93 いざという日?
それから、女とンドペキは走りつつ、ポツリポツリと言葉を交わした。
「このあたりは政府の監視カメラも通信傍受システムも手薄。衛星の監視はあるけど」
「もっと距離をとれない? ペアで動いてると思われたくない」
「このあたりは、左手に川が迫ってる」
「暗くて見えないけど、昼間だと前方にミリ山脈がよく見える」
「この大きな木は、カエデ。目印になる」
「この廃屋は発電所の跡。このあたり、昔は風力発電の風車がたくさん立ってた」
といった内容ばかりで、肝心のことになると、後で、と言うのだった。
そのもの言いにムッとするが、かといって、ここで引き返すつもりはない。
登り坂になってきた。
地面は砂礫の荒地から、巨石が積み重なった地形に変わっていた。
ふたりとも空中走行のため、地面の状態は支障ではない。
森に入った。
オレゴーナ地方の入り口まで来たということだ。
「もう、離れていなくても大丈夫」
女が立ち止まった。
ンドペキは女に近づいた。
「休憩する? 必要ないよね」
女がまた走り出した。
ンドペキもすぐ後に続く。
径を辿っているのか、女に迷うそぶりはない。
深い木立に遮られ、星の光は届かない。
暗闇に一寸先も見えないが、女の位置がスコープに映し出されるようになっていた。
その白い点は、大きく弧を描いて移動することはあっても、小さな進路変更をすることはない。
目的地に向かって一直線に進んでいるようだ。
白い点。
つまり、非戦闘員。
街の住民で、どの隊にも属していない、ということになる。
しかし、これだけの走行や跳躍ができる市民がいるとは。
「道順、覚えてる?」
「……」
「大丈夫?」
「一応、記録している」
「記録? 覚えて、って言ったはず」
「フン」
「走行モニタ? それって、やばいんじゃ……。どこか別のところに情報が蓄積されるってやつじゃないの?」
「いや、通信機能はない。ここに蓄積される」
ンドペキは自分のヘッダーをつついてみせたが、もう女はこちらを向いてはいなかった。
また走り出していた。
「なんだか、怪しいな。絶対に誰にも知られないようにして」
なれなれしい口調で、いちいち指示してくる女にうんざりしていた。
背後から銃撃してみるか、どんな反応を示すか、面白い。
もし、当たれば、それはそれでいいかもしれない。
こいつが死ねば、隊員を、チョットマを殺す必要がなくなる。
しかし、女の言葉でンドペキは考えを変えた。
「いざという日までは」
「いざという日?」
オウム返しに言って、「見せたいもの」に興味を持ったことを思い出した。
「それは私にもわからない」
「じゃ、誰がわかってるんだ」
「ううん、たぶん、その必要があるだろうってこと」
女はそういうと、一段とスピードを上げた。
ンドペキはついていくのがやっとで、短い会話はそれで打ち切りとなった。
いつしか深い山地に分け入っていた。




