86 口ほど悪意はないことはわかっているが
「さっきは頭に来て、言い忘れたことがある」
探偵がモニターに戻ってきた。
「レイチェルには兄がひとりいる。中央アフリカの街を治めている男だ。仲は悪い。兄は、自分は王だと思っているような男だ。行政の長官ではなく、君主だと思っているんだ。レイチェルは、これに反発している」
「なるほど」
「ホメムは、地球のために、人類のために全員仲良く知恵を出し合い、慈悲深くそれぞれの街の運営をしているというわけじゃない、ってことだ」
「うーむ」
いつの世も、人は己の業を捨てきれないということである。
特に、支配欲は。
「それぞれのホメムは、どんな考えを持っているんだ?」
「それはかなり高額な情報料になるぞ。それに、一言で伝えられるようなことじゃない。今、どうしても聞きたいんなら、教えてやってもいいが、その前にレイチェルのことを想って、復習しておけ」
探偵が髭をしごく。
まだ言いたいことがあるようだ。
「出身地はカイロニアだと言ったが、それは彼女の母親のホメムが治めていた街、という意味だ。彼女の祖先、つまり俺たちがアギになった頃、彼女の何世代か前の先祖が住んでいたのは、ロンドンだ」
「イギリス人か」
「彼女が認識しているかどうか、わからんがな。おい、ロンドンって都市を覚えているか? だいたい日本人ってやつは」
イコマは、最後まで聞かずに通信を遮断した。
探偵のしつこい追求には慣れた。
重宝する男だし、口ほど悪意はないことはわかっているが、うんざりすることもある。
確かに自分は、ユウとアヤを探すことだけを目標に、生き永らえてきた。
今、その一方は報われた。
アヤと再開してからの数日間は、まるで夢のよう。
ユウを見つける。
その目標が実現する日も、そう遠くはない。
なんの根拠もないが、そう思えるのだった。
そう、政府の情報機関に勤めるアヤの協力があれば。
アヤの協力。
へまをすればアヤさえ失いかねないが、少なくとも探す目はふたつになった。
希望が大きく膨らんでいる。
ふとイコマは、今日もまだアヤの訪問がない、と思った。
ニューキーツ時間では、すでに夜の六時を回っている。
アヤの就業時間は過ぎている。
その同じ時刻、イコマのもうひとつの思考体は、フライングアイに乗って、ンドペキの部屋の前で待っていた。
ンドペキがチョットマの部屋に向かうために、まもなく部屋を出てくるはず。
彼女にはすでに伝えてあるが、念のため、本人にも直接話しておこうと思ったのだった。