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96 愛とは

 決心がつかないのか、ハワードは再びテーブルの角を見つめ、じっと動かない。



 愛とは。


 昔、そんな薀蓄をユウから聞かされて、そのとおりだと感じた日々が思い出される。

 簡単に言えば自分のことより相手のことを思うことよ、とユウは説明してくれたものだ。


 今、この男に、その言葉を投げてやりたかった。

 もう、逡巡している場合じゃないぞ。


 この男は、アヤを愛していると言いながら、自分の身を案じているのではないか。

 抹消されることを恐れて、アヤの苦難を座視することになるのではないか。


 なんとしてでも、この男に上手く話をさせなければいけない。

 そうは思いながらも、いい働きかけは思いつかない。

 愛している、あなたそれ、どういう意味か、分かっているのか、とでも言えばいいのだろうか。

 むしろ、掴みかかってしまいそうな自分を何とか抑えていた。




 とうとう、ハワードが顔を上げた。


「私の部所には、リストがあります」

 顔は上げたものの、視線を交わそうとしない。

 視線はイコマを通り越して、窓の外を向いている。



「強制死亡者の名が記されています。つまり記憶を修正されて再生される人のことです。政府にとって無害な人間として再生されます。そして再生されない人、いわゆる抹消者。その予定者も、すでに抹消された人も掲載されています。罪のランクで言えばⅡということになります」


 ハワードは沈痛な面持ちで解説を加えた。

 説明好きな完ぺき主義者、頭のいいアンドロにありがちなタイプかもしれない。


「どの項目にも、彼女の名はありませんでした」


 しかし、イレギュラーな場合もあるのではないか。

 何らかの意図で、記載されない場合が。

 悪い方に考えてしまった自分に気がついて、イコマは気持ちを強く持とうと意識した。



「彼女があなたと連日会っていること、そしてその会話の中に注目しなくてはいけないコンテンツが含まれていること。コンピューターがアラートを付けていました」


 やはり、そんな危険をアヤは……。


「それに気づいて、私は片っ端から、チェック不要のマークをつけていました。あなたが彼女の本当のお父様ではないかと思ったからです。本当の父親と娘がいろいろな話をするのに、誰が口を挟む権利があるでしょう」



 イコマは目頭が熱くなってきた。



「実は」

 ハワードが深く息を吸い込んだ。


「そのリストに掲載されない処置があるといわれています」



 ハワードが、知っていることを吐露し始めていた。


 イコマは何も言えないでいた。

 心臓は激しく鼓動していたし、瞳は見開いているだろう。


 目の前の男もまた、まさしくそのような状態だ。

 今まさに、この言葉をコンピューターが拾っていたなら、ここで彼の肉体は消え失せてしまうかもしれない。



 ハワードが早口になっていく。


「助けたいと言ったのは、彼女が生きていると思うからです」



 な!



 何らかのペナルティがアヤに与えられているのだと考えていたが、まさか死んでいる可能性もあるとは!


「生きてると思うって、あんた!」


 ハワードは首を振って応えるだけで、自分の話を継続しようとする。

 まるで、本当はもっと恐ろしいことが起きているのだと言わんばかりに。




「リストに掲載されない処置というのは公表されませんし、所員ももちろん知りえません。しかし、リストにない行方不明者が居ることは、誰もが知っていることなのです。つまり、どこかに閉じ込められているのだと」


 いつのまにか、ハワードの目は真っ赤になっていた。

 涙が滲んで赤くなったのではない。

 緊張のあまり、充血しているのだ。


「いわゆる、ヘブンズゲ」

「まさか! なぜ!」

 イコマは思わず叫んだ。

「どういうことだ!」



 ありえない!

 アヤがなぜ、そんな刑を受けることになるのだ!

 究極の刑ではないか!

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