84 ジャパニーズニューサンス
イコマはすでに、レイチェルのことを調べてあった。
共用のデータベースには掲載されていなかった。探偵に頼んだのである。
「ニューキーツの街を治めているホメムだ」
今日の探偵はアラブの王族のようない黒髭を蓄えていた。
眼光鋭く、睨みつけてくる。
頻繁に顔を変えるのもこの男の職業にとって当然かな、とイコマは思っていた。
対してイコマは、頭髪が薄くなりかけた痩せた中年男。
眉だけは太いが、目尻は下がり、締まりのない肌の艶も悪い。
自分の顔だ。
髭男が唇を歪めた。
綴りはこうだ。
Raychell。
二十二歳。女性。
世界中のホメムの中で、最年少である。
行政長官就任時は十八歳。
街の代表者以外に、実に多様な肩書きを持つ。
ニューキーツ軍の総司令官、数々の政府系企業のトップであり、研究機関や生産拠点等の代表でもある。
父、母ともに不詳。
「不詳ということは、亡くなっているということだ」
「ニューキーツの出身か?」
「いや、カイロニア」
「オセアニア大陸か。そこの出身者が北アメリカ大陸のニューキーツを治めているのか」
「おい、あんた何も知らないんだな。出身地なんて関係ないよ。まともな人間はもうわずかしかいないんだから、どこへでも出張しなくちゃ」
モニタの中の髭面が、ますます歪む。
「ニューキーツの街に、他にホメムはいないのか?」
「寝ぼけたことを。いつまでも女の子を追いかけ続けて、世捨て人になっちまったのか。日本人はこれだからいけない。島国根性って言葉があるんだろ。あんたの祖国には。そろそろ、ちいとはその心根を変えてみたらどうだ」
「やかましい。早く教えろ」
「教えてやる。これはもう常識だから、情報代金はいらん。現時点で、世界にいくつの街があるか、知っているか?」
「六十七」
「そう。その数だけホメムがいるということだ。それ以下ではなく、それ以上でもない。万一、ホメムがひとり死ねば、街もひとつ減る。ひとり生まれれば街もひとつ増える。そういう決まりだ。いつ誰が決めたのか、知らんがな」
「なんと」
「驚いたのか。そう。太古の昔、地球で生まれた俺たち人類という種は、もう絶滅同然なんだよ。あんた、日本人だろ。責任取らなきゃな」
人口減少化傾向が如実だった日本。
先進国の一員であると自負してはいたが、世界のお手本になるどころか、まともな対策を講じることなく、高齢者のみに手厚い政策を維持し続けていた日本。
その日本が考え出した窮余の策。
人がアギとマトとして生きながらえ、かろうじて人口を維持していくというプラン。
他の国々から、悪魔的だと批判されもしたが、結局は全世界がそのプランに飛びついた。
プランに魅了されたのではない。
各国はそれぞれの富裕層に突き上げられてのことだったし、日本だけが人間の種と数をコントロールしていくことに、危機感を持ったからだった。
スタートから数年で各国が追随したが、当初の危惧どおり、それは悪魔のプラン以外の何ものでもなかった。
若者として再生されるとはいえ、マトはやはり基本的には「元高齢者」だったのである。
中には一から人生を始めるべく、新しい生を、若返った肉体を最大限発揮して精力的に活動する者もいた。
しかし、多くは高齢者であった間に染み付いた習慣から抜け出すことなく、体を動かそうとしなかった。
生産人口はそれほど増えないのに、消費する人間だけが増えていった。
そして、文句だけはつけたがる集団と化していった。
しかも、アギはまだしも、マトの製造には莫大なコストが掛かった。
文明を培ってきた科学はあらゆる分野で歪み始め、やがて完全に停滞した。
人類の英知のひとつともいえる民主主義や資本主義経済は行き詰まり、社会構造は崩れ始めた。
食糧生産が追いつかない。
本来なら最優先で食料を手に入れるべき、母の腹から生まれた子供に飢えが蔓延した。
単種に偏った農業や牧畜の脆弱性。海洋資源の乱獲。これらは、かねてから問題視されていたが、世界はその問題に向き合おうとせず、一部の富める者の欲求を満たすためだけの生産が続けられた。
そして、食料をはじめとする資源やエネルギーの偏在は、ますます極端なものになっていったのである。
悪魔のプラン「ジャパニーズニューサンス」