95 記憶が震えだす
イコマは居ても立ってもいられなくなった。
ふたつの思考をフライングアイに乗せて、ニューキーツの街に放った。
これまで、アヤの部屋を訪問したことはない。
それとなく、部屋の前を通り過ぎただけだ。
ハワードは直立したまま、真剣なまなざしを向けてくる。
「位置確認システムは?」
「それは私の部所では扱っておりませんので、確認のしようがありません」
イコマはふと思ったことを口にした。
「今日あなたがお見えになったのは、個人的にですか。それとも何か任務ですか?」
「個人的な行動です。先ほど休暇届を出しました」と、熱意のこもった声で言う。
本当だろうか。
アンドロが接触してきたのは初めてのことである。
しかも、アヤの部屋に行ったという。
そもそも、アンドロを街で見かけることさえ稀なのに。
そしてアギに会い、自分の仕事場で起きていることを話しているのだ。
アンドロにとって、瞬時に抹消されてもいいほど危険な行為ではないだろうか。
今、どこのコンフェッションボックスからアクセスしてきているのだろう。
モニターにはニューキーツとしか表示されていない。
イコマが感じたことを察したのか、ハワードが謝った。
「私がここへ来たことが危険行動だと判断されたら、あなたにもご迷惑がかかるかもしれません。本当にお詫びします。ですが、私はなんとしてでも彼女を助けたいのです」
ハワードは助けたいという言葉を使って、アヤの身に起きた異変を表現した。
アヤの姿がない……。
それはとりもなおさず、強制再生のために隔離された、あるいは‥‥‥。
目の前が真っ暗になったように感じた。
思わず目を瞑った。
体中が震えだしていた。
それでも確かめなければ。
「強制再生されたのかもしれない……、ということですか……?」
ハワードは首を振った。
違うというように、はっきりと。
「では?」
今度はゆるゆると首を振り、わからないのだと伝えてくる。
そして、うなだれた。
イコマも両手で顔を覆った。
「なんということだ……」
ふたりは押し黙って、向き合っていた。
やがてハワードが意を決したように、歩み寄ってきた。
テーブルに両手を突くと、絞り出すような声を出した。
「私はアンドロです。それはどうしようもないことなのですが、彼女を助けたいのです。バードを……、愛しています」
愛しています、その重い言葉にイコマはぎくりとした。
しかし見下ろしたハワードの瞳は、深淵の深さを持つように、ただ澄んでいるばかり。
伝わってくるものはない。
言わんとすることは理解できる。
結婚できないことはわかったうえで、何らかの力になりたいと……。
この男が何度も口にする「助けたい」という言葉が気にかかる。
愛しています、という言葉にあやふやな反応はせず、
「助けたい……、とおっしゃいますね」
と、返した。
「つまり、助けを求めている状況にある、とおっしゃりたいんですね」
愛という言葉を無視したことになる。
ハワードはテーブルに両手を突いたまま、がっくりと肩を落とした。
しばらく黙っていたが、合わせた目は、今度は何かを話したそうにしていた。
「そうだと思っています。なぜかと申しますと……」
これからこの男が話すことは、この男の破滅を招く内容かもしれない。