについていく。

アレクシスは、ディアナの手の温かさを感じながらも、その心の中では、ある驚きに囚われていた。


『この歳で一日に数カ所雨を降らすことができる魔力量とは……。ヘイディはいったいこの子に何をしたんじゃ?』


幼い少女が持つ、常識をはるかに超えた魔力量。アレクシスは、自身の長年の経験と知識を持ってしても、このディアナという少女の才能にただただ驚嘆するばかりだった。

幼い頃から多くの魔力量を持った子は少なからず存在するが、ディアナの魔力量はそのどれをも凌駕するレベルだ。正確な測定をしなければ断定はできないものの、現時点ですでに新人の王宮魔法師に匹敵する、あるいはそれ以上の魔力量を持っている可能性すらあった。もしディアナがもう少し年齢を重ねていれば、アレクシスは迷うことなく、彼女をすぐにでも王都に連れて帰り、最高の教育を受けさせる手筈を整えたことだろう。しかし、その幼さに、今はただ見守るしかないというもどかしさも感じていた。

そんなことを考えていると、ディアナが突然、大きく声を上げた。


「あ、お母さんだ。お母さぁん!」


家の傍に洗濯物を取り込むヘイディの姿を見つけたディアナは、つないでいた手を離して一目散に母親の元へと駆けていく。


「ディアナ、お仕事終わったの?」


駆け寄ってきた娘を優しく抱き止めたヘイディは、柔らかな笑顔で問いかける。


「うん、今日の分は終わった。あのね、お母さんにお客さん!」


ディアナの元気な声に、ヘイディは抱きしめた娘の肩越しに、ゆっくりと近づいてくる魔法師の姿に気がついた。見慣れない客の訪問に、ヘイディは少し首を傾げる。


「お客さん?」


「うん、お母さんの先生だって!」


「わたしの先生?」


ディアナが指差す先には、王宮魔法師のローブを纏った人物が、ゆっくりとこちらへ近づいてきていた。

ヘイディは最初、怪訝そうな顔を浮かべていたが、その魔法師の正体に気が付くと、たちまち顔中に満面の笑みを広げ、喜びを隠しきれない様子で手を振り始めた。


「アレクシス先生!」


「久しぶりだのヘイディ。元気じゃったか?」


アレクシスは、温かい眼差しでヘイディを見つめ、優しく微笑んだ。


「お久しぶりです先生。先生こそお元気そうで何よりです」


二人は固く握手を交わし、和やかに談笑を始めた。


「先生?」


ディアナは、耳慣れない言葉に不思議そうに首を傾げた。


「そうよ。アレクシス先生は、わたしが魔法を教わった先生なの」


「懐かしいのう。今は先生というよりは、顧問に近いことをしておるがの」


アレクシスは、遠い昔を懐かしむように目を細めた。


「そうだ。わたしの子供達を紹介しますね。ディアナと、こっちの男の子が弟のペトルです」


ヘイディは、ふと思い出したように、傍にいたディアナとペトルをアレクシスに紹介した。


「お母さんの先生だったんだ。改めましてディアナです」


ディアナは、にっこりと微笑んで小さなカーテシーをおこなった。その初々しい姿は、アレクシスの目にも微笑ましく映った。


「……」


一方、ペトルは、ディアナとは対照的に、小さく頭を下げるとすぐにヘイディの影に隠れてしまった。


「こら、ちゃんと挨拶しないとダメじゃない」


「やぁだぁ!」


ディアナが母親の影から引っ張り出そうとするが、ペトルはそう叫びながら家へと逃げ出してしまった。それを追いかけるように、ディアナも元気いっぱいに駆けていく。


「ほっほっ、元気な子達じゃな」


アレクシスは、目を細めて微笑んだ。その表情は、子ども達の活気に満ちた姿に、心を和ませているようだった。


「ええ、何よりも大切なわたしの宝物です」


ヘイディは、愛情のこもった眼差しで子ども達の後ろ姿を見つめながら、優しく答えた。


「そういえば以前に手紙を貰っておったの。確かあの子のことではなかったかの? 何とも要領を得なかったため、どう返事を書けばいいかわからなかったんじゃが。今は問題ないのか?」


アレクシスは、ふと何かを思い出したように尋ねた。以前に魔法について問い合わせた手紙は、確かにアレクシスに届いてはいた。しかし、ヘイディの手紙は擬音が多くて要領が掴めず、何が問題なのかよく分からないため、返事を書きたくとも書けなかったのだ。


