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プロローグ

規格外の成長を遂げる魔法少女の成長物語の始まりです。

この日、王国の端っこに位置する小さな村は晴天に恵まれていた。

ちょうど農繁期の忙しい最中だ。

麦の穂が黄金色に輝き、あちこちから走り回る幼い子供達の声が聞こえてくる。

大人だけでなく、老人やある程度大きくなった子供達でさえ、親の仕事を手伝って忙しそうに働いていた。

そんな中で、その流れから取り残されたかのように、しっかりと戸締まりされた小さな一軒家があった。

だがその家では、今まさに新しい命が誕生しようとしていた。


――ん゛ん゛ん゛ん゛……


汗だくになった女は、陣痛の痛みに顔をゆがめ、ベッドの上でうねっていた。

部屋中に花の香りが漂い、古い木造の床板が彼女の息遣いに合わせて軋む。


「頭が出てきてるんだ。もうちょっとだから頑張りな!」


「ヘイディ頑張れ!」


産婆の叱責のような励ましの声が、部屋に響き渡る。

女の手を握りしめた夫も、必死で励まし続けていた。

すでにヘトヘトに疲れ果てていた女は、それでも最後の力を振り絞って息む。

ヘイディの呻き声は、次第に力強さを増していった。

そしてついに、小さな赤ちゃんの泣き声が部屋中に響き渡った。


――ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃぁ……


後に魔法士の天辺(てっぺん)に立つと称えられることになる女の子の産声だった。




「よく頑張ったなヘイディ」


産後の処置の間、部屋から追い出されていた夫のアランが、ようやく部屋への入室を許され、心底ホッとした様子で妻に声をかけて微笑んだ。


「アラン・・・・」


精魂尽き果てかのような表情を浮かべながらベッドに寄り掛かり、それでも生まれたばかりの赤子を大事そうに抱いて初乳を与えていたヘイディは、夫が近付いてくると顔を上げて笑顔を見せた。

アランはベッドに近付くと生まれたばかりの赤子の顔を見ることなく、ヘイディの頬を撫でて出産の無事を喜び、涙を浮かべながら優しく口づけをした。

アランが我が子の誕生よりも、妻の無事を喜んでいたのには訳があった。

彼ら夫婦はこれが初めての子供だったが、初産とはいえまれにみる難産だったのだ。

ヘイディは陣痛が始まってから、出産を終えるまで三日もかかっていた。二日目の夜には、ヘイディは意識を失い、一時は母子共に危険な状態となっていたほどだった。


「アラン、何時までも乳繰り合ってないで、自分の子を抱いてやりなよ。

まったく仲がいいにこした事はないけどね、儂がいる事を忘れるのだけは勘弁しておくれよ!」


産婆を務めたマルタが後片付けをおこないながら、目の前で繰り広げらていた愛撫に、悪態(あくたい)()いた。

彼女は五十年以上この村で産婆を務めてきた大ベテランだ。その彼女でさえ経験したことのない難産に、どちらかの命を諦めなければならないと一時は覚悟を決めたほどだ。

(よわい)はとっくに七十歳を超えているが、村一番の産婆として信頼されていた。

そのため今の村長を始め、村の大半の人間は彼女に取り上げて貰ったと言っても過言ではないだろう。先ほど出産を終えたばかりのヘイディも、かつてはマルタに取り上げられた一人だった。

口うるさいため、マルタを煙たく思っている者も多かったが、今回の出産でも老骨に鞭打って、三日間休むことなくヘイディに付きっきりで出産の手助けをするなど、心根は誰よりも優しかった。

そのため村の皆は、親しみを込めてマルタのことを『ばばさま』と呼んでいた。


「そ、そうだな。ヘイディ、子供の顔を見せてくれ」


「そ、そうね。見てあげてアラン、わたしたちの子よ」


真っ赤になりながら慌てて離れた二人は取り繕うように咳払いをすると、ヘイディの胸元でいつの間にか寝息を立てる赤子を覗き込んだ。


「まったく……。

ヘイディ、あんたはしばらく安静にしてるんだよ!

儂は一旦帰るからね。一応しばらくは様子を見に来るけど、アランはちゃんとヘイディの面倒をみてやるんだよ」


マルタは腰をさすりつつ、最後までぶつくさ言いながら帰っていった。

二人は揃ってマルタの背に頭を下げながら、その小さな丸まった背中を見送るのだった。


「それで、どっちだったんだ?」


ヘイディの胸元で眠る赤子を覗き込みながら、アランが問いかけた。


「女の子よ」


「何てちっちゃくて可愛いんだ!

