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85 大きすぎる責務

 プランは各国が協調して廃止にこぎつけたが、遅きに失した。

 最初のアギとマトが生まれてから、悠に二百年が経っていた。


 しかも、その廃止は骨抜きだった。

 新たなアギとマトの製造は中止されたが、マトの再生は継続され、その子孫であるメルキトの再生も継続された。

 親より早く子供が死ぬのは耐えられないという理屈ではあった。


 人類は遠からず滅亡するという状況に至ってなお、現実には、既得権を有する者からの圧力に抗いきれるものではなかったのである。



 もはや、地球環境の変化に至る自然災害や疫病、いずれかひとつでも起きれば、地球人類は壊滅的な打撃を受けるだろう。

 そんな状況下で、大規模な戦争が頻発した。


 そして、極限の破壊。

 荒廃しきった世界。





 そうして遂に生まれた新しい社会。

 世界はひとつになった。

 ただ、生まれたのは極度に管理され、生かされている人間の集団、という社会。

 もうどんな活力も残されていなかった。

 脆弱な構造ゆえに、強化の一途を辿る相互監視。

 自由という言葉が、極めて矮小化されて語られる社会。



 監視の目から逃れようと、悪あがきだとはわかっていても、顔を隠し、皮膚を覆い、声さえも電波に変えて伝え合うマトたち。

 その裏では、完全な人造人間であるアンドロが支配する巨大な集団の存在。



 探偵は、こんなことになったのは日本人のせいだと、イコマを追求するのだった。

 自分はイギリス人だと言う。

 先進国の中で、唯一、アギは作ったがマトは作らなかった国である。




「今日は、説教は要らないぞ。で、レイチェルはどんな考えの女性だ?」

「普通の女の子だよ」

「普通とは?」

「だから、普通だよ。今の常識に照らせば、かなり変わっていると言えるだろうがな。俺やあんたが知っているような昔の女の子、って意味だ」

「例えば?」

「あんた、まどろっこしいな! それで、理解しろよ!」

「いや、だめだ。我々には言葉というものがある。言葉によって理解し、記憶する」

「ふん。まあいい。例えばこういうことだ。レイチェルは女の子らしく、悩んだりするし、友達を欲しがったりする。誰かに自分を投影して寂しさを紛らわせたりする。そして結婚願望もある。かわいいお母さんになりたいと思っている。そういうことだ」

「行政機関の長がそんなことを考えているのか?」

「おい!」

 探偵が目を吊り上げた。


「あんた、それ、どういう意味だ! レイチェルは二十二歳、そんなかわいいことを考えたらいけないのか!」

「そうじゃない。あまりに……」

「無邪気すぎるって言いたいのか! あんた、彼女の気持ちになってみたことがあるのか! 重責を担わされているんだぞ! 助けてやる肉親も仲間もいないのに!」

「行政長官の仕事は厳しいだろう。恋をしている時間もないだろう。そんなことはわかっている」

「……だめだな、あんた。……見損なったよ」

 探偵があからさまに溜息をついた。


「女の子を追いかけて生きているだけのあんたにゃ、わからんだろう」

「いや」

「なにもわかっちゃいない! レイチェルの重責とはな! なんとしても子孫を残さないといけないということだ! わかったか!」





 探偵が去ってから、イコマは感慨にふけった。

 衝撃を受けたともいえる。

 人類の数字のことではない。

 多かれ少なかれ、そんな数字になるとは言われて久しかったからだ。


 衝撃を受けたのは、レイチェルが担わされている責務。

 探偵はこう言った。


 なんとしても子孫を残さないといけないということだ!


 探偵が言うように、彼女はホメムとして、子供を成さなくてはならぬという、とてつもなく大きな責任がある……。

 その若さゆえに。


 しかし、相手をどうやって探す?

 ホメムの子を産むためには、ホメム同士の結婚が必要だ。

 彼女を含めて、ホメムは世界中に六十七人。

 そのわずかな中に、彼女が気に入る相手はいるのだろうか。

 それとも、好きでもない人の子供を生むことになるのだろうか。


 好きな人がもしいるとして、それがマトやメルキトなら、生まれた子はメルキトになる。

 真性の人類とは認められない。



 真性の人間……。

 真性……。

 まことの……。


 そこに、どんな意味があるのだろう……。

 まだ意味があるのだろうか……。



 イコマは、そんなことを考えてしまうほど、自分がアギとして生きてきた年月の長さを思った。

 データと回路を電気エネルギーで動かしているアギでさえそう感じるのだから、生身の肉体を持つマトはどう感じているのだろう。

 ホメムと自分たちの違いを頭でわかっていたとしても、ホメムを見かけることはない。

 その存在をどう感じているのだろう。

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