「そうですね。ディアナは生活魔法ができなかったんですけど、詠唱をするようにしたら簡単に解決したんです」


「そうそう、生活魔法が使えないがどうすればいいというような話じゃったな。それで詠唱とはどういうことじゃ? 普通は詠唱から覚えるものじゃと思うが、お主はどうやって覚えたんじゃ?」


アレクシスは、意味が解らないというように首を傾げた。詠唱をせずに魔法を覚えるなど、一般的には考えられないことだったからだ。


「わたしは物心ついた頃から、生活魔法は普通に使えていたんです。だから詠唱なんて一度もしたことがなくて。それでディアナにも自分の魔法のイメージを伝えていたんです。『ぐわぁ』とか『どばぁ』とか分かりやすいように……」


さすがに言ってて恥ずかしくなったのか、ヘイディの声は段々と小さくなり、最後はほとんど聞き取れないほどの尻すぼみになってしまった。その頬は赤く染まり、視線は地面に落とされている。


「そういえば其方は、何でも要領よくこなす子じゃったな。儂が教えた魔法も、すぐに覚えて自分のものにしておった。だがまさか生活魔法の詠唱を知らなんだとは思わなかったわい」


アレクシスが苦笑を浮かべ、ヘイディの顔がますます赤くなっていく。

彼女は小さい頃から天才ともてはやされるほど魔法の才能に恵まれていた。特に幼い頃は、その魔法への適応能力と習得の速さから、ディアナの再来とまで呼ばれたほどだ。

攻撃魔法への適正はなかったものの、それ以外の魔法適正は高く、一度教えればすぐに複雑な魔法ですら使いこなすようになった。しかし、何でも器用にこなしてしまうがゆえに、魔法の基礎となる詠唱呪文を知らないという、非常にアンバランスなまま、今に至っていたのだ。


「それよりも其方、ディアナをどうするつもりじゃ? あの幼い子に、尋常ではない魔力と魔法の技術を身につけさせておるようだが?」


アレクシスは、ディアナの異常性を警戒するようにヘイディを問いただした。


「何をって、ディアナが何か?」


ヘイディはきょとんとした表情でアレクシスを見上げた。アレクシスのこんな険しい顔は、彼女も初めて見る。自分の教え方が何か問題だったのだろうか、と不安げな顔を浮かべていた。


「あの歳で降雨魔法を使いこなすなど、儂の知る限り聞いたことがない。ましてや雨を降らしたあともピンピンと元気に走り回れる魔力量じゃ。いったいどんな育て方をすれば、あれだけの魔力量を持つことができるのじゃ? 其方の答え次第によっては、王宮に犯意ありとして処分しなければならん!」


アレクシスの声には、わずかながら畏怖の念が混じっていた。ディアナの能力は、単なる「天才」という言葉で片付けられるようなレベルではなかった。天才という言葉で括ってしまえば手っ取り早いが、それで片付けるには余りにもディアナの能力と魔力量は異常だったのだ。それは、魔法の常識を覆すほどの、まさに規格外の存在と言えた。

彼が危惧するように、届け出のない在野の魔法士は、犯罪に手を染めたり、反乱に加担したりするなど、王国にとって危険視されていた。ディアナの異常性は、アレクシスが驚くほどの魔力量と幼くして天候魔法を使いこなす魔法の才能だ。このことが広く知られれば、本人の意思にかかわらず、犯罪者に取り込まれたり、反乱に加担させられたりするかもしれなかった。


「そんなつもりは……」


ヘイディは、ディアナのためを思ってした行為が、彼女を危険にさらすことを知って、言葉を失っていた。


「……あの子は、わたしが詠唱を教えられなかったせいで、最初は全然魔法が使えませんでした」


そう言ってヘイディは目を伏せた。


「そのせいで、一時期は外にすら出られなくなり、塞ぎ込んで魔法の練習すらしようとしませんでした。私自身が詠唱を知りませんから、どうすることもできなくて……」


ヘイディの声は再び小さくなり、過去の苦い記憶が蘇ったかのように、その瞳には悲しみが浮かんでいた。


「だけどあの子、ペトルの妊娠が分かった時にわたしに言ったんです。『お姉ちゃんになるから自分が魔法を教えてあげるんだ』って。その言葉を聞いた時、私は嬉しくって。少しでも役に立つようにって……」


