94 新しい「息子」?
イコマは見知らぬ男の訪問を受けた。
アクセスはニューキーツのコンフェッションボックスからと表示されている。
ピンと来た。
アヤに言い寄っているという男ではないか。
扉を開き、ひょろりとした男を招きいれた。
特徴のない顔つきをしている。
ハワードと名乗り、異様なほど深々と頭を下げた。
案内されるまま部屋に入ってきたが、狭苦しい部屋に戸惑ったか、玄関口で立ち止まった。
大阪のマンションの一室。
「どうぞ、こちらへ」
椅子を勧めて、イコマは目の前に座る。
普通なら考えられないほどの近さで向き合うことになる。
今の時代の人には耐えられない、緊張を伴う距離。
さすがにチョットマはまったく動じなかったが、ハクシュウはかなり戸惑ったようだった。
それでも、ハクシュウは座った。
ハワードと名乗った男は、結構ですと断って、立ったままでいようとする。
「あなたが立っていると、私は座っていられませんよ」
嫌味な言い方だとは思ったが、イコマはこの男を観察したい気持ちになっていた。
結局、イコマはあきらめて立ち上がり、ハワードと離れて窓際に立った。
窓の外には数百年前の大阪の夜景。
その景色を眺めるように、窓辺にもたれた。
「ようこそ」
ハワードはほっと肩の力を抜くと、
「慣れていないものですから」と、正直に言った。
好感の持てる青年、のように見える。
第一印象としては。
イコマは迷った。
自分とアヤとの関係をどう説明すればいいだろう。
昔に家族だったことがある、と言えばいいだろうか。
ハワードはまだ何も言わない。
こちらに顔を向けながらも、チラチラと不安げに狭いリビングやキッチンに目をやっている。
不安が膨らんだ。
アヤがどうしたというのだろう。
昨夜、アヤはやってこなかった。
事情があるのだろうとは思いながら、不安はある。
しかもこの男がやってきたからには、なにかアクシデントが起きているのだろうか。
いや単に、アヤとの交際について許しを請いにきたのかもしれない。
それならそれで、どんな態度で臨めばよいか。
それとも、この男はアヤのいうアンドロではないのかもしれない。
新しい「息子」?
そんな連絡はないし、そもそもアンドロがアギに会わねばならない制度はない。
ようやく、男が口を開いた。
ニューキーツ政府のある局に勤めていると紹介される。
やはりアヤのことか……。
果たして、ハワードはバードさんのことでお話が、と切り出した。
「あまり長居をさせていただくのもどうかと思いますので、端的にお話しさせていただきます。唐突で失礼だとは存じますが、お許しください」
バードとは、アヤの現在の通称。
イコマは、ハワードの前で「アヤ」という名前を使ってはいけないと気を引き締めた。
「今朝からバードさんの姿がありません。出勤していたはずなのに、午後からオフィスに現れません。おかしいなと思っていると、出勤コードを示すランプさえ消えてしまいました」
ハワードは、イコマのアクセスIDを割り出したことを詫びた。
むっとする話だが、ここはスルー。
不安が一気に膨れ上がっていた。
「彼女の行き先をどうしても知りたくて、無礼を承知で、こうして突然お邪魔した次第です」
「そんなことはまったく気にしません。それより、何が起きたのか、詳しくおっしゃってください」
ハワードが再び異様なしぐさで頭を下げた。
出勤前後、あるいは昼休みの前後にどのようなことが行われるか、お話しすることはできません。
それはお察しください。
ただ言えることは、姿がないということです。
あなたなら、ご存知のことがあるかもしれないと思いまして。
自分が探せる範囲で、職場の中を探して回ったという。
「もしやと思って、彼女の家にも行ってみましたが、応答はありませんでした」
 




