89 そんな物語のひとつ
そしてささやかれた様々な噂。
「仲介者となった女性は教皇の愛人である」
「いや、大統領側のスパイである」
「ワールド政府はスパイを船団に乗り込ませている」
「時限爆弾を仕掛けてある」
「地球人全体が移住できる星を探す密約もある」
そんな話は、様々に姿を変えながら、その後百年もの間、語り継がれることになる。
船団が辿ったかもしれない運命を題材にした数々の物語も生まれた。
それらの物語では、巡礼団が生き延びていることにはなっていたが、それは完全なフィクションとして物語られた。
そしてさらに長い年月が流れた。
神の国巡礼教団の行方を想像する者さえいなくなった。
船団が出立した夜の華々しさも記憶から失われ、その記録の存在さえも忘れ去られた。
イコマが思い出したのは、そんな物語のひとつ。
ただ、それをチョットマに話そうとは思わない。
「どんなシーン?」
「んー、あれ、宇宙空間で、えっと」
チョットマはじれたように、ふうっと溜息をつくと、バックパックからドリンクを取り出した。
「もう! 知恵の人も、データが多すぎて整理できてないのね」
「ハハ、まあね。最近、過去と現在が、ときとして混在してしまう」
自分が思い出したことをチョットマに話して、それが噂として広まってしまうことを恐れたのだった。
明後日、あの川原で会談がもたれることになれば、おのずと明らかになるだろう。
それを前に、あらぬ噂を広げて人々に予断を与える必要はない。