きっと将来ヘイディに似て美人さんになるよ」


一目見た瞬間からアランは娘にメロメロになったようで、すでに目尻が下がりっぱなしとなっている。


「抱っこしてみる?」


「えっ、で、できるかな?」


「大丈夫よ。ほら抱いてあげて」


おっかなびっくりという形容がピッタリなほど、アランは恐る恐る赤子を胸に抱いた。

ぎこちない様子で静かに眠る子供の顔を覗き込む。


「小さいけれど意外と重い、それにとても熱いな。

 手もこんなにちっちゃいのにちゃんと俺の指を掴んでるぞ」


人差し指を赤子の手に握らせたアランは、感動したように声を上擦らせていた。

生まれたばかりの赤子は、信じられないくらい小さいのにずっしりと重く、そしてとても熱かった。


「生きてるもの。重くて熱いのはこの子の命の重さよ」


「大事に育てないとな」


「ええ、期待してるわよ、お父さん」


「お、お母さんもな」


ヘイディの急なお父さん呼びに若干照れながら、アランは慈愛のこもった笑顔を浮かべ、眠っている赤子の顔を見つめ頭を撫でる。


「そうだ、この子の名前はどうする?

前村長(おとうさん)に考えて貰おうか?」


「うーん、そうねぇ。アランさえよければわたしが付けていいかしら?」


ヘイディは少し考える仕草を見せると顔を上げた。


「それはもちろん構わないけど、何か考えがあるのか?」


「ええ、女の子ならずっと考えていた名前があるの」


アランから赤子を受け取ったヘイディは、そう言って我が子を覗き込む。

まだ生え揃ってないが藍色の髪はアランに、小さいながらも少し尖がった耳は自分にそっくりだと思った。

大げさではなく天使と形容できるのではないかと思えるほど、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。

飽きることなく、いつまでも眺めていられる二人の宝物だ。

ヘイディは赤子の小さな手を優しく包む。


「……ディアナ。この子の名前はディアナよ」


ヘイディは迷いのない様子で、赤子の名をアランに告げた。


「ディアナか。いい名前だ。理由を聞いてもいいかい?」


「何代も昔のわたしの家系にエルフが入っているのは知ってるでしょ?」


「ああ、もちろん」


亜人であるエルフは別名森の人と言われ、原生林が生い茂るような深い森に住むと言われている。

精霊の声を聞くことができ、魔法への適性も人間よりも高いとされる。

今ではめったに姿を見なくなったエルフだが、かつてはこの村の近くにもエルフが住んでいたのだという。

ヘイディの何世代も前の先祖がそのエルフと恋に落ちた。

今でもそうだが、当時でも人とエルフやホビットなどの亜人の間では、結ばれることは非常に珍しかった。

種族ごとに考え方や風習、価値観などが大きく違うことが大きな理由だ。

特に人とエルフではその寿命が大きく違う。

人の平均寿命が五、六十年に対してエルフは数百年。長い者では千年生きると言われるほどの長寿を誇っていた。

そのため、確実に後に残されることになるエルフを哀れんで周囲は反対したが、二人は反対を押し切るようにして結ばれたのだという。

そうして生まれたのがヘイディの先祖だ。

当時の先祖はエルフの血が濃く現れ、寿命も数百年を数えたといわれているが、その血が薄まってしまった現在では、人とそれほど変わらない寿命となってしまった。

だがその名残は、今も僅かながら尖った彼女の耳に残っていた。


「何代も前のわたしのご先祖様の名前」


そう言って僅かに尖った赤子の耳を触る。


「わたしが小さいころおばあちゃんがよく言ってたわ。

ディアナおばあちゃんはそれはそれは美しいと評判だったって。本当か嘘か分からないんだけど、当時の領主や国王から求婚されたっていう話もあるんだって」


「きゅ、求婚!?」


ヘイディと赤子を交互に見比べながらアランが戸惑ったような声を上げた。

どこかの王侯貴族ではあるまいし、生まれたばかりの子に求婚の話を持ち出したヘイディの真意がわからない。


「ふふふ、今となっては眉唾な話だけどね。それでもおばあちゃんの話だと、数多(あまた)の求婚を断ってまでディアナおばあちゃんはわたしのご先祖様と添い遂げたんだって」


「へ、へぇそうなんだ」


偉大なご先祖様の名を使用することには納得したアランだったが、ディアナの名前に決めた理由が今の求婚の話と結び付かずに微妙な表情を浮かべる。


「くすくす、もちろんそれだけじゃないのよ。

エルフだけあってディアナおばあちゃんは優れた魔法士だったの。

結婚した相手が亡くなった後も、おばあちゃんは長い間この村を守っていたんだって。

わたしはこの子には、かつてのおばあちゃんみたいに、ささやかでも皆を守れるような魔法士になって欲しいの」


「なれるかな?」


「きっとなれるわ。だってわたしたちの子だもの」


ご先祖様の名前を付けた意味にようやく納得できたアランに、柔らかい笑顔を浮かべたヘイディが笑いかけた。


「そうだな。

じゃあこの子が大きくなるまでは俺が二人を守るよ」


「よろしくね、お父さん」


ヘイディは赤子と一緒にアランに頭を下げる仕草をする。


「ああ、任せろ」


アランはそう言って照れくさそうに窓の外に目を向けた。

窓の外には、収穫を終えた畑が広がり、夕焼け空が赤く染まっていた。

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