ヘイディはそこまで話すと、口ごもってしまった。まるで、自分がディアナに何を教えたのか、その核心を話すのをためらっているかのようだった。


「なんじゃ? それで何を教えたのじゃ?」


口ごもったヘイディに、アレクシスは思わず問い詰めるかのように彼女の両肩を掴んだ。その瞳には、かつての教え子に対する心配と、わずかながらも苛立ちが混じっていた。


「あの、その……魔力、……循環を少し」


ヘイディはアレクシスから目を逸らし、蚊の鳴くような声でようやく白状した。その言葉を聞いた瞬間、アレクシスの顔から血の気が引いた。


「何じゃと!?」


温厚で知られていたアレクシスだったが、思っても見なかった告白にさすがに我慢できず、その声は大きく荒げられた。彼の動揺は隠しようがなく、普段の落ち着き払った様子からは想像もできないほどの衝撃を受けていた。それほどまでに、「魔力循環」という言葉は、アレクシスにとって衝撃的なものだったのだ。

魔力循環とは、体内の魔力を効率よく巡らせることで、魔力制御の感覚を掴むためには適した方法とされている。

これをおこなうことで、慣れれば魔力のコントロールがしやすくなり、魔力量も増えていく。事実、王都の上級魔法学校では必須科目となっており、魔法士を目指す者にとって避けては通れない道だ。

しかし、その習得は容易ではない。慣れていない者が魔力循環をおこなうと、身体の中を(うごめ)く魔力の気持ち悪さに耐えきれず、途中で断念する者も少なくない。さらに、増えた魔力によって「魔力酔い」と呼ばれる症状が現れることもある。これは吐き気や頭痛、倦怠感などを伴う。そのため、必須科目であるにもかかわらず、習得を断念する者が後を絶たず、実際に魔力循環を完璧に扱える者は意外と少ないのが現状だった。

それをまだ魔法を覚えてもいない幼い娘に教えたというのだ。アレクシスが受けた衝撃の度合いは、計り知れない。アレクシスにとって、ヘイディの行動は無謀としか思えなかった。


「そ、それで、嫌がらなかったのか?」


アレクシスは不安げな声でヘイディに尋ねた。もしかして嫌がる娘に無理強いさせたのではないかという疑念が、彼の胸中を渦巻いていた。


「わたしもさすがに嫌がれば無理強いするつもりはなかったんですよ。だけど嫌がるどころか、逆にやる気に火が点いたみたいになって、あの子……その、それから毎日続けてるんです」


「な……」


さすがのアレクシスも言葉を失った。ヘイディの言葉が本当なら、ディアナはすでに五年以上にわたって魔力循環を続けていることになる。その驚異的な事実に、アレクシスは俄かには信じることができなかった。しかし、ヘイディの衝撃的な告白はさらに続く。


「それとこの間、一年くらい前に、村に魔獣が現れて討伐したんですけど、その際に主人が使った身体強化魔法に興味を持ったみたいで」


ヘイディの言葉に、アレクシスの表情はさらに険しくなる。「まさか!?」と、彼の声には驚愕と困惑が入り混じっていた。


「主人が試しに教えてみたら使えちゃったみたいです」


ヘイディはそう言って、照れたように軽く舌を出した。その様子にアレクシスは呆れ果て、引きつった表情で問いかける。


「まったく、身体強化なんぞ、魔法士に簡単に使えるものではないがの。其方、娘をお手軽な実験台かなんかだと思うておらんじゃろうな?」


アレクシスは、ディアナの才能を安易に弄ぶかのような行為に、強い不快感を覚えていた。


「そんなつもりはなかったんですけど、教えたらできたものでつい嬉しくなっちゃって」


ヘイディは申し訳なさそうに答える。しかし、アレクシスの怒りは収まらない。


「馬鹿者!! お主達は自分の娘をバケモノにでもするつもりか!?」


調子に乗って口が軽くなったヘイディに、ついにアレクシスの雷が落ちた。その叱責は、ヘイディにとってはどこか懐かしい響きを持っていた。ヘイディはアランと二人で考えてきたことを、必死でアレクシスに伝える。


