97 最終決裁権者ですから
ハワードがゆるゆると首を振る。
「いえ、そうではありません。もうひとつ、あるのです。一般には知られていない処分が」
「おい! さっきあんた、ヘブンズゲートと!」
「はい。ですが、次を言う前に、イコマさんが大声を出されて……」
クッ。
こいつ!
腸が煮えくり返った。
おまえ、ただでは済まさん!
この男、一体何を考えている!
いつもこの調子なのか!
どんな神経をして、人と話をしているのだ。
説明ばかり繰り返し、大切なことをはぐらかす。
いつになったら、まともなことを言うつもりだ!
しかし、おとなしく話をさせなくてはいけない。
アヤの身に降りかかったことを確かめなければ。
「閉じ込められているんだな!」
もう、丁寧な言葉で話すことができなかった。
言い直そうとも思わなかった。
「はい。噂ですが、その施設は世界に一箇所だけ。このニューキーツにあるそうなのです」
「どこにある! それは!」
「誰も知りません」
「じゃ、誰が知っているんだ!」
「ごく一部の上層部だけです」
「レイチェル!」
「ええ、彼女は知っているでしょう。最終決裁権者ですから」
「くそ! あの女が!」
イコマの電子脳は、はちきれそうになっていた。
レイチェルめ!
怒りで目が見えなくなりかけていた。
どす黒いものがこみ上げてきて、ゴボリと口からほとばしりそうだった。
「私は彼女を助け出したい。しかし、その施設がどこにあるのかさえ知りません」
「じゃ、レイチェルに聞け!」
「レイチェルは雲の上のような存在です。私ごときが声を掛けられるようなお方ではありません」
イコマは体を立てていることさえ難しかった。
かろうじて窓枠を掴んだ手で、体を支えた。
ハワードは、アンドロという出自がそうさせるのか、一旦覚悟を決めた人間の強さなのか、目を充血させながらも冷静さを保っている。
「で、あんた! それで、どうする気だ!」
イコマの口から出た失礼な言い方にも動じない。
「ご存知かもしれませんが、この世界はふたつの次元で成り立っています。厳密に言うと三つの次元です。私はそのどこにでも行き来ができますが、皆さんが住んでおられる次元、彼女が住んでいるこの次元にその施設はあると思っています。むしろ確信しています。なぜなら、ホメムやマトは、メルキトもそうですが、他の次元に移動することができないからです」
くっ、くだらぬ説明を!
そんなことは分かっている!
だから、それはどこにあるというのだ!
「ニューキーツにあるんだな!」
「私は情報を集めます。もう、怖いものはありません」
「僕も集める!」
おまえなど、頼りになるか!
イコマは心の中でそう叫んだ。
「はい。でも、あの探偵に頼まれるのでしたら、無駄です。あのレベルでは難しいでしょう」
ぐぐぐぐっ!
こ・い・つっ!