93 子ども扱い
コリネルスのいう石ころがどれなのかわからない。
でも、どうでもいい。
それらしきものをいくつか証拠品としてバッグパックに入れた。
時々移動しながら、ンドペキかコリネルスが現れるのを待った。
街へ帰ってくる兵士が城門に近づくたびにハッとする。
でも、ンドペキではない。
月が出ていた。
あたりはかなり明るい。
生暖かい風が、草を揺らしている。
見慣れた荒涼とした景色。
街を取り囲む土色の城壁。
時おり舞い上がる塵が、城壁から漏れ出す青白い明かりに照らされて、白いもやのように流れ去っていった。
ねえ、ンドペキ。
チョットマは、心の中でつぶやいた。
ホント、もう、早く帰ってきてよ。
待たせたな、とか言って。
ハクシュウから連絡が入った。
「どうだ、そっちの様子は」
「まだ帰ってきません」
「そうか。ところで君のパパは、もう帰ったか?」
「はい。娘さんが来る予定があるし、調べものもしたいからって」
「そうか。聞きたいことがあったんだが。じゃ、明日のことにしよう」
ハクシュウが通信を切りそうだったので、チョットマは早口で言った。
「聞きたいことって、なんですか? よろしければ、教えてください」
ハクシュウと、もう少し話をしていたかった。
心細かった。
自分のリーダーの不可解な行動を確かめるため、荒涼とした台地で身を隠している、この状況が。
「レイチェルのこと」
「はい?」
「彼女が何を考えているのか、君のパパなら知ってるかもしれない。調べてくれるかもしれないと思ってね」
ハクシュウの疑問に、もちろんチョットマは答えることはできない。
ただ、ハクシュウとの会話を長引かせるネタはある。
「パパの娘さんで、バードというマトがいるらしいんですが、その人はニューキーツの政府機関に勤めているそうなんです。その人なら、情報を持ってるかもしれませんね」
バードに会ったこともないし、どんな仕事をしているかも知らない。
かろうじて話題を繋ぐだけのネタ。
「そうか、期待できるかな。まあ、知ったからといって、どうなるものでもないんだが。作戦の全貌は知っておきたいんでね」
じゃ、頑張れよ、と通信を切られそうで、チョットマはあわててまた言った。
「隊長、パパは思考体を二つも持ってるそうなんです。それって、すごくないですか?」
「普通は、ひとつだからね」
「一体は私とシリー川に行ってて、一体は調べもの。そして本体は、誰かとおしゃべり。つまり、おしゃべりしながら、シリー川の会談を見つめていられるなんて、すごいですよね!」
「彼らの頭の中は記憶と情報の塊だ。それを組み立てては潰すの繰り返し。それが彼らの思考。感情さえ失ってしまった人もいる」
「ええ。聞いたことがあります」
「君のパパは別格だけど」
「はい!」
「前を向いているから。いい人だと思うよ」
「ありがとうございます! そう言われるとうれしいです!」
本気でうれしかった。
今まで担当してくれたアギは数人。
誰とでも仲良くしてきたかというとそうでもない。
どんなに娘として、愛情と親しみを込めた話をしようとも、感情のない顔で相槌を打つだけの男もいたし、怒りだけが生きがいのような女もいた。
しかし、イコマは特別だった。
何がパパをそうさせているのか、チョットマにはわからなかったが、心から「娘」とのひと時を幸せだと思ってくれているような気がしていた。
「隊長は、パパの新しいお部屋をご覧になりました?」
「一回しかお会いしてないから、新しいかどうかは知らないけど、狭い部屋だったよ」
「あ、そこ! そこです! この部屋って、どこなのって聞いたら、自分が家族と一緒に実際に住んでいた部屋なんですって」
「そうだね。僕もそう感じた」
「えっ、そうなんですか! それがわかるってことは、隊長もああいうお部屋に住んでらしたんですか?」
「まあね。さてと、俺は一個しか脳を持っていない。もっと君とおしゃべりしていたいけど、切るよ。そろそろコリネルスが着くだろう。もう少しの辛抱だ。彼にお話を聞かせてもらいなさい」
通信を切られてしまった。
お話を聞かせてもらえって、子供扱いされてしまった。
でも、それはそれでいい。
どんなときでも冷静さを失わないハクシュウの声を聞けたから。
チョットマは、いつのまにか自分が涙を流していたことを知って、驚いた。
ゴーグルの中で泣くなんて、初めてのことだった。
コリネルスの位置を示すポイントが、もうすぐそばまで来ていた。
早く来て!
参謀型のリーダー!
心の底からそう思った。