「ご、ごめんなさい! た、確かにディアナに色々教えたのはわたし達です。だけど大人でも続かないような地味な練習をずっと続けてきたのはあの子なんです。あの子は周りから何を言われても、自分で決めたことはやり続けることができる子です。それに困ってる人を放っておけない優しい子です。先生、あの子はわたし達が何も言わなくても、自分から村の外れに行って雨を降らせてくれたんですよ。だからわたし達は、ディアナがおかしな方向に進まないかを見守っているだけですわ。それにわたし達じゃこれ以上、あの娘に教えることはできません。けれど、先生ならきっとディアナを正しく導いて下さいますよね?」


ヘイディの言葉には、ディアナへの深い愛情と、その途方もない才能に対する親としての困惑と期待が入り混じっていた。ディアナの特異な才能は、もはや自分達では手に負えないと悟っていたのだ。

アレクシスは深くため息をついた。


「やれやれじゃ。あまり年寄りを扱き使うものではないぞ。それに儂では手助けくらいしかしてやれん。それでもいいかの?」


アレクシスはそう言いながらも、ディアナの才能を無視できないことも理解していた。このまま村にいてもディアナのためにならないということは、アランとヘイディの共通認識となっていて、十歳になればディアナを領都の魔法学校に入れるつもりだった。

魔法学校は町長や村長の推薦があれば基本的に誰でも入学が可能だったが、問題となるのはやはり学費だった。今のアランとヘイディの収入では、とてもではないが払える金額ではなかった。

また、学校は王都や領都にしかないため、生徒となれば寮生活をおこなうことになり、寮費や生活費などが学費とは別に必要となってくる。幸いこつこつと貯めた貯金と、アハトからの借金で学費は捻出できそうだったが、問題はディアナの生活費だった。

アレクシスは王宮魔法師でありながら、普段は王都の上級魔法学校で教鞭を執っており、現役の講師でもあった。そのアレクシスがディアナの後見人となってくれれば、生活費はともかく、学費の免除が可能となるため、金銭的に多少は余裕が生まれることになる。ヘイディ達にとって、それはまさに渡りに船であった。


「ありがとうございます。先生」


ヘイディはホッとした様子で笑顔を浮かべた。アレクシスからの協力が得られたことで、ディアナの未来への道筋がようやく見えたような気がしたのだ。






ヘイディの家に一晩の世話になったアレクシスは、翌朝には既に次の調査地へと旅立つ準備を整えていた。


「おじいさん、また来てくれる?」


アレクシスにすっかり懐いていたディアナは、小さな手を彼の大きな手と繋ぎ、村の境まで見送りに来ていた。彼女は純粋な瞳でアレクシスを見上げ、別れを惜しむように尋ねた。


「そうじゃのう。近いうちにまた会うことになるじゃろうて」


アレクシスは優しく微笑み、ディアナの頭をそっと撫でた。彼の言葉には、単なる慰めではない、確かな予感が込められているかのようだった。


「ほんと!」


ディアナは顔を輝かせたが、アレクシスの次の言葉に首を傾げることになる。


「領都は恐らくお前さんには狭すぎるからの」


アレクシスはそう言って楽しげに笑ったが、ディアナはその言葉の深い意味を理解できず、ただポカンとした表情を浮かべるばかりだった。


「そうじゃ、ディアナにはこれを渡しておこう」


アレクシスは懐から、深い青色に輝くペンダントを取り出した。それは中央に美しい青い宝石がはめ込まれており、日にかざすと複雑な文様が繊細に刻まれているのが見て取れた。


「きれいな石……、これは?」


「ディアナが迷わないように、道を照らすためのペンダントじゃ。ま、おまじないみたいなものじゃがな。これを次に儂と会うときまで大事に持っていなさい。約束できるな?」


「うん、約束する」


ディアナは力強く頷き、ペンダントを大切に握りしめた。


「ほほほ、いい子じゃ」


アレクシスは機嫌良く笑いながらディアナの頭をもう一度撫でると、隣で見守っていたヘイディへと向き直った。


「先生、お元気で。ディアナのことよろしくお願いします」


ヘイディは深々と頭を下げ、アレクシスにディアナの未来を託した。彼女の言葉には、信頼と感謝の念が込められていた。


「其方も元気でな。ディアナをよくここまで素直に育ててくれた。この娘は将来、魔法士の頂点に立つかも知れんの」


アレクシスはそう言い残し、背を向けた。

ディアナは、彼の背中が小さくなるまで、いつまでもその場に立ち尽くしていた。彼女の胸には、アレクシスからもらったペンダントが温かく光っていた。

2025/10/12 大幅に加筆・修正しました。

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