83 ウインクされたら
「それで、その洞窟の女? 誰なんです?」
チョットマが不満そうな声を出す。
「わからない。知らない女。少なくとも記憶にない」
「わかりました。それで、これからどうされるんですか?」
いつものように友達同士という話し方ではなく、チョットマも少し気を遣って言葉を選んでいる。
「予定はない。明日も、レイチェルからのお呼びを待つだけだ。なんなら、今からシリー川で合流しようか?」
「その必要はないと思います。私と一緒にするのもどうかと思いますが、隊長の指示は今日は街で待機せよということでした」
「そうか」
ンドペキは、こいつなら何か感じるかも、と思って聞いてみた。
「チョットマ、この部屋、どう思う?」
明らかにチョットマはたじろいで、一歩後ずさりした。
「どうと、おっしゃられましても……」
言葉遣いがいつもと全く違う。
「報告は終った。もっと楽にしてくれ。いつものように」
「はい……」と、また一歩後ずさる。
「おい、勘違いするな。さっき帰ってきてから、どうも違和感があるんだ。誰かに入られたような」
チョットマは、チラリと部屋に目をやってから、
「私が勘違いって、どういう意味です?」
「いや、だから、その」
チョットマが、けたたましい笑い声を上げた。
「あっ、すみません。変でしょ、私の声。大声で笑うと、人をバカにしたような声になってしまうんです」
「みたいだな」
「すみません。でもさ、ンドペキに部屋に入れって言われて、かなりビビリましたよ。それで、この部屋はどうかなんて言うんだから! まるで、新居の感想を聞くみたいじゃないですか!」
そういって、チョットマはまたけたたましく笑った。
友達に話すような言葉遣いに戻っていた。
「あっ、ごめん。別にバカにしているわけじゃないです。私の声だから気にしないでね」
ンドペキも笑った。
久しぶりに感じた心地良さだった。
「それはもうわかったよ。で、なにか感じる? この部屋」
「うーん、そうですねぇ」
チョットマは、またチラリチラリと部屋に目をやると、
「インテリアは殺風景過ぎて冷たすぎ。刺々しい感じ。私の趣味には合わないような」
「おい!」
「ハハハ!」
結局、チョットマは何も感じないらしい。
四時間おきに、互いの部屋を行き来して連絡を取り合う、と決めた。
「往き来しあうのは期限付きだからな」
「そんなこと、しつこく言わなくてもいいのにね」
「明日、ハクシュウたちが帰ってくるまでだ」
「ハイハイ」
「ハクシュウに誤解されたら困る」
「隊長じゃなくて、スジーウォンにでしょ!」
「は? おまえ、とんでもない考え違いをしてないか?」
そう言い合いながら、ンドペキはドアを開けた。
じゃ、四時間後にまた、と言って、そしてなんとなくウインクするような目を見せて、チョットマはするりとドアを抜けていった。