98 呪うべきは己自身
「むしろ、お願いしたいのは、救出の方です。あなたをパパとして慕っているチョットマという兵士がいますね」
んがっ?
「ああいった軍でなければ、難しいのではないでしょうか。防衛軍やレイチェル親衛隊の中に私も知人はいますが、彼らを動かすことはできません。彼らには、自由な意志というものがありません。完璧に統率されていて、クーデターを起こすような素地はまったくありません。バードを救出してくれるなら、それはクーデターということになってしまうかもしれません」
怒りがはち切れそうだった。
しかし、愕然ともした。
このハワードという男は、何もかも知っている!
チョットマも。彼女が東部方面攻撃隊の兵士だということも。
ハワードだけが知っているのではない。
政府の情報機関は、そんなことは百も承知なのだ。
アヤも、その一員。
だから、こんなことになってしまったのだ。
再会したばかりに!
僕に会うために、ここに来てくれたばかりに!
アヤ!
んぐぅ。
ハワードの姿がぼやけている。
怒り、あるいは悲しみ、そして後悔。
それらが入り混じって、視界を濁らせていた。
僕は疫病神だったのだ!
こんなことになるとは!
こんなに早く!
ああ! アヤ!
彼女を苦しめることになるなら、再会しなくてもよかった!
わずか十日ばかりの喜びのために、彼女を監獄送りにしてしまった!
この男は、まだ生きていると思う、などと言う。
だから助けたいのだと。
万一の場合は、最悪の場合は!
もうそこで死んでいるかもしれないのだ!
なんてことを!
なんてことをしてしまったんだ!
アヤが訪ねてきたとき、彼女の仕事場を聞いたとき、もっと頭を働かせて、つれなくすればよかった。
そうすればアヤも、もっとあっさりとした関係を作ろうとしたかもしれないではないか!
イコマは、アヤを抱きしめたときの感触がまだ残っている自分の腕を憎んだ。
アヤの髪を撫でた自分のこの手を憎んだ。
今、立っているこの部屋のディスプレーを設えた、自分の愚かさを激しく憎んだ。
ぐわ!
なんということを!
何百年間も生きてきたことはなんだったのだ!
ハワードが、見つめていた。
「大変失礼ですが、少し落ち着いてください。像が歪んでいます。危険な兆候です。感情をつかさどるデータ量は莫大です。システム上の負荷の問題もありますが、監視コンピュータが真っ先に目をつける項目です」
ぐぐっ!
ううう!
うむぅ!
イコマは、ハワードの忠告をかろうじて理解できた。
「座らせてもらう!」
何とか膝を折り、床に座り込んだ。
立ってバランスをとるためのシステム負荷などしれているが、感情の高まりが抑えられ、幾分楽にはなった。
「すまなかった」
落ち着くまで、ハワードは黙って待ってくれていた。
いつのまにか、最初に勧めた椅子に座っていた。
「君も自分の命を賭けて危険な状態なのに、取り乱してしまった」
「娘の行方が知れないのですから、お父様なら当然のことでしょう。生意気なことを言うようですが」
「ありがとう。よくぞ伝えてくれました。よろしくお願いします。その施設の場所を調べてください」
「はい、できる限りのことはします。命に代えても。では、東部方面隊の件は、お願いしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。チョットマだけではなく、隊長も知っています。彼らが動いてくれるよう、何とか頼んでみます」
ハワードは、また来るといって帰っていった。
イコマからハワードに連絡の取りようがなかったが、彼の無事を祈り、そして信じるしかなかった。
ハクシュウに頼んでみるとは言ったものの、彼らが命を賭してまで、協力してくれる可能性は極めて低いことはわかっていた。
絶望的な気分だった。
呪うべきは己自身だった。